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「祝・リリース40周年〜ドゥービー・ブラザーズのAOR名曲『What a Fool Believes』がJ-POPに与えた影響を聴いてみよう!」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「祝・リリース40周年〜ドゥービー・ブラザーズのAOR名曲『What a Fool Believes』がJ-POPに与えた影響を聴いてみよう!」

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「祝・リリース40周年〜ドゥービー・ブラザーズのAOR名曲『What a Fool Believes』がJ-POPに与えた影響を聴いてみよう!」。アメリカのウエストコーストロックを代表するバンド。ドゥービー・ブラザーズの大ヒットアルバム『Minute By Minute』がリリースされてこの12月でちょうど40周年を迎えました。

【ジェーン・スー】
はー、40年!

【高橋芳朗】
それを記念して、このアルバムに収録されている全米ナンバーワンヒット「What a Fool Believes」がいかにのちのポップミュージックに影響を与えたか、その一端をJ-POPに絞って紹介していきたいと思います。もうね、この曲にインスパイアされたと思われる曲は洋楽邦楽問わずめちゃくちゃたくさんあるんですよ。それだけで特番が組めちゃうぐらい。

【ジェーン・スー】
うん、2時間特番いけますね。

【高橋芳朗】
ホント、『今日は一日「What a Fool Believes」三昧』とかできる勢い。

【堀井美香】
フフフフフ、そんなに!?

【高橋芳朗】
ぜんぜんいけます。じゃあ、まずはその名曲「What a Fool Believes」を改めて聴いてみましょうか。この曲、作者はドゥービー・ブラザーズのボーカルのマイケル・マクドナルドと「Footloose」でおなじみケニー・ロギンスとの共作になります。ケニー・ロギンスによるバージョンもこのドゥービー版の5ヶ月前に出ているんですけど、ヒットしたのはこちらの方でした。全米ナンバーワンヒットにしてグラミー賞レコードオブジイヤー受賞曲です。

M1 What a Fool Believes / Doobie Brothers

【高橋芳朗】
堀井さんのVネックのモヘアセーターが光ってますね。この曲にばっちり。

【堀井美香】
モヘアがお役に立ったようで。

【ジェーン・スー】
堀井さんがポプラ並木を歩いているところがイメージできたわ。

【堀井美香】
よーし、モヘア光線、えいっ!

【高橋芳朗】
はい、ありがとうございます(笑)。ではこれから「What a Fool Believes」にインスパイアされたと思われる日本のポップスを紹介していきますが、この一聴した限りではなんの変哲もないように思えるシンプルなリフがAORやシティポップのイメージを決定づけたということがよくわかると思います。これはもうポップミュージックの歴史に残る発明と言っていいんじゃないでしょうかね。時代/世代別に3曲紹介します。

そうだ、例によってひとつお断りしておきますと、これはパクリを糾弾しようとか元ネタをひけらかそうとか、決してそういう企画ではございません。先達から受け継いだバトンを次の世代にまた継承していく、ポップスの進化論の話なので。

【ジェーン・スー】
それがポップスですという話ですよね。

【高橋芳朗】
うん。そこんとこよろしくお願いします!

【ジェーン・スー】
よろしく!

【高橋芳朗】
というわけで「What a Fool Believes」のインスパイア曲ですが、いちばん多くつくられたのはヒット直後の1980年代前半。今日はそんななかから映画『私をスキーに連れてって』の主題歌、松任谷由実さんの「サーフ天国、スキー天国」を聴いてみましょう。

実はユーミンさん、以前ご自身のラジオ番組のイントロ特集で「What a Fool Believes」を選曲したことがあるみたいなんですよ。曰く「いままでの音楽体験を振り返っても衝撃的なイントロだった」ということですから、きっとこの曲には強い思い入れがあるんじゃないかと思います。実際、「サーフ天国、スキー天国」は「What a Fool Believes」の影響をユーミン流ポップスへと見事に昇華した傑作と言っていいんじゃないでしょうか。

M2 サーフ天国、スキー天国 / 松任谷由実

サーフ天国、スキー天国
【堀井美香】
いやー、素晴らしい!(拍手)

【高橋芳朗】
素晴らしい! やっぱりこの曲かかると変なスイッチ入っちゃうね!

【ジェーン・スー】

まるで自分たちがホイチョイな気がしてくる(笑)。人生のど真ん中をずーっと歩いてきたような錯覚に陥れるね。大好き!

【堀井美香】
いやーん、スタジオにいる4人合計で200歳ぐらいなのにね!

【高橋芳朗】
スタジオではユーミンと黒柳徹子さんの境界線をいくようなジェーン・スーさんの物真似も炸裂していました。

【堀井美香】
全部ソラで歌えるのね。素晴らしい!

【ジェーン・スー】
私、音楽が大好きなの!

【高橋芳朗】

アハハハハ! やっぱユーミン特番やった方がいいよね、最高!

【ジェーン・スー】
この曲にドゥービーの影響があるかもしれないなんて、当時の子供のころの私たちにはまったくわからなかったけどね。「なるほど、こういうことだったんだ!」って。

【高橋芳朗】
続いては、1988年の作品。これも名曲ですね。岡村靖幸さんの「だいすき」。

【ジェーン・スー】
あー、なるほど! そうか!

【高橋芳朗】
これは岡村靖幸さんの代表作としてはもちろん、数多くのカバーを生み出してることでもおなじみの曲ですね。この曲に関してはイントロよりも岡村さんの歌が入ってきて以降「What a Fool Believes」感が一層強調されるようなところがあると思います。

【ジェーン・スー】
ヘポタイヤ!

M3 だいすき / 岡村靖幸

だいすき
【ジェーン・スー】
やったー!(拍手)

【堀井美香】
ぜんぶ歌えるもんね!

【ジェーン・スー】
堀井さんがド頭から結構ちゃんと歌ってたね。思ったんだけどさ、私たちがデイケアに入るころにはきっとこういう曲を歌ってるんだよ。80歳ぐらいで車椅子に乗って「だいすき」歌ってる(笑)。

【高橋芳朗】
フフフフフ、もはや忘年会と化してきましたな。

【ジェーン・スー】
でも確かにこの曲も言われてみればそうだね。「What a Fool Believes」感ある。

【高橋芳朗】
言われてみれば、でしょ? では最後の曲にいってみましょう。最後はぐっと新しくなって2012年の作品です。Sugar’s Campaignの「ネトカノ」。Sugar’s CampaignはAvec AvecことTakuma HosokawaさんとSeihoことSeiho Hayakawaさんの2人のトラックメイカーによるユニット。彼らはライブでこの曲を演奏する前にあえて「What a Fool Believes」をかけることもあったみたいだから、きっと意識されてるんじゃないかと思います。

M4 ネトカノ / Sugar’s Campaign


【ジェーン・スー】
やっぱり時代だと思うんだけど、いままでかけた2曲にはなかったモラトリアム感みたいなものがすごくあるよね。「What a Fool Believes」にインスパイアされてるのにこの甘噛み感、いままでの曲にはなかったからさ。

【高橋芳朗】
うんうん。ユーミンや岡村ちゃんに比べるとモヘア感は後退していますよね。というわけで「What a Fool Believes」に影響を受けたと思われるJ-POPを3曲聴いてもらいましたが、実はこの番組でも「What a Fool Believes」インスパイア風の音楽がちょくちょく流れているんですよ。聴いてもらいましょうか。

(KIRINJI堀込高樹による番組ジングルが流れる)

【高橋芳朗】
これはKIRINJIの最新アルバム『愛をあるだけ、すべて』に収録の「非ゼロ和ゲーム」をベースにしたジングルなんですけど、これも「What a Fool Believes」感あるんじゃないかと。

【ジェーン・スー】
うん、そういうテイストはあるかもしれませんね。

【高橋芳朗】
こういう感じで気にしてみるとあの曲もこの曲もそうだったみたいなところがあると思うので、ちょっと意識していろいろ聴いてみると楽しいですよ。

【ジェーン・スー】
もう伝統の一節みたいな感じだもんね。

【高橋芳朗】
「What a Fool Believes」、覚えておくといいと思います!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

12/3(月)

(11:08) Never Givin’ Up / Al Jarreau
(11:25) Mr. Briefcase / Lee Ritenour
(11:36) On The Boulevard / The Manhattan Transfer
(12:18) I Just Want to Love You / The Clarke / Duke Project
(12:51) ブックエンド / 大橋純子

12/4(火)

(11:07) Lookin’ Through The Windows / Jackson 5
(11:20) I Love Every Little Thing About You / Stevie Wonder
(11.32) Could This Be Love / The Voices of East Harlem
(12:12) Thanks for Saving My Life / Billy Paul
(12:50) 外はみんな / 吉田美奈子

12/5(水)

(11:05) Ooh-Wakka-Doo-Wakka-Day / Gilbert O’Sulivan
(11:21) Oh Yoko! / John Lennon
(11.36) Honky Cat / Elton John
(12:14) Gotta Get Up / Nilsson
(12:50) 恋の汽車ポッポ / 大瀧詠一

12/6(木)

(11:02) Iko Iko / Dr. John
(11:22) Dixie Chicken / Little Feat
(11.38) How Much Fun / Robert Palmer
(12.12) Kojak Columbo / Nilsson
(12:23) Liverpool Fool / Browning Bryant
(12:50) お先にどうぞ / かまやつひろし

12/7(金)

(11:03) Best of My Love / The Emotions
(11:20) Keep it Comin’ / KC & The Sunshine Band
(11.38) Boogie Oogie Oogie / A Taste of Honey
(12.11) You Can Get By / Chic


「まったり聴きたい最新台湾インディーロック特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「まったり聴きたい最新台湾インディーロック特集」

まったり聴きたい最新台湾インディーロック特集http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20181214123218

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします。まったり聴きたい最新台湾インディーロック特集。毎度、大好評いただいておりますアジアのインディー・ロック、インディー・ポップ特集でございます。今回は台湾編ですね。台湾のバンド、いままでもいくつか紹介はしてきているんですけど、台湾縛りでやるのは今回、はじめてになります。で、ここ数ヶ月でリリースされた作品から4曲、紹介します。お昼休みに聴くにはばっちりな、まったり……まったりとしたものをちょっと選んでみました。

【ジェーン・スー】
そしたら、ちょっと太陽の光が入る窓際とかに移動した方がいいかな?

【高橋芳朗】
ああ、そうですね。いま、ちょうどいい天気ですし。青空ですしね。気持ちいい曲を集めてみました。じゃあ、さっそく行ってみたいと思います。まずはザ・ファー(The Fur.)の「Short Stay」という曲です。こちら、10月に出たデビューアルバム『Town』というアルバムの収録曲で、ザ・ファーは男女混成の4人組バンドです。台湾、なぜか男女混成バンドが多いんですよ。なんかね。

【ジェーン・スー】
へー!

【高橋芳朗】
で、2016年に結成後、ヨーロッパでも注目を集めて、イギリスやスペインのフェスにも出演するなど、ワールドワイドな活動を展開しているバンドでございます。じゃあ、聴いてください。ザ・ファーで「Short Stay」です。

M1 Short Stay / The Fur.

【高橋芳朗】
はい。ザ・ファーで「Short Stay」、聴いていただいております。まあ、かわいらしい曲ですね。

【ジェーン・スー】
今日の天気にぴったりですね。

【高橋芳朗】
そうですね。じゃあ、2曲目に行ってみましょう。続いてはエレファント・ジムの「Moonset」という曲です。こちら、11月にリリースされたばかりの彼らのセカンドアルバムですね。『Underwater』の収録曲です。このバンドも男女混成の3人組。スリーピースバンドでございます。結成は2012年。結構ね、変則的なリズムを多用した、割とテクニカルな演奏を持ち味とするバンドなんですけども。でもあまり小難しい感じはなくて、生のグルーヴがとても心地よい、そういうバンドでございます。じゃあ、聴いてください。エレファント・ジムで「Moonset」です。

M2 Moonset / ElephantGym

【高橋芳朗】
はい。まったり聴きたい最新台湾インディー・ロック特集、2曲目はエレファント・ジムで「Moonset」を聴いていただいております。かわいらしいボーカルと変速リズムを用いた演奏とのギャップがね、なかなか面白いことになっておりますけども。

【ジェーン・スー】
すごいテクニカルなことが好きな人たちなんですね。

【高橋芳朗】
そうですね。

【ジェーン・スー】
そこにあえてああいう拙いようなボーカルをわざと乗せているんでしょうね。

【高橋芳朗】
だから他の曲は割とね、こんなにかわいくないです。

【ジェーン・スー】
ああ、そうなんだ?

【高橋芳朗】
もっと本格的にテクニカルな面を出したような曲が多いですかね。じゃあ、3組目に行ってみましょう。3組目はサンセット・ローラーコースターの「Summum Bonum」という曲です。これ、ちょっと前で3月にリリースされたアルバムの『CASSA NOVA』収録曲です。サンセット・ローラーコースターは2011年にデビューした6人編成のバンドで、日本にもたびたび来日して。今年も6月に来日公演を行っています。日本のバンドとも交流があるみたいですね。で、これはAORとかシティポップが好きな人はどストライクだと思います。じゃあ、行ってみましょう。サンセット・ローラーコースターで「Summum Bonum」です。

M3 Summum Bonum / Sunset Rollercoaster

Summum Bonum

【高橋芳朗】
はい。サンセット・ローラーコースターで「Summum Bonum」を聴いていただきました。じゃあ、4曲目に行ってみましょうかね。最後はデカ・ジョインズの「海浪」。英語タイトルはまさに「Wave」なんですけども。これは11月にリリースしたEP『Go Slow』の収録曲です。で、デカ・ジョインズは2013年に結成された4人組で、いま台湾でもっとも将来を嘱望されているバンドのひとつと言われているみたいですね。で、個人的にはいまちょっとハマっています。このバンド。

で、音楽的にはですね、オルタナティブ・ロックをベースにジャズとかフュージョンのエッセンスも感じさせる、ちょっと一口では形容しがたい不思議な音楽なんですけども。すごくメロウなんですよ。メロウなんだけど、めっちゃエモーショナルなところもあって。妙に心を引きつけられる音楽なんですね。で、ミュージックビデオがまたね、ちょっと曲をかけながらあとで見てほしいんですけども。心をかき乱される内容でこちらもぜひみなさん、チェックしていただきたいんですけどもね。ちょっとこの曲、長いんで。たっぷり聴いていただけたらと思います。デカ・ジョインズで「海浪」です。

M4 Deca Joins / 海浪

【高橋芳朗】
はい。台湾の最新インディー・ロック特集、最後4曲目はデカ・ジョインズで「海浪」を聴いていただいております。結構すごいでしょう?

【ジェーン・スー】
いやー、なんかもう、最初の3つもすごくポップな感じでよかったんですけど、最後の1個だけ格が全然ドカンと上がってしまったというか。格が違いますね。

【高橋芳朗】
なんか、不思議な曲でしょう? どこに連れて行かれるかわからない感じで。メロウで聴き心地もいいんだけど、変に胸をかき乱されるようなところもあるといいますかね。

【ジェーン・スー】
ミュージックビデオを見ていたんですけど、もう言葉を失うとしか言いようがないというか。

【高橋芳朗】


映画みたいですね。みなさんもぜひ、チェックしてみてください。ということで4曲、紹介いたしました。

【ジェーン・スー】
ヨシくん、今週もありがとうございました。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

12/10(月)

(11:08) Special to Me / Bobby Caldwell
(11:23) That’s the Way of Love / Pieces
(11:33) Nobody Else / Robbie Dupree
(12:15) Ace of Hearts / Average White Band
(12:25) Time / Breakwater

12/11(火)

(11:05) Why Do Fools Fall in Love / Kenny Rankin
(11:22) Hey Hey Baby / Ben Sidran
(11:38) That’s The Way It’s Gotta Go / Hirth Martinez
(12:12) Monkey See Monkey Do / Michael Franks
(12:48) オン・エニイ・サンデイ / ハイ・ファイ・セット

12/12(水)

(11:05) I Want You to Want Me〜甘い罠〜 / Cheap Trick
(11:23) She Did It / Eric Carmen
(11:36) Penny in My Pocket / Pilot
(12:15) Birmingham Blues / Electric Light Orchestra
Sam & Dave – Hold On, I’m Comin’ (1966)

12/13(木)

(11:05) Hold On, I’m Comin’ / Sam & Dave
(11:23) Show Me / Joe Tex
(11:33) Memphis Train / Rufus Thomas
(11:38) Funky Street / Arthur Conley
(12:13) See Saw / Aretha Franklin
(12:50) Who’s Making Love / Johnnie Taylor

12/14(金)

(11:05) I’m Coming Out / Diana Ross
(11:22) Take it to the Bossman / Narada Michael Walden
(11:39) Look Up / Patrice Rushen
(12:10) Love Festival / Kool & The Gang

「人肌恋しい季節にほっこり温まる最新レトロソウル特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「人肌恋しい季節にほっこり温まる最新レトロソウル特集」

人肌恋しい季節にほっこり温まる最新レトロソウル特集http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20181221123905

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「人肌恋しい季節にほっこり温まる最新レトロソウル特集」。まずはレトロソウルとはなんぞや?というところだと思いますが、モータウンやスタックスに代表される60年代のソウルミュージックの魅力をいまに伝える音楽スタイルですね。2011年に27歳の若さで亡くなったエイミー・ワインハウスが確立した音楽スタイルと言っていいと思います。

【ジェーン・スー】
ああいう感じか!

【高橋芳朗】
そう。本日はそんなレトロソウルのおすすめを4曲、すべてここ数ヶ月でリリースされた新作からの選曲で紹介します。どれもいわゆるブルー・アイド・ソウル、黒人音楽の影響を受けた白人アーティストの作品になります。

さっそく1曲目、ベン・ピラニの「Light of My Life」。ベン・ピラニはシカゴ出身のシンガーソングライターで、イギリスのH&Mのコマーシャルで曲が使われたことによって注目を集めました。これはぼんやり聴いていると60年代当時の音源と聴きまちがえてしまうレベルです。

M1 Light of My Life / Ben Pirani

【高橋芳朗】
2曲目はジョーイ・ドシクの「Don’t Want it to Be Over」。女性シンガーのココ・Oとのデュエットになります。ジョーイ・ドシクはロサンゼルス出身のシンガーソングライターで、聴けばすぐにわかると思いますがマーヴィン・ゲイに非常に強い影響を受けている歌い手。この「Don’t Want it to Be Over」では、そのマーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュエット曲の愛らしい恋人ムードを見事に再現しています。

M2 Don’t Want it to Be Over feat. Coco O. / Joey Dosik

【ジェーン・スー】
昔のあの感じを残しながら、ちょっと洗練されている感じで聴きやすいですね。

【高橋芳朗】
うん、新しいけど懐かしいというかね。続いて3曲目はローレンスの「Probably Up」。ローレンスは兄のクライドと妹のクレイシーからなるブルックリン出身の兄妹デュオです。父親が映画プロデューサーということもあって、兄のクライドは数々の映画に楽曲提供をしています。ざっと挙げると『デンジャラス・ビューティー』『ラブソングができるまで』『噂のモーガン夫妻』……。

【ジェーン・スー】
おおーっ!

【高橋芳朗】
うん。僕とジェーン・スーさんが大好きなラブコメ系の映画ばっかり手掛けてる(笑)。

【ジェーン・スー】
本当に大好きなタイプの映画ばっかり!(笑)

【高橋芳朗】
兄妹ふたりともボーカルを取るんですけど、これから紹介する「Probably Up」はお兄さんのクライドがリード。ジョー・コッカー風のしゃがれ声がかっこいいですよ。

M3 Probably Up / Lawrence

【ジェーン・スー】
これ、素敵!

【堀井美香】
いい曲!

【高橋芳朗】
おー、現状ブース内ではいちばん人気ですね。では最後、4曲目はヴルフペックの「Half of the Way」。テオ・カッツマンというボーカリストをフィーチャーしています。ヴルフペックはロサンゼルス出身のファンクバンドで、以前KIRINJIの堀込高樹さんがゲストでいらした際にフェイバリットに挙げていました。ジェーン・スーさんの誕生日に彼らのCDをプレゼントしたこともあるんですけどね(笑)。

【ジェーン・スー】
出た!

【高橋芳朗】
フフフフフ、覚えてらっしゃるでしょうか?

【堀井美香】
出た! また聴いてないやつだ(笑)。

【ジェーン・スー】
聴いてないやつだ(笑)。

【高橋芳朗】
ヴルフペックに関しては全編レトロソウルではなく、曲によってはディスコだったりニューオーリンズだったり音楽性のレンジが広いんですけど、この「Half of the Way」では60年代ソウルの影響が強く打ち出されています。

M4 Half of the Way feat. Theo Katzman / Vulfpeck

【ジェーン・スー】
このレトロソウルのムーブメントはまだ続きそうですか?

【高橋芳朗】
エイミー・ワインハウスが出てきたときはちょっとしたブームになりましたけど、もう一過性のものというよりはスタンダードな音楽スタイルとして完全に定着した感じですね。あと、来年2月27日からは今回紹介したようなアーティストが影響を受けたと思われる60年代のソウルミュージックをテーマにした映画『NORTHERN SOUL〜ノーザン・ソウル』が公開になるので併せてチェックしてみてください!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

12/17(月)

(11:05) Too Hot / Kool & The Gang
(11:23) Girlfriend / Michael Jackson
(11:34) Old-Fashion Love / Commodores
(11:40) You Can’t Change That / Raydio
(12:15) We’re Goin’ Out Tonight / Cameo
(12:49) ピュア・マインド / 上田正樹

12/18(火)

(11:09) Don’t Ask Me Why / Billy Joel
(11:24) If You Believe / George Harrison
(11:38) Shake It / Ian Mattews
(12:13) Think About Me / Fleetwood Mac
(12:24) Romeo’s Tune / Steve Forbert
(12:50) さよならベイブ / 佐野元春

12/19(水)

(11:05) Driving Home for Christmas / Chris Rea
(11:24) Thanks for Christmas / The Three Wise Men
(11:37) Wondeful Christmastime (Edited Version) / Paul McCartney
(12:13) Step Into Christmas / Elton John
(12:25) Christmas Is the Time to Say I Love You / Billy Squier
(12:50) I Wish It Could Be Christmas Every Day / Wizzard

12/20(木)

(11:05) Sleigh Ride / The Ronettes
(11:22) Winter Wonderland / Darlene Love
(11:34) Rockin’ Around The Christmas Time / Brenda Lee
(11:39) Little Saint Nick / The Beach Boys
(12:17) Parade of the Wooden Soldiers / The Crystals
(12:51) The Chipmunk Song (Christmas Don’t Be Late) / The Chipmunks

12/21(金)

(11:03) All I Want for Christmas Is You / Mariah Carey
(11:40) My Gift to You / Alexander O’Neal
(12:15) Santa Calus Is Coming to Town / The Whispers

「年の瀬感を煽る! クイーン感動のライブ名演集!」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「年の瀬感を煽る! クイーン感動のライブ名演集!」

年の瀬感を煽る! クイーン感動のライブ名演集!http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20181228123104

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「年の瀬感を煽る! クイーン感動のライブ名演集!」

(『Live Aid』でのフレディ・マーキュリーとオーディエンスとのコール&レスポンスが流れる)
ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック)

【フレディ・マーキュリー】
エーオッ!

【出演者一同】
エーオッ!

【フレディ・マーキュリー】
エーオーッ!

【一同】
エーオーッ!

【フレディ・マーキュリー】
エエエエエエエオッ!

【一同】
エエエエエエエオッ!

【フレディ・マーキュリー】
エオッ!

【一同】
エオッ!

【フレディ・マーキュリー】
エオッ!

【一同】
エオッ!

【フレディ・マーキュリー】
エーオーッ!

【一同】
エーオーッ!

【フレディ・マーキュリー】
エエエエエエエエエーーーーーッ!

【一同】
エエエエエエエエエーーーーーッ!

【フレディ・マーキュリー】
エオッ!

【一同】
エオッ!

【フレディ・マーキュリー】
エオッ!

【一同】
エオッ!

【フレディ・マーキュリー】
ディーロリロリロリロリロッ!

【一同】
ディーロリロリロリロリロッ!

【フレディ・マーキュリー】
デロッ!

【一同】
デロッ!

【フレディ・マーキュリー】
デロッ!

【一同】
デロッ!

【フレディ・マーキュリー】
オーライッ!

【一同】
オーライッ!

【高橋芳朗】
はい、というわけでーー。

【ジェーン・スー】
君ら音痴だな(笑)。全然音程が合ってないじゃんか!

【高橋芳朗】

アハハハハ。フレディ・マーキュリーのテンションについていくことの難しさがよくわかりました。

【ジェーン・スー】
しかしフレディはすごいね!

【高橋芳朗】
ねえ。10万人の大歓声を余裕で押し返すよね(笑)。

【ジェーン・スー】
ホントに! ウェンブリースタジアムが押し返されていくっていうね。

【高橋芳朗】
そんなわけで2018年、最後の洋楽コラムを締めくくるのはもうこれしかないでしょう! 伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が引き続き大ヒット中のクイーンの名曲をライブバージョンで紹介していきます。

クイーンの曲と年末の雰囲気って結構相性がいいんじゃないかと思うんです。クイーンの曲は普通に聴いてもドラマチックで荘厳な魅力がありますが、オーディエンスの大合唱が加わるライブの場になるとそれが倍増するんdねすよ。これがまた年の瀬の厳かなムードにばっちりハマるんです。ひょっとしたら、数十年後には年末の風物詩として「第九」と共に「We Are The Champions」が歌われるようになるかもしれない(笑)。

【ジェーン・スー】
フフフフフ。

【高橋芳朗】
そんなわけで本編にいってみたいと思うんですけど、その前にもう一発フレディ・マーキュリーに盛り上げてもらいましょうか。これは1982年の来日公演より、日本語を交えてのMCになります。

(1982年11月のクイーン来日公演より「Action This Day」が流れる)
Hot Space: Deluxe Edition

【フレディ・マーキュリー】
Hello! Hello, Tokyo! コンバンワー! イカカデスカー! Everybody, alright? OK! Action, Baby!

【高橋芳朗】
もうほとんどアントニオ猪木だね(笑)。

【ジェーン・スー】
「イカカデスカー!」

【高橋芳朗】
「コンバンワー!」ーーいやー、それにしてもすさまじいエネルギーだわ。

【ジェーン・スー】
今日店頭に立ってお客さんを寄せる仕事のある人はぜひやってみてください。「コンバンワー! イカカデスカー! エーオ!」

【高橋芳朗】
フフフフフ。では1曲目、やっぱり最初はこの曲でいきましょう。フルコーラスでいけそうかな? 1986年のロンドンはウェンブリー・スタジアムでのライブパフォーマンス、クイーンで「Bohemian Rapsody」です。

M1 Bohemian Rapsody (Live at Webley Stadium, July 1986) / Queen

Live at Wembley Stadium
【高橋芳朗】
続いて2曲目。クイーンのライブのハイライトといえばこれに決まり、という方も多いのではないでしょうか。「Bohemian Rapsody」と同じアルバム『Night at the Opera』収録の「Love of My Life」です。この「Love of My Life」、スタジオバージョンはピアノがリードしていく曲になるんですけど、ライブではブライアン・メイがつまびくアコースティックギターに乗せてフレディ・マーキュリーが歌って、そのふたりのパフォーマンスに促されるようにして観衆が大合唱するという。これがクイーンのライブのひとつの様式になっていました。

【ジェーン・スー】
これはどこの国のライブ?

【高橋芳朗】
南米アルゼンチン、1979年のライブになります。
(※正しくはアルゼンチン公演ではなくドイツ・フランクフルト公演でした。訂正してお詫び申し上げます)

M2 Love of My Life (Live in Argentina, June 1979) / Queen

Night at the Opera (Deluxe Edition)
【高橋芳朗】
では最後の曲にいってみましょう。3曲目は1992年4月20日、これもロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催されたフレディ・マーキュリー追悼コンサートより、ジョージ・マイケルをボーカルに迎えたクイーンの演奏で「Somebody to Love」。これはフレディ・マーキュリーが亡くなって約5ヶ月後に開催されたコンサートですね。デヴィッド・ボウイ、エルトン・ジョン、ガンズ・アンド・ローゼズ、メタリカなど、錚々たるアーティストがフレディ・マーキュリーを除いた3人のクイーンと共演しているんですけど、中でも名演として伝説化しているのがこのジョージ・マイケルのパフォーマンスになります。

ジョージ・マイケル自身、フレディ・マーキュリーをめちゃくちゃ崇拝していたんです。だからこの共演には特別な思い入れがあったようで、彼はこんなコメントを残しています。「クイーンの曲、特に『Somebody to Love』を歌うなんて信じられない気分だった。僕のキャリアにおいても最も誇らしい瞬間だったね」と。

では、フレディ・マーキュリー、そして2年前の12月25日に亡くなったジョージ・マイケルの追悼の意味も込めて、最後はこの曲で締めくくりたいと思います。

M3 Somebody to Love (Live at Webley Stadium, April 1992) / Queen & George Michael

The Platinum Collection (2011 Remaster)
【高橋芳朗】

スタジオではジェーン・スーが曲に合わせて熱唱しておりまして(笑)。ジョージ・マイケル&クイーンfeat.ジェーン・スーによる「Somebody to Love」が繰り広げられていました。その模様はのちほど番組のSNSにアップされると思いますが……なんでもジェーン・スーさんにとってはこのジョージ・マイケル&クイーンの「Somebody to Love」が人生ベストライブテイクだそうで。

【ジェーン・スー】
そう、これが私の人生ベストライブです。あのガンズ・アンド・ローゼズを抑えて! 私のなかでガンズ・アンド・ローゼズを抑えるような曲はなかなかないんですけどね。

【堀井美香】
さっきもこの曲のライブ動画は100億回は見たって。

【ジェーン・スー】
YouTubeの再生回数はすべて私によるものです!というぐらい、この動画はたくさん見ました。本当に素晴らしい! あー、いい年の瀬だった!

【高橋芳朗】
クイーンのライブ音源、結構年の瀬感あるでしょ?

【ジェーン・スー】
年の瀬感、出た! カラオケ行こうカラオケ!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

12/24(月)

(11:06) Santa Claus Is Coming to Town / Ella Fitzgerald
(11:23) Happy Holiday / Peggy Lee
(11:35) It’s the Most Wonderful Time of the Year / Andy Williams
(12:12) Jingle Bells / Frank Sinatra
(12:21) Cool Yule / Louis Armstrong
(12:52) Shake Hands with Santa Claus / Louis Prima

12/25(火)

(11:05) This Christmas / Donny Hathaway
(11:23) I Saw Mommy Kissing Santa Claus / Jackson 5
(11:35) Jingle Bells / Smokey Robinson & The Miracles
(12:12) Santa Claus Go Straight to the Ghetto / James Brown
(12:21) Christmas Love / The New Rotary Connection
(12:51) Someday at Christmas / Stevie Wonder

12/26(水)

(11:05) More Today Than Yesterday / The Spiral Starecase
(11:22) Take a Girl Like You / The Foundations
(11:35) Lovin’ You Baby / White Plains
(12:14) Take Away the Emptiness / Pickettywitch
(12:22) Where Did You Come From / Lulu
(12:51) You Misunderstand Me / The Buckinghams

12/27(木)

(11:06) A Kind of Magic / Queen
(11:34) Never Let Me Down / David Bowie
(12:14) When Tomorrow Comes / Eurythmics
(12:21) It Doesn’t Have to Be This Way / The Blow Monkeys
(12:49) SUPER GIRL / 岡村靖幸

12/28(金)

(11:04) Run Away / The Salsoul Orchestra
(11:23) Dreamin’ / Loleatta Holloway
(11:38) Everyman / Double Exposure
(12:13) Love Is You / Carol Williams

「追悼:フランス映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグラン」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「追悼:フランス映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグラン」

追悼:フランス映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグランhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190201123227

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りいたします。「追悼:フランス映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグラン」。映画『シェルブールの雨傘』などで知られるフランスの作曲家/ピアニストのミシェル・ルグランが26日にパリで亡くなりました。86歳でした。

ミシェル・ルグランは1950年代から映画音楽に取り組み始め、1964年にはカトリーヌ・ドヌーヴの出世作になった『シェルブールの雨傘』の主題歌が世界的に大ヒット。以降その活躍はハリウッドにも及び、映画『華麗なる賭け』の主題歌などでアカデミー賞を三度受賞しております。

このコーナーでも取り上げましたが、去年の11月にはフランシス・レイが亡くなっているんですよね。映画音楽を中心に活躍したフランスの偉大な作曲家が立て続けに天に召されてしまったという。しかも、フランシス・レイとミシェル・ルグランは同じ1932年生まれなんですよ。

【ジェーン・スー】
あー、そうなんだ!

【高橋芳朗】
そう。だからふたりとも享年86歳なんですね。本日はそんなミシェル・ルグランの追悼企画として、前半はミシェル・ルグランの影響を受けた日本のポップス、後半は僕のお気に入りのミシェル・ルグラン作品を紹介したいと思います。

まずは『シェルブールの雨傘』と並ぶミシェル・ルグランの代表作、1967年の映画『ロシュフォールの恋人たち』から「キャラバンの到着」を聴いてもらいましょう。

M1 Arrivee Des Camionneurs / Michel Legrand

ロシュフォールの恋人たち リマスター完全版

【ジェーン・スー】
ゴージャスだわねー。

【高橋芳朗】
ホント素敵よね。この『ロシュフォールの恋人たち』のサウンドトラックに代表されるミシェル・ルグラン作品のオマージュということでは、最近では日本でも大ヒットした映画『ラ・ラ・ランド』がすぐに思い浮かぶのではないかと。

【ジェーン・スー】
うん、完全にそうですね。

【高橋芳朗】
で、その『ラ・ラ・ランド』の全米公開の約半年前にはここ日本でもミシェル・ルグランからの影響をうかがわせる曲がつくられているんです。

【ジェーン・スー】
ほう。

【高橋芳朗】
それは生命保険のコマーシャルで女優の高畑充希さんが歌っていた「人生は夢だらけ」。覚えてます?

【ジェーン・スー】
あー、はいはいはい!

【高橋芳朗】
あの「人生は夢だらけ」は椎名林檎さんが作詞作曲を手がけた曲になるんですね。2017年には椎名さんがセルフカバーしているのでそちらを聴いていただきましょう。これ、おそらくミシェル・ルグランにインスパイアされたんじゃないかと思います。

M2 人生は夢だらけ / 椎名林檎

逆輸入 〜航空局〜
【高橋芳朗】
ミシェル・ルグランが日本の音楽に与えた影響ということでは、僕の世代でいくと1990年代初頭に渋谷系と呼ばれる音楽ムーブメントがありまして。

【ジェーン・スー】
こそばゆくなってきたぞ……お尻がかゆくなってきたぞ。

【高橋芳朗】
その真っ只中、クラブを中心に大流行したユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイションの「Loud Minority」という曲をご存知でしょうか? ちょっとかけてもらいましょう。

M3 Loud Minority / United Future Organization

Loud Minority
【ジェーン・スー】
ああーっ!

【高橋芳朗】
皆さん、聴いたことありますよね? テレビ番組のBGMだったり、いろんなところで使われていますので。

【ジェーン・スー】
下手したら私、これ『WAVE』で買ってるよ。

【高橋芳朗】
フフフフフ、六本木の『WAVE』ですか?

【ジェーン・スー】
そうそう。

【高橋芳朗】
これ、リリースは1992年だから時代感的にはまさにそんなところでしょうね。

【ジェーン・スー】
なるほどー。

【高橋芳朗】
この「Loud Minority」の肝ともいえる印象的なイントロ部分、実はミシェル・ルグラン作品からの引用になるんです。彼が1979年にリリースしたジャズアルバム『Le Jazz Grand』収録の「La Pasionaria」。ちょっとそちらと聴き比べてみましょうか。

M4 La Pasionaria / Michel Legrand

ジャズ・ルグラン
【ジェーン・スー】
かっこいい!

【高橋芳朗】
例のフレーズのあと、ちゃんとミシェル・ルグラン的展開も用意されてるというね。では、ここからは私のお気に入りのミシェル・ルグラン作品を聴いてもらいましょう。映画音楽から1曲、編曲/アレンジを手掛けた作品から1曲、計2曲紹介したいと思います。

まずは映画音楽編として、これもカトリーヌ・ドヌーヴ主演の1973年のフランス映画『モン・パリ』から「My Baby」を。ミシェル・ルグラン持ち前のエレガンスが発揮されているのはもちろんなんですけど、これはちょっとファンキーな小気味良さが魅力になっています。

M5 My Baby / Michel Legrand

Ultimate Free Soul Collection
【高橋芳朗】
最後はミシェル・ルグランが編曲を手がけた作品から、ジャズボーカリストのサラ・ヴォーンによる「Wave」。1973年のレコーディングですね。言わずと知れたアントニオ・カルロス・ジョビン作のブラジル音楽の名曲「Wave」のカバーになります。これはもうね、歌よし演奏よしアレンジよし、パーフェクトな一曲です。

M6 Wave / Sarah Vaughan and Michel Legrand

サラ・ヴォーン・ウィズ・ミシェル・ルグラン
【高橋芳朗】
素晴らしいでしょ?

【ジェーン・スー】
豊かな時間でしたね。

【高橋芳朗】
訃報ということではミシェル・ルグランの死去が報じられた3日後の29日、クインシー・ジョーンズに見出されてグラミー賞も受賞したアメリカのR&Bシンガー、ジェイムス・イングラムも亡くなっています。実は彼がパティ・オースティンとデュエットしたヒット曲、バート・レイノルズとゴールディ・ホーンが主演した映画『結婚しない族』の主題歌「How Do You Keep The Music Playing」はミシェル・ルグランが書いた曲なんですよ。

【ジェーン・スー】
あ、そうなんですか!

【高橋芳朗】
奇しくも同時期に他界してしまいましたが、このようにミシェル・ルグランが携わった曲はまだまだたくさんあります。もう聴いてるだけで優雅な気分になれるような、まさに生活が踊り出すような曲がいっぱいありますからね。ぜひこの機会にチェックしてみてください。

宇多丸、『ミスター・ガラス』を語る!【映画評書き起こし 2019.2.1放送】

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宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこちらの作品。『ミスター・ガラス』

(曲が流れる)

M・ナイト・シャマラン監督、2000年の『アンブレイカブル』、2017年の『スプリット』から続くシリーズ三作目。強靭な肉体を持つデヴィッド、24人もの人格を持つケヴィン、骨折しやすい体に高いIQを持つイライジャ。とある施設に集まった3人の前に、彼らの力の秘密を暴こうとする精神科医が登場する……。出演はブルース・ウィリス、ジェームズ・マカヴォイ、サミュエル・L・ジャクソンと過去二作のメインキャストに加え、『オーシャンズ8』などのサラ・ポールソンが精神科医を演じるということでございます。

ということで、もうこの『ミスター・ガラス』を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」! ありがたいことでございます。やはりね、シャマランの映画なら普通は見に行くでしょうという、それはね。賛否の比率は「褒め」の意見が8「まあまあ」と「ダメ」が2という比率。まあね、この番組で私がシャマラン主義者、シャマラニストを公言しているので、支持派が多くなりがちっていうのはあるかもしませんけどね。

主な褒める意見としては「大傑作! ラストには感動の涙が止まらなかった」「シャマラニストで良かった。三部作の見事な完結に拍手」「いまどきのヒーロー映画の批評としても素晴らしい」と、手放しで絶賛や思い入れたっぷりの長文の感想が多かった。また、過去二作を見てない人でも楽しめたという方も多かったです。一方、否定的な意見は「このテーマを掲げていて、あのオチでは物足りない」「ミスター・ガラスが過去にやってきたことを考えると、この物語は肯定的に捉えることができない」などございました。それもね、ちょっとある種ごもっともなところはあるんですけどね。

■「シャマラニストにとっての最高のご褒美が来た!」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「サーフィンハムスター」さん。いろいろと書いていただいて……「見終わってまず感じたのは、『長年、シャマランを信じてひたすらついてきた我々、シャマラニストにとっての最高のご褒美が来た!』。シャマラニストでい続けてよかった。シャマランよ、ありがとう! シャマランといえばラストのどんでん返しばかりが有名ですが、余計なものを削ぎ落とした厳格な画面構成。空間や時間の省略をきかせたキレのよい編集」。今回だとあれですね。水が噴き出す部屋のところの省略描写とかも見事なものがありましたね。

「……そして細やかな日常描写と地続きに流れる非日常のリアリティラインのブレなさなど、独特な美意識をこそ、我々シャマラニストは愛してるわけです。本作はまさにその集大成でした。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、本作のラストに示されるビジョンはアメコミヒーロー映画を総括してみせる壮大なものでした。のみならず、そこに示されたのは様々な意味でマイノリティーや自分に自信が持てなくなってしまってる人に自己肯定を与え、可能性に向かって踏み出す勇気を与えるという普遍的なメッセージだったのではないのでしょうか。もはやシャマランはシャマラニストだけのものではない。それを喜びたいと思います」というね、熱狂的なメールですね。

一方、ダメだったという方。「メダカ」さん。「小学生の頃に『アンブレイカブル』を見た時は自分の中の『ヒーロー vs 悪役』の常識が揺さぶられて衝撃を受けました。悪役がいるからこそヒーローが生まれるという矛盾はその後の『ダークナイト』でも大きなテーマとなっていますよね。また同時に『X-MEN』に代表されるような特異な能力を持つ者としての苦悩も描かれていて、まさにヒーロー映画の闇をまるっと詰め込んだような作品だったのですが……こうしたテーマを孕んだシリーズ作品のオチとして『ミスター・ガラス』のラストは物足りなく感じました。

『スプリット』で提示した『失意のものが救われる』というテーマはどこへ行ったのでしょう? これでは『アンブレイカブル』を再演しただけじゃないかと思ってしまいました。ミスター・ガラスによる自主制作ヒーロー映画のようなスモールスケールで展開されてきた物語を、最後の最後で大衆に示して『さあ、どう思う?』と投げかけているだけで、ヒーローの向かうべき方向が描かれていないように感じました。その点、宇多丸さんはどう思われましたか?」ということでございます。ありがとうございます。

あとですね、「みそのカツオ」さん。この方の指摘が面白くって。シャマラン作品はかならずシャマラン本人がキャメオ出演するっていうのが定番になっておりますけども。今回も登場するんですけども、その登場場面が今作では、序盤にあるアイテム……防犯カメラを買いに来る客の役で出てくるんだけど、これはまあ『アンブレイカブル』のつながりを示すというだけではなく、この方はこう言っている。「物語の序盤でそのアイテムが重大な、大事な意味合いを帯びてくるということを示している。そういったキーアイテムをシャマランが手にしているということ。物語のいちばん大事なところはシャマランが握っていた、ということを示してる」というような、これは面白い指摘だなと思いました。

 

『アンブレイカブル』『スプリット』に連なるシャマラン・ユニバース三部作完結編!

ということで、『ミスター・ガラス』。私もTOHOシネマズ六本木と新宿バルト9で2回、見てまいりました。なんと今回ですね、劇場販売のパンフレットが作られていないんですね。これはひょっとしたら、後ほど言いますけど、本作の若干入り組んだ製作配給事情というかですね、会社がちょっと入り組んでいるという。それが影響してるのか、もしくはただ単にシャマラン映画がいまや日本では冷遇されているということなのか、ちょっとわかりませんけども。なんかちょっと残念だなと。まあ、それぞれ入りはそこそこって感じでしたけどね。

もちろん、アメリカ本国では2015年『ヴィジット』でのシャマラン完全復活以降の勢いのまま、前作『スプリット』(2017年)に引き続きの大ヒット!っていうことですね。その『スプリット』、僕は2017年5月20日、前の『ウィークエンド・シャッフル』時代に評しました。公式書き起こしがいまでも読めるので、ぜひそちらもご参照ください。とにかくその『スプリット』評の時点ではね、エンディングに用意されているある仕掛けについて、まあネタバレを避けて、徹底して伏せながらお話ししたわけですけど。

(ただし今となっては)これはもう本当に宣伝でもガンガンにオープンにしてますし、先ほどのあらすじ紹介でももう言っちゃったんでね。まあ本作『ミスター・ガラス』を見るにあたって最低限必要な前知識なんで……あと、まあ『ミスター・ガラス』っていうタイトルの時点でね、まあわかる人はわかっちゃう話なんですけど。なので、今回は普通に話しちゃいますけども。『スプリット』が、多重人格物、サイコホラーかなと思いきや、最終的には超常的な一線を越えた一種のモンスター物だった、という風に判明した後のエンディングで、なんと、2000年『アンブレイカブル』の主人公、ブルース・ウィリス演じるデヴィッド・ダンが登場する。

で、ここに至ってつまり、『スプリット』のジェームズ・マカヴォイが演じているケヴィン・ウェンデル・クラムという、「群れ」と呼ばれる多重人格者はですね、実はそのアメコミヒーロー誕生譚でもあった『アンブレイカブル』と同じ物語世界、ユニバースに存在するという……これ、いま出ている『映画秘宝』に載っていたてらさわホークさんの本作評の表現を引用するならば、「シャマラン・シネマティック・ユニバース。MCUならぬシャマCU」っていう表現をてらさわさんがしていましたけどもね(笑)。

そのシャマラン・ユニバースに存在する、言ってみればヒーローたるデヴィッド・ダン。(今回の『ミスター・ガラス』では)「監視者」、“Overseer”という風に言われていましたが、その監視者に対するヴィランだった、っていうことが突如として明らかになるという、そういうエンディングだったわけですね。2017年『スプリット』は。ちなみにですね、デヴィッド・ダンに対抗するヴィランとして多重人格者が登場するというアイデア自体は、本来『アンブレイカブル』、2000年の時点で盛り込まれるはずだったけど、ちょっと入りきらなかった要素、ということらしいんですけど。

ともあれ、その『スプリット』が大ヒットしたことで、ついになんと19年越しに『アンブレイカブル』『スプリット』に連なる三部作構想が完全実現した、ということなんですね。

ちなみに『アンブレイカブル』っていうこの2000年の作品は、タッチストーン、つまりディズニー傘下の作品なんですね。で、『スプリット』はユニバーサルの作品ということで。その両者の続編であるこの『ミスター・ガラス』は、何とユニバーサルとディズニーの共同製作配給っていう、かなり珍しい立ち位置にある1本でもあるというね。それでさっき言ったように、「パンフを作れなかったっていうのは、そういうこと?」って(部外者としては推察してしまうけれども)。まあ、わかりませんけども。とにかく非常に変わった立ち位置の作品でございます。

 

■エンディングを思い出すだけでも泣けてくる『アンブレイカブル』、からの……

タイトル『ミスター・ガラス』、シンプルに原題は『Glass』ですけども……あ、ちなみにこれ、今日は『アンブレイカブル』のネタバレも不可避的にすることになりますので、ご了承ください。さすがに19年前の映画だし、これはいいですよね? 『ミスター・ガラス』っていうのはもちろん、『アンブレイカブル』に登場したサミュエル・L・ジャクソン演じるイライジャ・プライスというキャラクター。生まれつき骨が異常に弱いということで、非常に苦しんできたがゆえに、デヴィッド・ダンというそのキャラクターが不死身であること、つまり現実に存在するスーパーヒーローであることを証明することで、逆説的に自らの存在意義をも証明しようとする。

「オレみたいな人間がいる意味」っていうのを見つけるためにスーパーヒーローを探そうとする。そしてそのために、実は長大な、そして恐ろしい計画、まさにマスタープランを実行してきたという、非常に忘れがたい、まあ切ないキャラクターなんですよね。『アンブレイカブル』のラストですね、そのイライジャが、「They call me Mr.Glass!」って叫ぶその悲痛さ。そして、それを背に受けながら「ああー……」って出ていくブルース・ウィリスの……「あーあ……」っていう顔で出ていくところで『アンブレイカブル』は終わりますけども。あのエンディングを思い出すだけで僕は、やっぱり泣けて泣けてしょうがない、っていう感じなんですけども。

ただ、公開当時はやっぱりね、『シックス・センス』の直後で。まだシャマランがどういう映画を撮る人かっていうのをいまいち、みんな知らない状態で見たんで。正直みんな「ポカーン」っていうか、「どんな気持ちになれっていうんだ、この話!」っていう風に見ていたと思いますけど(笑)。で、まあとにかくそのミスター・ガラス、彼の名前を冠した三部作完結編ということは、彼自身は知力以外にパワーを持たないキャラクターなんだから、おそらくはそのミスター・ガラスの企み、彼の計画、そして彼の物語が、ついに完全に成就していく、そういう話なんじゃないか?っていうのは予想されるわけなんですけども。

 

■スーパーヒーロー とスーパーヴィランとの対決が描かれる序盤

順を追っていきますね。まず最初。例によって、調子ぶっこいたリア充……と、彼が思っているその象徴としての「チアガール」っていう、これがちょっと(「リア充」像としてステレオタイプすぎて)笑っちゃうんだけど(笑)、調子こいているリア充と彼が思っている、その象徴としてのチアガールたちを誘拐しては、多重人格接待で困惑させている(笑)ケヴィンというね、『スプリット』のジェームズ・マカヴォイが演じるキャラクターですね。ただ、この部分ですでに彼は、自分を含む……要するに、傷ついた弱者のためにこういう行動をしているのだという、彼の行動原理みたいなのもここで明らかにしてる、っていうことですけど。

と、『アンブレイカブル』の主人公たち。『アンブレイカブル』の頃は本当に少女のような美少年だったスペンサー・トリート・クラークさんという方がね、すっかりゴツめの青年に成長して登場する、その息子をサイドキックにして、自警団(ビジランテ)活動に精を出しているデヴィッド・ダンっていうね。まあ要はスーパーヒーローっていうものがもし現実に存在したら、まあ社会から見るとそれはビジランテっていうことに……まあ要するに犯罪者すれすれっていうか、犯罪者も同然の存在になってしまう、っていうことなんですけど。

で、まあとにかくこの両者の活動を描いて、その両者がついに対決するという、さっき言った通り本来『アンブレイカブル』に盛り込まれる予定だった、まさしくアメコミヒーロー物的な、「スーパーヒーロー vs スーパーヴィラン」の戦いというのがまず描かれる。で、まあ要は最悪『アンブレイカブル』『スプリット』の両方をちゃんと見てなくても、ある程度の事情が分かるような説明が込みで描かれるという。ただ、それは本作においてはまだ、ただのキャラクター紹介に過ぎないわけですね。本題は、そこから彼らがですね、ミスター・ガラスと同じ精神病院に収容された、その先から始まるわけです。本題は。

 

■凄まじいジェームズ・マカヴォイ七変化!

ここでですね、その精神病院の中で、ケヴィンの人格変化を強制的に制御するためのストロボ装置が部屋に用意されている。で、そのストロボ装着を焚くたびに、ポンポンポンポンとケヴィンの中で……「照明が当たってる人物」っていう風に比喩的に彼が表現してますけど、照明が当たってる人物にストロボが焚かれると(また人格が)変わっていくっていう。なんて言うんですかね、メタファーなんだか具象なんだかわかんない感じがまた面白いですけど。

ストロボが焚かれるたびにポンポンポンポンとその人格が変わっていく、という下りがある。それによってですね、まあジェームズ・マカヴォイは前作の『スプリット』でも本当にね、全部で20何人格のうち5、6人ぐらいを演じ分けてましたけど。今回はさらにちょっと手数が増えて。なおかつ、瞬間変身の妙味をさらに増して。本当にもうカットをつないだまま、ずっとポンポンポンポンと(キャラクターが)変わっていくという、本当にまさに超人的名人芸と言うか。大いにここで堪能できるわけですけど。特に僕がうなったのは、まあいろいろと極端なキャラクターを演じ分けてるところはまだ、「ああ!」って感心しているぐらいなんだけども。

『スプリット』のヒロイン、アニヤ・テイラー=ジョイさん演じるケイシー・クックにですね、本来の人格であるケヴィンが引き出されて。その瞬間ですね、要はケヴィンっていうその元の人格が出てきたなっていう瞬間に、視覚的に……もう単に表情を変えているだけなんですけど、「あっ、これがメインの人格だ」って誰でも理屈抜きで理解できる。そしてですね、同じく心に傷を負わされた者同士、ケイシーとは深く理解しあってる、っていうのが一発で伝わる。本当に目と表情。あとはまあ、ひょっとしたら微妙な姿勢とか身体全体の力の入れ方とか、まあそういうのもあるのかもしれないけど。とにかく身体ひとつで完璧にそれを表現してみせるジェームズ・マカヴォイのすさまじさっていうのがこれ、まずすごいですよね。

しかもそれでケヴィンと心が通じ合って「ああっ!」ってなったその直後。また別の人格、例のラップ好きの9歳の少年ヘドウィグにパッと戻った瞬間に、一気にコメディー的な笑いに持っていくあたり。「ええっ!?」ってこうやって……さっきまでケヴィンだった状態で、パッとヘドウィグに戻って、ヘドウィグが言うその一言で、一気に笑いに持っていく。このあたりはさすがシャマランの(十八番的演出で)、いろんな感情がひとつの場面にいっぱい入ってるっていう。笑っていいんだか、怖がっていんだか、泣いていいんだか……っていう。

シャマランはそれを完全に意図的に……エモーションを混濁させるというかね、混ぜて提示するっていうのは、シャマランの本当に味なんですけど。技なんですけど。さすがシャマラン、といったあたりじゃないですかね。

 

■精神科医の揺さぶりでダンは己の能力を疑う。だが一方イライジャは……

で、とにかくこの精神病院内でですね、サラ・ポールソンが演じる精神科医。これが、そのサラ・ポールソンが基本的には善人っぽい感じで登場するんですけど、ただ、何ともしれない……あれはメイクもあるのかな? 眉が不自然に整いすぎているせいもあるのかな?

とにかく、なんともしれない不気味な「表層上の正しさ、誠実さ」とでも言うような、薄皮を1枚まとったような感じで演じるその精神科医が、そのピンクの塗装がまたちょっと現実感覚を失調させるような独特の部屋の中で……あれ、ちなみにロケしてるのは実際に元精神病院だった建物らしいですけど。そのデヴィッドとケヴィンとイライジャというこの3人。ちなみにイライジャはここまでは一切喋らず、ほとんど廃人化してるように見えるわけですけども。

この3人を前に、その彼らがかつて発揮した超人的能力というものに関して、ひとつひとつ合理的な説明をつけて。「超常的なものなんか何もないんだよ」というようなことを彼らに納得させるための、一種のカウンセリングを行っていくわけですね。で、その結果、特にブルース・ウィリス演じるデヴィッド・ダンは、元々『アンブレイカブル』でも基本そういうスタンスの人だっただけに、「あれ? やっぱり言われてみるとオレ、ちょっと力が強いだけ、ぐらいの感じ?」みたいな。「あとは風邪ひかないとか、そんぐらい?」みたいな感じで、ちょっとだけ自分の能力に懐疑的になり始める。

その一方でですね、イライジャ、ミスター・ガラスは、ちょっと『カッコーの巣の上で』も彷彿とさせるようなヤダ味も感じさせる精神病院、っていうか収容施設……要するに、実際にロボトミー手術めいたものが途中で出てきたりしますし、あと、看護師が明らかに彼が廃人化しているのをいいことに、まあ嫌がらせみたいなことをしているっぽい、みたいなことも描かれてですね。ちょっと『カッコーの巣の上で』的な、非常に問題のある収容施設の中で、実は虎視眈々とミスター・ガラスが、『アンブレイカブル』から延々と種をまき続けてきた遠大な計画、マスタープランを、ついに完成させる機会を実は伺っていた……というあたりがストーリー的に、具体的にお話しできる現時点での限界ですね。

 

■カメラワーク、音楽。すべての要素がスリリングなスーパーヒーロー論を盛り立てる

これ以上はもう本当に何を話してもネタバレになる、という感じになると思いますけど。なのでちょっとここから気をつけて話していきますけど。まあ、技術的な部分で言いますと、前作の『スプリット』に引き続き、『イット・フォローズ』のマイケル・ジオラキスさんという方がカメラやってます。異様な不安感、不安定感を常にたたえたカメラワーク。要するに、すごく安定した……要するにグラグラさせたりするんじゃないんですね。結構フィックスの画面が多いんだけども、「普通はそこから撮らないだろ?」っていうところに(カメラを)置いたりとか。

あるいは、ちょっと斜めになってたりとか、あるいは前回もやっているように、ちょっとゆっくりなにかに(カメラが)近づいていたりとか。いろんなテクニックを駆使して、静かなんだけど、異様な不安感、不安定感をたたえた、マイケル・ジオラキスさんのカメラワーク。そしてやはりですね、『スプリット』に引き続きの音楽、ウェスト・ディラン・ソードソンさん……ウェスト・ディラン・ソードソンさんは割とミニマムな、やっぱりそれ自体非常に不安感とか変な感情をかき立てるような音楽を非常に得意としていて、今回も非常にかっこいいんですけども。

(ただし今回は)ところどころ、『アンブレイカブル』でのジェームズ・ニュートン・ハワードのスコアも顔を出すわけです。それも取り入れていて。で、『アンブレイカブル』のジェームズ・ニュートン・ハワードのスコアは、すごくセンチメントが入っているっていうか、非常に感情をかき立てるようなものになっていて、それの上手いミックス。両者を引き継いだ音楽。これなんかも非常に良かったりして。とにかく全ての要素が、スーパーヒーロー、いわば神話的存在の実在と懐疑、その境界線上を揺れ動く、いわばすごく本質的、ゆえにスリリングな、「スーパーヒーロー論」なわけですね……としての本作を、効果的に盛り上げていくわけです。

スーパーヒーローというのがもし実在するとしたら、その意義とは? とかね。人々がスーパーヒーローを存在すると感じるとしたら、その境界線は? みたいな。いろんな意味での問いかけをしてくるわけですけども。で、その先にですね、これは語り方が難しいんだよな……二段階、いわゆるシャマラン十八番のどんでん返し的なというか、まあ意外な展開っていうのが待ち受けているわけです。もちろん具体的には話さないようにしますからご安心いただきたいんですけども、二段階。

 

■シャマランが投げかけてくるメッセージとは、「人々の想像力や願いははいずれ実際に世界を変えていく」「どんな人生にも必ず意味がある」

いま、「シャマラン十八番のどんでん返し的な展開」と言いましたけど、前の『スプリット』評でも言ったように、シャマラン作品っていうのは常にこういう話を語っている……社会とか人生とか、まあとにかく世界に対してある理由で心を閉ざして生きている主人公が、いろいろと曲折を経てついに、世界というものの本当のあり方、世界の真実に気づく。そして、その中での自分の本当の役割に気づく。自分はこのためにいたんだ。もしくは自分のこの苦しみはこのためにあったんだ、っていう役割に気づく。そういう物語を毎回シャマラン作品っていうのは語っていて。で、さっきから言っているシャマラン十八番のどんでん返しってのは、その「気づき」にあたる部分なんですね。

「ああ、世界っていうのはこうだったんだ! オレっていうのはこういう存在だったんだ」っていう気づきにあたる部分。なので、凡百のですね、後出しじゃんけん的などんでん返し。ドヤ顔で変わった展開、奇をてらった展開を……「そんなこと言ったら何でもできるだろ?」みたいな後出しじゃんけん的なそれではなくて、テーマ、メッセージ、作家性と深く結びついている「意外な展開」なわけですよね。

で、今回の『ミスター・ガラス』終盤に用意されてるこの二段階の衝撃の展開はですね、スーパーヒーロー、神話的存在と我々が生きる社会・世界との関係を、裏と表、ネガティブな側面とポジティブな側面、両面で示して見せたものっていう。実際にスーパーヒーローなるものが出てきたとしたら、絶対にこういう軋轢が起こる、という部分ですね、まず示すのは。なのでさっきの(リスナーメールにあった)、その「ヒーローの行くべき姿を示してない」っていうところに関しては、というよりは、対社会ということではヒーローもヴィランもセットなものとしてかならず扱われる、っていうことですね。

と、同時に、そういう存在が世の中に一旦出てきたとしたら、もうそのあと世界は不可逆的に変わってしまう、というようなことも……だから、あることが起こるわけですけどね。で、特に二段階目の衝撃の展開の部分が、非常にやっぱり重要かつシャマラン的で。最後の最後に待ち受けているその結末というのは、これはM・ナイト・シャマランという映画作家のメッセージ的本質がですね、全て詰まってると言っても過言ではない超重要作、まあ、非常に変わった作品なんだけど超重要作、2006年の『レディ・イン・ザ・ウォーター』という作品があります。

今回の『ミスター・ガラス』は、実は『アンブレイカブル』『スプリット』『ミスター・ガラス』の三部作であると同時に、『レディ・イン・ザ・ウォーター』で発したメッセージと完全に重なる作品。『レディ・イン・ザ・ウォーター』でのシャマランのメッセージを、よりキャッチーに展開させたというような、そういう作品だという風に思います。一言でいえば、こういうことだと思いますね……人の想像力や願い。特に現実の社会、人生とかでは辛い思いを強いられている人々の想像力や願い。それはいずれ、実際に世界を変えていくんだ!っていう。これ、シャマランの信念ですね(※宇多丸補足:放送上では言い忘れてしまったのですが、それと裏表の話で、神話、フィクションから都市伝説まで、人々が物語として語り継いできたような事柄のなかには、必ず何かしらの真実が含まれているはすだ、というのも、シャマランの重要なメインテーマのひとつであり、特に『アンブレイカブル』『ミスターガラス』の主題でもありますね。)

実際にそうかどうかとは別の、シャマランの作家的信念。と同時に、「どんな人間、どんな人生にも意味がある」ということですね。最後の結末は、あの真実が世界に明らかにされたことで、いろんな人が、自分というものの意味を改めて、役割というものを考え出すっていう、そういう革命。ミスター・ガラスの革命なわけです。ここに至って、『ミスター・ガラス』っていうタイトルがついてることも意味がドスンと響くようになってるという。

で、その思いの強さ。つまり、シャマランの信念的な思いの強さが、ほとんど世俗的な善悪さえ超越していくところを含めて、これぞシャマラン映画ならではの感動であり、飲み込めない人は飲み込めないところなわけです。はっきり言ってラスト、「えっ、これって“いい話”じゃねえよな?」って頭にくる人がいてもおかしくないと思います。ただ、シャマランはきっと、「はあ!? いいんですけど!? オレの中では、オレユニバースでは! じゃあ、あなたはミスター・ガラスほど苦しんでいるんですか!?」みたいな(笑)。たぶんそんぐらいの感じで、世俗的な善悪すら超越していく物語論、ストーリー論、フィクション論、想像力論、クリエイト論。そういうところに飛躍していく、というかね。そこがまさにシャマランイズムだし、本当に純度100%のシャマランメッセージが最後に炸裂する、という感じだと思います。

そういうのとは別に、たとえば『スプリット』のあの2人、ケヴィンとケイシーのストーリーの着地としても、本当に泣きに泣かされる……ある意味、あの2人の着地としては僕、唯一ありうるハッピーエンドと言ってもいいんじゃないかなって。つまり、彼は解放されたわけですから。とかね。

 

■あえて文句を言うなら、「3時間半見せてよ!」

あえて文句を言うならば、僕は、いま現状129分。シャマランの作品としてはやや長めですけど、やっぱりこの三者のストーリーを語るには、ちょっと僕は「あ、急いでるな」って感じるところが何箇所かあって。その、最初の編集版が3時間半だったっていうので。「えっ、だったらその3時間半、見せてよ!」っていう感じもいたしますけどね。

ただ、これだけ変な、なんて言うか、振り切った歪な話。そしてその作家的メッセージを炸裂させた、本当に作家主義的な映画でありながら、普通にやっぱりちゃんと面白くもある、というところも立派なあたりだと思います。ぜひぜひ劇場でやってるうちに。もうシャマラン映画がやっていれば劇場に行くのは普通に映画ファンの責務だと思いますので。シャマラニストならずとも、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『バーニング 劇場版』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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「映画『ノーザン・ソウル』公開記念!ノーザンソウルで朝まで踊り明かそう!特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「映画『ノーザン・ソウル』公開記念!ノーザンソウルで朝まで踊り明かそう!特集」

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「映画『ノーザン・ソウル』公開記念〜ノーザン・ソウルで朝まで踊り明かそう!」。

まずは明日9日から公開される映画『ノーザン・ソウル』について簡単に紹介しますね。1960年代にイングランド北部の労働者階級の若者たちから生まれた音楽ムーブメント、ノーザン・ソウルの最盛期である70年代を舞台に描いた青春ドラマ。学校にも家庭にも居場所がなく、退屈な日々にうんざりしていた高校生のジョンは、ある日ノーザン・ソウルに魅了されてDJ活動を開始。誰も知らない最高のレコードを手に入れるため、アメリカに行くことを夢見るが……」というお話です。本国イギリスでは2014年に公開されている映画なんですけどね。

【ジェーン・スー】
はい。

【高橋芳朗】

この『ノーザン・ソウル』、一足お先に試写会で拝見させてもらいましたが、イギリスやアイルランドを舞台にした音楽青春映画の新しいスタンダードになるんじゃないかと思います。鬱屈を抱えた労働者階級の若者が音楽を通して活路を見出していく物語という点では『ザ・コミットメンツ』や『シング・ストリート』に通ずるところがありますね。また、イギリスのユースカルチャーを生々しく描いた映画というところでは『さらば青春の光』や『24アワー・パーティ・ピープル』などと並べて語ることができると思います。で、映画のタイトルになっているノーザンソウル」とはなんぞや?というところですよね。

【ジェーン・スー】
そうそう。ねえ。

【高橋芳朗】
冒頭でも触れましたが、ノーザンソウルは1960年代にイングランド北部の労働者階級の若者たちから生まれた音楽ムーブメントであり、彼らに好まれていたソウルミュージックを指します。

【ジェーン・スー】
ふーん!

【高橋芳朗】
この名称は当時ロンドンのレコード店の店主が名付けたものになります。イングランド北部からお店にやってくるお客さんが、ロンドンで流行しているものとはまったく異なる特定のサウンドのソウルミュージックを買い求めてきたことから彼らが好む音楽をノーザンソウルと呼ぶようになったそうです。

【ジェーン・スー】
へー! おもしろーい!

【高橋芳朗】
だからアメリカの南部で生まれたソウルミュージックをサザンソウルというけど、ノーザンソウルはアメリカの北部で生まれたソウルミュージックを指す言葉ではないということですね。

【ジェーン・スー】
イングランド北部の人たちが特異的に好む音楽?

【高橋芳朗】
まあ、そういうこと。ただ、このノーザンソウルのムーブメントで好まれていたソウルミュージックはアメリカの北部のデトロイトで生まれたモータウンの影響を受けたアップテンポなものが中心になっているんですよね。そのへんが非常にややこしい。

【ジェーン・スー】
ややこしい! ややこしやー!

【高橋芳朗】
フフフフフ、ややこしいよね。では、まずは映画『ノーザン・ソウル』のサウンドトラックから典型的なノーザンソウルサウンドを聴いてもらいましょう。こちらは1967年の作品です。

M1 Soul Time / Shirley Ellis

Soul Time (Single Version)

【高橋芳朗】
この映画『ノーザン・ソウル』のポスターやフライヤーにはキャッチコピーとして「誰も知らないレコードで、この町から抜け出すんだ」と書いてありますが、ノーザンソウルのDJはレア盤重視な傾向にあります。誰も持っていないレアなレコードを見つけ出して、そのレコードでクラブの客を熱狂させることが彼らのアイデンティティーであり美徳になってるんです。

【ジェーン・スー】
レアグルーヴって感じ?

【高橋芳朗】
そうですね。だからDJは自分だけのキラーチューンを持ってるんですよ。

【ジェーン・スー】
ああーっ!

【高橋芳朗】
しかも、そのレコードが誰の曲かわからないようにレコードのレーベルを剥がしたり隠したりするんです。

【ジェーン・スー】
ええーっ!

【高橋芳朗】
これ、ヒップホップ黎明期のDJがやっていたこととまったく同じですね。

【ジェーン・スー】
そうかそうか。「俺のDJを聴かない限りこの曲は聴けねえぞ」と。

【高橋芳朗】


まさにまさに。「この曲を聴きたければ俺のパーティーに来い!」ということですね。で、イギリスではそういう往年のノーザンソウルのDJたちがかけていたレアなレコードを集めたコンピレーションがたくさんリリースされているんですよ。僕もハタチぐらいのときにノーザンソウルにめちゃくちゃハマってそういう編集盤を買い漁っていたんですけど、次はその当時に出会った私的ノーザンソウルクラシックを聴いてもらいたいと思います。これは1968年の作品ですね。

M2 Since You Left / The Inticers

Northern Soul Golden Memories Vol.1: 28 Legendary Northern Soul Dancers
【高橋芳朗】
こういう曲がかかりまくるノーザンソウルのパーティーは週末にオールナイトで開催されるわけですが、労働者階級の若者たちが抱えた社会に対するフラストレーションをぶつける場として機能していたんですね。そういうノーザンソウルの反骨精神はのちのパンク世代のイギリスのミュージシャンに絶大な影響を及ぼすことになります。その代表的なアーティストが、モッズ番長ことポール・ウェラー。

【ジェーン・スー】
ああ、スタカンおじさんですね。

【高橋芳朗】
そう、スタカンおじさん。彼が率いていたザ・ジャムやスタイル・カウンシルはノーザンソウルのオマージュ的な曲をたくさん残しています。

【ジェーン・スー】
うんうん! 言われてみればそうだね!

【高橋芳朗】
ここではそんななかから、スタイル・カウンシルの「A Solid Bond in Your Heart」を聴いてもらいたいと思います。1983年の作品です。これはぐいぐい煽っていくアッパーな曲調も非常にノーザンソウル的なんですけど、ミュージックビデオがノーザンソウルのパーティーのトリビュートになっているんですよ。映画鑑賞後に見るといろいろと合点がいくと思います。

M3 A Solid Bond in Your Heart / The Style Council

【高橋芳朗】
ノーザンソウルのスピリットを継承するアーティストの作品をもう1曲紹介しますね。デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの「Seven Days Too Long」、1980年の作品です。デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズは1982年に全米1位になった「Come On Eileen」のヒットでおなじみですね。

この「Seven Days Too Long」を収録したデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのデビューアルバムのタイトルは『Searching for the Young Soul Rebels』。「若き魂の反逆児を求めて」みたいな意味になるんですけど、まさに映画『ノーザン・ソウル』に登場するようなやり場のないフラストレーションを抱えた若者がそのままマイクをつかんで歌い出したような、そんな無骨な魅力がある曲です。

この「Seven Days Too Long」は実際にノーザンソウルのパーティーで人気があったチャック・ウッドというソウルシンガーの曲のカバーになります。

M4 Seven Days Too Long / Dexys Midnight Runners

Seven Days Too Long (2000 Remastered Version)
【高橋芳朗】
というわけで、ノーザンソウルとその精神を受け継ぐアーティストを紹介しました。映画『ノーザン・ソウル』は明日9日より公開、東京では新宿シネマカリテとアップリンク吉祥寺の2館のみと公開規模は小さいんですけど、順次全国で公開されていくようなので詳しくは公式ホームページをチェックしてみてください!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

2/4(月)

(11:07) Ventura Highway / America
(12:35) Learn How to Fall / Paul Simon
(12:16) One Man Parade / James Taylor
(12:51) 風来坊 / はっぴいえんど

2/5(火)

(11:03) I’ll Be Around / The Spinners
(11:24) You Ought to Be With Me / Al Green
(11:35) Keep Gettin’ It On / Marvin Gaye
(12:11) Since I Found My Baby / Cornelius Brothers & Sister Rose
(12:51) 少しだけ片想い / 荒井由実

2/6(水)

(11:03) I’ll Be AroundSubstitute〜恋のピンチ・ヒッター〜 / The Who
(11:21) She’s Got Everything / The Kinks
(11:36) Have You Ever Loved Somebody / The Searchers
(12:13) Colour Blue / Peter & Gordon
(12:24) I Can’t Let You Go / The Hollies
(12:50) You’ve Got Your Troubles / Chad & Jeremy

2/7(木)

(11:02) A Message to You Rudy / The Specials
(11:23) Lip Up Fatty / Bad Manners
(11:38) Carry Go Bring Home / The Selecter
(12:10) Hands Off…She’s Mine / The Beat
(12:21) Easy Life / The Bodysnatchers
(12:50) Human Touch / Elvis Costello & The Attractions

2/8(金)

(11:03) Let’s Go Round Again / Average White Band
(11:21) Time / Light of the World
(11:34) Love Can’t Come / The Invisible Man’s Band
(12:15) Candidate for Love (Single Version) / T.S. Monk

「グラミー賞の司会を務めたスーパーウーマン、アリシア・キーズ特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「グラミー賞の司会を務めたスーパーウーマン、アリシア・キーズ特集」

Here

グラミー賞の司会を務めたスーパーウーマン、アリシア・キーズ特集http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190215123655

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りいたします! 「グラミー賞の司会を務めたスーパーウーマン、アリシア・キーズ特集」。世界で最も権威ある音楽賞と言っていいでしょう、グラミー賞。その第61回授賞式が日本時間の11日(月)にアメリカはロサンゼルスで開催されました。

今年のグラミー賞は「Diversity & Inclusion」(多様性と包括性)をテーマに掲げていたのですが、そんななかで女性アーティストの活躍が非常に目立ったセレモニーになりました。去年女性アーティストが冷遇されているという抗議を受けて、その反省が強く反映された格好になった感じですね。そして、そんな授賞式を見事に仕切ってみせたのが2005年以来14年ぶりの女性司会者となったR&Bシンガーのアリシア・キーズです。

【ジェーン・スー】
まだ若いしね。

【高橋芳朗】
うん、38歳。

【ジェーン・スー】
すごいね。でもなんでアリシアだったんだろう?

【高橋芳朗】
個人的は非常に納得のいく人選だったと思いますけどね。まずアリシア・キーズは2001年にアルバムデビューをしているんですけど、翌年のグラミー賞でいきなり最優秀楽曲賞や最優秀新人賞などの主要2部門を含む5部門を受賞しているんです。その後、彼女は現在までに6枚のアルバムをリリースしていますが、その累計セールスが3500万枚。この売り上げ記録だけでも十分にすごいんだけど、グラミー賞の受賞回数が現在まで15部門にも達していて。

【ジェーン・スー】
すごいね、15部門!?

【高橋芳朗】
そう、累計で15部門も獲ってるんですよ。今回司会者としてアリシアに白羽の矢が立てられたのは、そういうグラミー賞で高い評価を受けてきたことが背景にあるのではないかと。それに加えて、アリシアは社会活動も非常に熱心に行ってきたアーティストなんですよね。特に女性の社会的地位向上に対する活動にはすごく力を入れていて、数々の素晴らしいフェミニストアンセムを歌ってきています。

そのへんを踏まえると、ウーマンパワーを強く打ち出そうとした授賞式の司会者としてアリシアは名実共に適任だったと思います。本日は、そんなアリシア・キーズの名曲や関連曲を計4曲紹介しましょう。まずはこの曲から、アリシアでいちばん人気が高い曲といったらこれでしょうね。2003年リリースの傑作バラードです。

M1 If I Ain’t Got You / Alicia Keys

【高橋芳朗】
赤坂のフレディ・マーキュリーことジェーン・スーさん、この曲がカラオケのレパートリーということで隣でフルコーラスで熱唱していました。

【堀井美香】
もう立ち上がって歌っていましたからね。

【ジェーン・スー】
でも気心の知れた人の前でしか歌いませんよ、この曲は。

【高橋芳朗】
この「If I Ain’t Got You」はアレサ・フランクリンの影響を感じさせる曲ですが、アリシア・キーズはこういった正統派ソウルシンガーの魅力も持ちながらも、クラシックやジャズの素養もある非常に幅広い音楽性を持ったアーティストです。彼女はピアノの弾き語りがトレードマークになっているんですけど、ポップミュージックの歴史を彩ってきたピアノウーマン、たとえばニーナ・シモンだったりキャロル・キングだったりロバータ・フラックとだったり、そういうピアノを弾く女性シンガーソングライターのハイブリッドみたいなところもあるんじゃないかと思います。

で、今日はジェーン・スーさんにもアリシア・キーズの曲を一曲選んでもらいました。スーさんが考えるアリシア・キーズの魅力はどんなところでしょう?

【ジェーン・スー】
アリシア・キーズはデビューした当時からビジュアルと楽曲の相性にすごくオリジナリティがあったんですけど、確か2016年のMTVのビデオミュージックアワードのときにノーメイク宣言をしたんです。突然、メイクアップをしないで公共の場に出てきたの。それまでのアリシアといえば、太いアイラインでビュッと目尻を上げていたのがトレードマークになっていたんですよ。

【高橋芳朗】
キリッとしたシャープな目元でしたよね。

【ジェーン・スー】
そう。それが突然、すごく愛嬌のある美人なんだけど比較的ぼんやりとした顔のノーメイクで現れて。どうしたのかと思ったら、レコーディングの最中に「やりたくないことリスト/うんざりリスト」みたいなものをつくったんだって。そのうちのひとつに「世間の期待に沿った『女性らしさ』をなぞって生きていくこと」、つまりメイクアップしたりダイエットしたりすることを挙げていて。それで「もうやめます!」ってノーメイクでいきなり出てきちゃったんですよ。それに対してはいろいろバッシングもあったりして。でも、そもそもバッシングがあること自体おかしいじゃん?

【堀井美香】
うんうん。

【ジェーン・スー】
アリシアはそうやっていろいろな人に考える機会を与えてきて。そこからは作品性もだいぶ変わっていって、よりナチュラルな感じになっていったんです。最近の彼女はそんなイメージが強いんですけど、やっぱりラジオでかけるなら2003年のこの曲かなって。いまのアリシアがノーメイクでこれをどう歌うのか、それを聴いてみたいという期待込みで選びました。

【高橋芳朗】
うん、素晴らしい選曲だと思います。

【ジェーン・スー】
ラジオでかけるならこれだろうということで選びました。

M2 You Don’t Know My Name / Alicia Keys


【高橋芳朗】
3曲目はアリシア・キーズ関連曲として、H.E.R.の「Focus」を聴いてもらいたいと思います。H.E.R.は現在注目の女性R&Bシンガーで「アリシア・キーズの再来」などと言われたりしているんですが、実際にアリシアがプッシュしたことによって脚光を浴びたという背景があります。

【ジェーン・スー】
あ、そうだったんだ。

【高橋芳朗】
うん。このH.E.R.は今回のグラミー賞で最優秀R&Bアルバム賞を受賞してパフォーマンスも披露しているんですけど、彼女の紹介を恩師のアリシアが務めたところがまたR&Bファンにはたまらないシーンだったんじゃないかと思います。

M3 Focus / H.E.R.

【高橋芳朗】
最後はアリシア・キーズの曲で締めくくりたいと思います。今日は割としっとりめの曲ばかりかけてきたので、ラストは元気なエンパワーメントソング「Girl On Fire」でいってみましょう。これは2012年リリースのヒット曲で、女性の権利向上を訴えるウィメンズマーチでも歌われているフェミニストアンセム。「あの女の子は燃えるような情熱を秘めている」と歌い上げる力強いメッセージソングです。

M4 Girl On Fire / Alicia Keys

【高橋芳朗】
アリシアはグラミー賞授賞式で司会を務める傍ら、ピアノ2台を駆使した圧巻のパフォーマンスも披露しているのでぜひYouTubeなどでチェックしてみてください。

あと、今回のグラミー賞授賞式については11日放送の『荻上チキ・Session-22』、13日放送の『アフター6ジャンクション』でも解説しています。ざっくりとした概要が知りたい方は『Session-22』を、より詳しい内容を知りたい方は『アトロク』の方を聴いていただけますと。『アトロク』に関しては楽曲も聴けるradikoタイムフリーでのリスニングを推奨します。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

2/11(月)

(11:13) The Way It Is / Bruce Hornsby & The Range
(11:29) Little Lies / Fleetwood Mac
(11:38) We’ll Be Together / Sting
(11:46) Sledgehammer / Peter Gabriel
(12:13) Out of Touch / Daryl Hall & John Oates
(12:23) Higher Love (Single Version) / Steve Winwood

2/12(火)

(11:05) It’s Too Late / Carole King
(11:24) Carey / Joni Mitchell
(11:35) Reason to Believe / Carpenters
(12:14) The Only Living Boy in New York / Simon & Garfunkel
(12:26) If Not for You / Bob Dylan
(12:49) Everyone / Van Morrison

2/13(水)

(11:04) Hazy Shade of Winter~冬の散歩道~ / The Bangles
(11:28) Change of Heart / Cyndi Lauper
(11:38) Would I Lie to You?~ビリーヴ・ミー~ / Eurythmics
(12:14) You Caught Me Out / Tracey Ullman
(12:24) Turn to You / Go-Go’s

2/14(木)

(11:03) 美空ひばり – L-O-V-E (1965)
(11:19) Blossom Dearie – Put On a Happy Face
(11:30) Nina Simone – This Year’s Kisses
(11:38) Shirley Horn – Yes, I Know When I’ve Had It
(12:14) Nancy Wilson – Wives and Lovers
(12:50) Joanie Sommers – A Wonderful Day Like Today

2/15(金)

(11:04) Everybody Dance / Chic
(11:22) Music’s Takin’ Over / The Jacksons
(11:33) Forever Came Today / Shalamar
(12:12) Smooth Talk / Evelyn Champagne King


宇多丸、『バーニング 劇場版』を語る!【映画評書き起こし 2019.2.15放送】

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宇多丸:

ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品『バーニング 劇場版』

(曲が流れる)

『シークレット・サンシャイン』や『ポエトリー アグネスの詩』などで世界から高い評価を集めるイ・チャンドン監督、約8年ぶりの新作。村上春樹の短編小説『納屋を焼く』を独自の解釈で映画化。小説家志望の青年ジョンスは幼馴染の女性ヘミと偶然再会。そして彼女が旅行先で知り合ったという謎めいた金持ちの男ペンを紹介される。ある日、ジョンスはベンから「時々、ビニールハウスを燃やしている」という秘密を打ち明けられる。

主演はジョンス役に、映画『ベテラン』の悪役でも――「KEN THE 390似だ」とか言って当時僕、すごく騒いでいましたけども(笑)――おなじみのユ・アインさん。そしてベン役にテレビドラマ『ウォーキング・デッド』シリーズのスティーブン・ユァン。ヘミ役に新人女優のチョン・ジョンソさん、ということでございます。

ということで、もうこの『バーニング 劇場版』を見たというリスナーのみなさま<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は……多い! やはり、まあ(宇多丸が前週インフルエンザで休んだので)2週間分ということもあると思いますけどね。あとはもちろんイ・チャンドンの久々の新作ですからね。ということで、駆けつけた方も多かったんじゃないでしょうか。

賛否の比率は「褒め」の意見が9割以上。主な褒める意見としては、「韓国の社会背景や様々なメタファーが折り重なり、全てを理解したわけではないが、とにかく面白かった」「映像も美しく、役者たちの演技もお見事」「村上春樹小説の映画化としてもよくできている」など。原作小説を読んだことがないという方も多かったそうです。一方、否定的な意見は「長くて退屈だった」「この監督の感性が合わない」。フフフ、まあ、これはしょうがない(笑)。じゃあ、しょうがないなっていう感じですけども。

 

■「イ・チャンドン監督は、この社会で生きること、人間のあり方を考えさせようとしたのではないでしょうか」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「おニャン子マスター」さん。非常にごっつりと書いていただきまして、ちょっと抜粋いたしますが。「私にとってイ・チャンドン監督は最も尊敬する監督なのですが、作品を構成する題材選びとその組み合わせ方がとにかく巧みで、その組み合わせの先には一貫して『人間の本質』を問い続けている内容にいつも感動させられています。特に最近はより洗練され、複雑化していて、前回の『ポエトリー』の少女の死について向き合わざるを得なくなった主人公に、『認知症』と『詩を習う・書く』という組み合わせを与えたのには、この監督は本当にヤバい人だなと脱帽させられました……」というようなことをいろいろと書いていただいている。

でも「解釈がいろいろとすぐにできるような感じではない」という。「今回の作品を見てですが、これまでの作品より複雑さは増して、その難解さに見終わった後すぐはただ呆然としてしまいました。あくまで私の解釈ですが、シンプルに物語を要約してしまえば、生きづらいこの現代社会で、孤独で、いわゆる持たざる者の主人公ジョンスが幼馴染のヘミと、全てを持つ者のような存在ベンと出会ってしまい、2人に翻弄されていく中で、やがて唯一の光だと思っていたものでさえも失ってしまい、最後の出来事に繋がっていく、というストーリー。

物語の中盤にあるヘミに起きたことのメタファーとも思えるベンのあの言葉が、ジョンスとともに見ている私たちの心をどうしても支配しますが、ジョンスが小説を書いてることと、ヘミが言った『ないことを忘ればいい』という言葉。これを見落としてはならないのではないでしょうか。ここから、ただ単に全てが起きてることではなく、虚構が入り混じっていたことがうかがえます。ただ私が思うに、監督はただこの二重構造を私たちに見せたかったわけではなく、物語の複雑さをこの現代社会の複雑さとも重ね合わせ、私たちの想像力をかき立て、この社会で生きること、人間のあり方を考えさせようとしたのではないでしょうか」とかね。ただ、「これも見終わって数日の感想で、まだまだ深まるかもしれない」というようなご意見でございました。

一方ダメだったという方。ラジオネーム「前田直紀」さん。「イ・チャンドン監督作品は今回の『バーニング 劇場版』が初めてですので監督の作家性などは全く知らない状態で感想を述べます。話の起伏がなく淡々と進んでいくので、ソウル在住の若者の生活を観察している感じでした。時間が長く感じ眠気を誘い、何が起こるのか予感すら感じさせられませんでした。結末がわかってから全編の全てを理解でき、点が低評価から50点に上がりました」。途中まで退屈に感じたけども、見終わってから「ああ、そういうことか」ということもわかった、ということでございます。

■20年でわずか6作。寡作な世界的名匠の8年ぶり最新作

さあ、ということでいってみましょう。『バーニング 劇場版』、私もTOHOシネマズシャンテで2回、見てまいりました。2回っていうか、実はその前にも今回、古川耕さんのインタビューの前にちょっとね、見る機会がございまして。イ・チャンドン監督インタビュー放送の前にも、何度か見ております。ということで、計何回だろう? 結構、かなりの数、見返していると思います。あと、NHK放映版という、後ほど言いますけども、それも見返しております。

ということで、ついにイ・チャンドンの最新作を扱う日がやってきてしまいました。とにかく寡作な方でございまして、映画監督デビューしてからの約20年間、今回の『バーニング』でまだ6作目。そしてそのどれもが……少なくとも2000年の2作目『ペパーミント・キャンディー』以降は間違いなく、全作、腹にドスン!とくる桁違いの傑作・名作ばかり。まさに世界的名匠という監督でございます。僕は2007年の『シークレット・サンシャイン』で初めて見ましたが。

2008年6月、まだ結構始めたばかりのシネマハスラー。このコーナーの前身ですね。シネマハスラー時代、サイコロが当たって。だから全く見る予定もなかったし、全く僕は知識もなかったんですけど、見て。しかも評の当日は、野球延長で10分だか5分だかぐらいしか話す時間がない、という中でやったんですけども。とにかくその『シークレット・サンシャイン』に、まずはブッ飛ばされて。その年の、つまりラジオで映画評を始めて最初の年のシネマランキング、1位。これは『シークレット・サンシャイン』だったわけですね。

で、その次の2010年『ポエトリー アグネスの詩』は、何週も候補に入れ続けていたんだけど、どうしてもその、当時サイコロだったんですけど、そのサイコロがなかなか当たらず、ということで取り上げていないんですけども。ということでございます。特に今回の『バーニング』はですね、前作の『ポエトリー アグネスの詩』と連続性が非常に高いというか。「何も書けなかった人が、ついに何かを書き出す話」。単純化すればね。もっと言えば、「何を表現していいかわからない、世界というものをどう捉えていいかわからなかった人が、ついに世界の真実の一端に触れ、自らの表現手段を獲得する話」

でもそれが、必ずしもポジティブなことだけではない、と言うかね。世界の真実の一端に触れることは、その辛さを知るということでもある。これも非常にイ・チャンドン的な……「知る」ということは「苦しい」ことでもあるという、イ・チャンドンの、本当にメインテーマのひとつではありますが。という点では、前作『ポエトリー』と非常に連続性が高い、ということは言えると思いますけどね。

 

■80年代村上春樹的な傍観者スタンスを、現代的に「アダプテーション」

とにかく、なんと前作から8年ぶりのイ・チャンドン新作。しかも、それがまさかの村上春樹原作、というね。元々NHKのですね、「アジアの映画監督が競作で村上春樹の短編の映像化に取り組む」プロジェクトというのがあって。イ・チャンドンにもそのオファーが来たということですね。ゆえに、後ほど触れますが、50分短い、日本語吹き替え版のテレビ放映バージョンというのが、昨年12月に日本でもやったりしていました。なので今回は『劇場版』というのがあえて付いているわけですけどね。ただ、イ・チャンドンは最初は、「自分には無理」っていう風に断った、ということらしいんですね。

なんだけど、彼の大学の教え子でもある若手脚本家のオ・ジョンミさんって方。女性なんですけども、そのオ・ジョンミさんが、「『納屋を焼く』という作品があるのでこれならどうか?」ということでイ・チャンドンさんに紹介した。で、イ・チャンドンさんもそこに独自性を盛り込む可能性を見出して、共同で脚本を練り上げていったのが今回の作品、っていうことなんですけども。1983年に発表された短編『納屋を焼く』。読まれてる方もいらっしゃると思います。僕も、高校時代とかに読んだのかな? 読んだきりだったんですけど、今回改めて読み直しましたが。村上春樹の小説の中でも屈指の、薄気味悪い話なんですね、これがね。

謎の金持ち青年が語る「納屋を焼く」という性癖が、そこはかとなくですね、「名もなき人々を消す」っていう、“神々の狂った遊び”というかですね、要するに、金持ち青年が名もなき人々を痕跡もなく殺して遊んでる、っていうメタファーにも読めなくもない……ぐらいの、非常にやんわりと匂わす程度の感じ。あえての曖昧な着地で、真相はよくわからないまま。村上春樹自身を思わせる小説の語り手自身も、要は知人の女性が、まさに青年に焼き尽くされた納屋のごとく、忽然とこの世から姿を消したということを、ただただ本当に他人事のように、冷めた目線で……つまり、いかにも80年代村上春樹的な、傍観者的なスタンスでぼんやりと思い返すばかり、というですね。

僕は、読後感的にははかなり酷薄な印象を残す一編だと思いましたね、この『納屋を焼く』というのは。今回読み直してもやっぱり、「この語り手はちょっとどうなんだ?」っていう風に思うような小説ではありました。で、それに対して今回、さっき言ったオ・ジョンミさんとイ・チャンドンによる今回の長編映画化は、その原作小説を大きくアレンジ……というよりも、現代的な視点から大胆に再解釈をしてみせた、というようなことだと思います。で、結果やはり堂々たるイ・チャンドン映画へと、見事にいわゆるアダプテーションをしてみせたという、そんな一作ではないかと思いますね。

 

■「持たざる者」として原作から設定変更された主人公イ・ジョンス

まあ、順を追って話していきたいと思います。まず冒頭から登場する主人公のイ・ジョンス。冒頭からタバコを吸っているわけです。タバコの煙が上がってるわけですから、まあ、何かしらが燃えている、というようなことが冒頭にも示されているわけですけども。主人公のイ・ジョンス。彼の年齢や立場が、原作小説では30代既婚の小説家、限りなく当時の村上春樹さん自身をちょっと想起させるような立場から、20代の、貧しい「小説家志望」の青年へと、設定変更されている。演じているのはユ・アインさん。

これまでの役柄のイメージとはまた全く異なる……なんというかな、“薄暗い受け身感”っていうのかな。あの半開きの口とね、ちょっとなんかぼんやりした目つきっていうのでね、自然に体現してて。とってもこのユ・アインさんがいいんですけども。とこかくこの主人公、劇中でもそれとなく示されていますように、現代韓国社会の不公平さのしわ寄せを、モロに食らったような若者、ということですね。

彼が帰る実家の農村、パジュ市っていうところは、北朝鮮との軍事境界線がほど近くて、ずっと北朝鮮のプロパガンダ放送が流れていたりとか、っていうところでもあり。そして、ちょっと荒廃した農村っていう感じもする、というようなところであり。しかもそこで彼は、暴力性を抱えた父親の残したものたちと共に、非常にひなびた暮らしを送っている。そういう風に暮らすことになるわけですけども。

で、この主人公像はですね、村上春樹の原作の『納屋を焼く』の主人公像よりもですね、むしろその『納屋を焼く』というタイトルの元ネタである、ウィリアム・フォークナーのですね……日本の訳し方だと『納屋は燃える(Barn Burning)』っていうこの小説。その貧しく土着的な世界観というのにずっと近いキャラクターに、今回なってるわけです。あまつさえ今回の劇中でも、主人公イ・ジョンスはですね、「フォークナーを読んでいると自分の話だと思える」なんてことを言う。村上春樹の原作小説でもフォークナーの短編集を読んでるっていうくだりは出ますけど、より踏み込んだフォークナーとの共鳴、っていうものを口にしてみせるわけですね。そんな感じ。

ともあれそんな──要するに先ほどのメールにもあった通り──「持たざる者」として再設定された主人公イ・ジョンス。で、彼が「小説家志望」と言いながら、一向に小説を書いてる様子がない。後半では「世界のことがよくわからなくて、何を書くべきかわからない」とまで告白している。ここも非常に大きなポイントだと思います。ちなみにこの部分、NHKで放映された50分の短縮版ではですね、なんと劇場版に入ってない描写が、テレビ版では足されている。「パソコンに向かうが何も書き出せない」という、劇場版からはカットされた描写が、このNHK版にはあるんですね。この違いの意味するところは何か、ということについては後ほど、話したいと思いますが。

 

■序盤から周到に、ひっそりと張られた伏線

とにかくそんな彼がですね、街中でふと、幼馴染……だと言っている、セクシーな美女ヘミさんと出会うわけですね。これを演じる新人のチョン・ジョンソさん。非常に色っぽいし、なんていうか、しなやかな自由さと儚さ、危うさみたいなのをたたえた、表情とか、あと目線の使い方も非常に上手いですし。あと、彼女の身のこなしの美しさですね。全てが本当に素晴らしいんですけども。ちなみに、彼女が最初に働いている……なに? セール会場? なんなの、あれ?(笑) あれ、ちょっと韓国にしかない風俗で、ちょっとよくわかんないんですけど。女の人が踊っていて。あれのなんか安っぽさのいかにも感とかも、ちょっと笑っちゃうんだけど。

ただし、いかにもこう何気ない感じで、どうってことない感じで始まるんですけど、無造作に始まるんですけど、ここでのやり取りがすでに、終盤の重大な伏線になってますよね。これ、イ・チャンドンは油断しちゃいけない、っていうあたりですね。はっきり言って序盤、伏線張られまくりですからね。で、そこから彼女が語る……たとえば、酒を飲みながらパントマイム論を語りますね。「そこに何かが“ない”ということを忘れればいい。それがパントマイムのコツだ」なんていうことを言う。これ、原作にも出てくる重要なキーワードですけども。

それに加えて、イ・チャンドン版にはこんな描写もあったりする。彼女の部屋の中に……「日が当たらない部屋だ」って言ってるんですけども、「1日のうち一瞬だけ、あそこの展望タワーから反射した光が、一瞬だけ差し込むの。一瞬だけだけどね」っていう。そしてまあ、セックスしながら主人公は、その差し込む光……彼女の顔というよりは、差し込む光の方を見ている、という場面。これ、イ・チャンドンの過去作を見ている方だったら、『オアシス』の壁に映じる光と影の感じであるとか、あるいは『シークレット・サンシャイン』のラストカットなどを連想される方も多いと思いますが。

とにかくその、あまりにも儚い、なんというか、希望の予感、の名残り……の・ようなものが、でも、みるみるうちに消えていってしまうという、その哀しさ、不吉さみたいな感じ。その部屋でですね、いるはずなのに姿を見せない猫。しかも、この猫の名前が終盤、再び口に出されたあの瞬間の、息を飲むようなスリリングさ。「ボイル。ボイル……」。その時の、「うわっ!」って息を飲むスリリングさときたら、という感じですけども。

とにかくこの序盤、主人公のイ・ジョンスとヘミとのやり取りの中にすでに、こういうことですね。メインテーマ、「目には見えないが、たしかに存在する……ように感じられるもの」、その輪郭を、手探りで探りあてていくかのような、この不思議な寓話のコアに迫るヒントが、この序盤の時点で、映画の隅々にまで配置されている。もう本当に、油断をしないで見ていただきたい。で、観客はその「ああ、実は序盤からもうその話をしてたんだ!」っていうことに、後から気づくことになる、ということなんですけどね。

 

■“持たざる者”ジョンスの切なさ

で、そこに……まあ、この2人だけだったらね、まあまあお似合いのカップルというか……お似合いなのか?(笑) わかんないけど。まあ、若い貧しいカップルが都会の片隅で身を寄せ合って、という小さな恋の物語、っていう感じなんだけど。そこに、謎のリッチな青年ベンが登場することで、物語は一気に不穏な、三角関係の緊張感を漂わせ始めるわけですね。

このベンを演じているのが、スティーブン・ユァンさん。『ウォーキング・デッド』の、グレンっていう非常にナイスガイね……なんですけども、最終的にジェフリー・ディーン・モーガン演じるニーガンにね、ひどい目にあわされてしまうあのグレン。で、非常にナイスガイ役で売り出した人なんだけど、今回は打って変わって、一見ナイスガイなんだけど、目が全く笑っていない!という見事な演技でしたけども。

これ、イ・チャンドンのインタビューによると、やっぱり彼、スティーブン・ユァンさんはアメリカで生まれ育ってますから、韓国語が本来堪能ではない。要するにネイティブではない。で、非常に訓練して見事な韓国語をしゃべるんだけど、ちょっとだけ残る不自然さがある。これがこのベン役のミステリアスさに合っている、ということなんですよね。これは僕、そこまで韓国語のイントネーションとかわからないんで、言われてみると「ああ、そうなんだ」っていう感じなんですけども。

とにかくこのベンさん、人当たりはいいが、やはりどこか胡散臭いというね。たとえば、最初に行くホルモン鍋屋での、「泣いたことない」発言。しかも、これが面白いんですよね。「涙っていう証拠がないから、自分が悲しいという感情を抱いているかどうか分からない」。つまり、さっきから言っていることの逆なわけですね。「目に見えないけど、たしかにそこに存在するもの」っていうのを信じようとしてるヘミとか小説家志望のジョンスに対して、たぶん彼は目に見えるもの、実利しか信じていない、っていう感じがこの発言からする。

さらにそこに、後輩らしき人物が「やあ!」って。「空港からね、ゆっくりついてくるのが一苦労でしたよ、ハッハッ!」とかなんとか言ってやってくる。ポルシェでわざわざつけてこさせて、ジョンスのボロトラックに追いつかせて……ちなみにジョンスのボロトラックっていうのは、席の後ろになんか、変なボツボツ(状のシートカバー)がついていて(笑)──ああいう生活感の出し方、本当にイ・チャンドンは上手いですけども。とにかくなんか信用ならない。なんか変な人だなっていう感じがする。

一方でジョンスはですね、「あっ、この人なに、ポルシェなの?」って、そのポルシェを前に気後れして、ちょっと卑屈な笑みを浮かべながら、本当は好きなヘミに、「あ、うん。送ってもらいなよ」って言っちゃう。あそこでですね、ヘミは、アップとかにはならないんですけども、何度も何度もジョンスの方を振り返るんですよ。「これでいいの? これでいいの?」っていう感じで振り返る。あそこも本当に切ないんですけどね。

まあ、かようにですね、後に姿を消すことになるこの女性キャラクターへの思いっていうのが、はっきりと打ち出されているあたりが、原作との非常に大きな違いですよね。で、このあたりまではまだ、持たざる若者の青春物語、といった塩梅なんですけども。中盤、そのジョンスの実家の庭先で、マイルス・デイヴィス『死刑台のエレベーター』に合わせて、上半身裸になったそのヘミがですね、マジックアワーの夕闇と……それこそやはり曖昧な、光と影のあわいの中で、“グレートハンガー”、つまり「人生の意味を探す者」のごとく踊る、という本作屈指の名シーン。

 

■終盤、ついにジョンスが書きだした「何か」とは?

その直後にですね……まあこの、長回しの名シーンの直後。ベンがですね、ビニールハウスを──今回はビニールハウスという風に置き換えられている、そのビニールハウスを燃やす、という不気味な性癖を語りだし、それとシンクロするかのように、ヘミが忽然と姿を消してしまう、というね。ヘミとの別れがあんな風だっただけに、これがまた切ないわけですけども。とにかくそれ以降、物語は急速に、はっきりとノワールになっていきます。ノワール的な色合いを深めていく。特に今回の『劇場版』では、原作小説よりもずっとはっきり、その謎の金持ち青年ベンのビニールハウスを焼くという趣味、っていうのがつまり、名もなき人を消す行為……つまり殺人のメタファーなのではないか、ということを非常に明確に暗示している、っていう感じですね。

明らかにベンはちょっと……実際にスティーブン・ユァンさんも、ニーチェとかを今回の役のために読み込んで。「ニーチェの超人思想とかにきっとかぶれているやつに違いない」みたいなことを(インタビューで)言っていますけども。たとえば、失踪直前にかかってきたヘミからの電話。明らかに何らかの事件性を感じさせる音がする。これも原作には全くないアレンジですし。ベンの行動も、全てが怪しい!という方向に、演出、描写の全てが「誘導」してくるわけですね。たとえばこれは『劇場版』のみの描写ですけども、なぜかあの田舎の、ダムの前に佇むベン。そこにですね、また演出で意地悪にも、ハエの羽音を小さく重ねるんですね。「プーン……」って。つまり、死の匂いをさせている。

この手前の車での尾行シーンとかですね、これは『シークレット・サンシャイン』の身代金を持っていくシーンとかでも思ったんですけど、イ・チャンドンは車を使った……というか車内視点からのサスペンス演出が、めちゃくちゃ上手いです。手練れですね(※宇多丸補足:念のため付け加えておくなら、この一連の尾行シークエンス、スポーツジムでのベンの表情などに露骨に暗示されてますけど、ベン側もジョンスにつけられていることを半ば承知のうえで行動しているようでもあるあたりがまた、さらに不気味さを増していますよね。)あるいはそのベンの、二度ある「あくびをしてからの、愛想笑い」。あれのやっぱり酷薄な感じであるとかですね。そして最も決定的なのは、これも『劇場版』のみの描写ですけども、序盤と中盤にさりげなく登場したあるアイテムと、やはり猫。これが決定的に……要するに映画演出的には非常に周到に、「ああ、ベン。これは絶対にクロでしょ?」っていう風に印象づけられるように、方向づけられている。

ところが、ここがすごいところなんですけども、客観的には全てがぼんやりとした、状況証拠以下のものでしかないんですよ、全て。(どれだけベンが怪しく見えても、ジョンスには)なにかができるわけじゃない、というバランスになっている。そこで主人公のジョンスが取る行動は……っていうところで、ついに彼は、自ら、何かを書き始める。小説なのかはわかりませんけども、「何か」を書き始める。「目には見えないがたしかに存在する/した何か」。たしかにいたはずのヘミ……その輪郭を、手探りでたしかめるかのように、何かを書き始める。そして、短縮版、NHK放映版はここで終わっているわけです。さっき言ったように、ジョンスがついに自分の物語を書くことに到達するという、そのプロセスの方をNHK放映版は強調しているわけです。

対して今回の『劇場版』は、そこをあえて、さらに曖昧にしてるわけですね。「最初は書けなかった人が、書けるまでの話ですよ」っていうのを、あえてちょっと分かりづらくしてる。つまり、ジョンスが何かを猛然と書き始めた。その後に続くシーンの解釈を、よりオープンなものにしてるっていうことですね。で、ここからが──あくまでも僕の解釈です。ジョンスが、ヘミの部屋でパソコンに向かって、何かを書いている。カメラがグーッと引いていきますね。外側から見て。そして街の遠景を映し出します。つまり、「ここに無数の物語が眠っているんだよ」というように、街の遠景を映しだします。

 

■余韻が永遠に持続する、いくつもの解釈可能なラスト。やはり、段違い!

ここから突然、ベンの視点に、いきなり劇場版ではスライドしますね。音楽のトーンもここから変わります。つまり僕は、これはやはり明らかに、「ここから先は主人公のジョンスが書いているものですよ」っていう演出に、はっきり見えると思います。僕の解釈ですよ? ベンが洗面所の中にしまっているあの化粧箱。あれっていうのは、父親がコレクションしていた金庫の中のナイフと対になっていますね。つまり、持たざる者ジョンスにとっては、妬みの、怒りの対象でもある。ベンがね。しかし同時に、このエンディングのエピソードの中でベンは、「あれ? ヘミは来てないの?」なんてことを口走ってもいて。要は殺人疑惑に関しては、明らかに彼は無実なわけですよ。このエンディングのエピソードの中では。

つまりジョンス自身が、この怒りとか妬みとかっていうのは、八つ当たりでしかないことが分かってる。つまり「敵の見えない時代」っていうのを表現してる。そして、父親のため込んできた怒り、前の世代がため込んできた怒りとか暴力性を、結局自分も引き継いでしまっているのではないか?っていうことも自覚している、っていう描写とも言える。だからこそ、その全てを振り払うかのように、全部燃やしてしまおうとするんだけど、そもそも何かを燃やそうとする行為そのものが、ベン的であり、父親的であり……やはり、何かから逃れられたわけではないように見える。

しかし、以上を客観的に書くことができた、ということこそが、ジョンスの救いであり、成長だったのか……? という。これが僕のラストの解釈、という感じですね。もちろん監督自身、(ラストの)解釈というのはそれぞれに、とおっしゃっています。とにかくひとつ言えるのは、ミステリーというよりはノワール。つまり解決しない、わからないまま全てが終わる。気味悪さ、余韻が永遠に持続する作りでもある。あえて言えば、原作小説の読後感のその先を描いた……あるいは『納屋を焼く』という村上春樹の1983年の原作小説を、『アンダーグラウンド』以降の村上春樹的な、“踏み込むスタンス”で再解釈してみせた、とも言える。

あるいは、フォークナーの『納屋は燃える』までいったん遡った上で、現代韓国社会とのシンクロをもう1回見出してみせた、見事なアダプテーションとも言える。とにかく、複数の複雑な読みを可能にするイ・チャンドン。結論はやはり、段違いだと思います。ぜひぜひこの、いまにふさわしい大傑作を、劇場で目撃してください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ファースト・マン』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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「冬を彩るメルヘンチックなワルツソング特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「冬を彩るメルヘンチックなワルツソング特集」

冬を彩るメルヘンチックなワルツソング特集http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190222124105

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

高橋芳朗:本日のテーマはこちら! 「毎年恒例! 冬を彩るメルヘンチックなワルツソング特集」。毎年寒い季節に企画しているワルツのリズムを使ったポップスの特集。すでに3月を目前に控えていますが、今年も滑り込みでやってみましょう。

今回もとびきり優雅なワルツリズムの曲を4曲選んでみました。ワルツのリズムの曲は基本的に幻想的なものが多いんですけど、今日紹介する4曲はよりメルヘンチックなセレクションになっています。ここ10年ぐらいのインディーロック作品から4曲選んでみました。

1曲目は、ボン・イヴェールの「Michicant」。2011年の作品です。ボン・イヴェールはウィスコンシン州出身のシンガーソングライター、ジャスティン・ヴァーノンのソロプロジェクトになります。2012年のグラミー賞で最優秀新人賞を受賞した、ここ10年のポップミュージックでも非常に強い影響力をもったアーティストですね。この「Michicant」は個人的には完璧なウインターワルツ、冬に聴きたいワルツソング心の第一位です。この曲を聴きながら目を閉じれば、きっと頭の中に銀世界が広がるはず!

M1 Michicant / Bon Iver

高橋芳朗:2曲目は、ジョアンナ・ニューサムの「Sprout and the Bean」。2004年の作品です。ジョアンナ・ニューサムはカリフォルニア出身の女性シンガーソングライターであり、ハープ奏者でもあります。

今回の特集はメルヘンチックなワルツソングを謳っていますが、そのイメージにジャストなのがこの曲になるかなと。ちょっと浮世離れした、神秘的な歌と演奏が楽しめます。

M2 Sprout and The Bean / Joanna Newsom

高橋芳朗:3曲目は、フィオナ・アップルの「Waltz (Better Than Fine)」。2005年の作品です。フィオナ・アップルはニューヨーク出身の女性シンガーソングライター。1996年のデビューアルバム『Tidal』がいきなり全米で300万枚のセールスを記録する大ヒットになりました。90年代を代表する女性シンガーソングライターといえるでしょうね。先ほどのジョアンナ・ニューサムを妖精とするならば、このフィオナ・アップルはさしずめ王女や魔女といったところ。圧倒的な威厳と気品を感じさせるワルツソングです。

M3 Waltz (Better Than Fine) / Fiona Apple

Extraordinary Machine
高橋芳朗:最後はフリート・フォクシーズの「Lorelai」。2011年の作品です。フリート・フォクシーズはシアトル出身のフォークロックバンド。バンジョーやマンドリンなどを取り入れた牧歌的なサウンドと古いフォークソングにインスパイアされた素朴なメロディを魅力としています。

この曲はドイツのライン川のローレライを題材にしているわけですが、まさにローレライの伝説のごとく、あまりの曲の美しさに心奪われて歩きながら聴くと電柱に激突しかねないのでどうぞご注意を!

M4 Lorelai / Fleet Foxes

Helplessness Blues
高橋芳朗:以上4曲、残り少ない冬を素敵なワルツソングと共に過ごしてみてはいかがでしょうか? ではまた来年に!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

2/18(月)

(11:05) We Gotta Get You a Woman / Todd Rundgren
(11:23) Back On My Feet / Al Kooper
(11:34) We Were Always Sweethearts / Boz Scaggs
(12:14) Somebody Like Me / Bobbie Gentry
(12:23) Glory Glory / The Rascals
(12:50) Lowdown / Chicago

2/19(火)

(11:04) When Love Breaks Down / Prefab Sprout
(11:26) Lucky /The Style Council
(11:36) Don’t Be Scared of Me / The Blow Monkeys
(12:16) Safe As Houses / China Crisis
(12:26) Ragman / Deacon Blue
(12:51) これは恋ではない / PIZZICATO FIVE

2/20(水)

(11:05) Young Americans / David Bowie
(11:23) New York City〜ニューヨークの貴婦人〜 / T. Rex
(11:35) Houses of the Holy〜聖なる館〜 / Led Zeppelin
(12:12) This Song / George Harrison
(12:24) Do You Want to Dance?〜踊ろよベイビー〜 / John Lennon

2/21(木)

(11:03) Rescue Me / Fontella Bass
(11:20) I Do / The Marvelows
(11:32) The Clapping Song / Shirley Ellis
(11:38) Papa’s Got a Brand New Bag / James Brown & The Famous Flames
(12:16) Shotgun / Jr. Walker & The All Stars

2/22(金)

(11:03) I Got My Mind Made Up (You Can Get it Girl) / Instant Funk
(11:21) So Strange / Phyllis Hyman
(11:32) Feed the Flame / Lorraine Johnson
(11:45) No Goodbyes / Curtis Mayfield
(12:14) What You Gave Me / Diana Ross

宇多丸、『ファースト・マン』を語る!【映画評書き起こし 2019.2.22放送】

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宇多丸:

さあここからは、いま山本(匠晃)さんから1人、宇宙にポツンと取り残されて……コクピットに取り残された状態でお送りたいと思います(笑)。

私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこちらの作品です。『ファースト・マン』。『ラ・ラ・ランド』の監督デイミアン・チャゼルと主演のライアン・ゴズリングが再びコンビを組み、人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の船長ニール・アームストロングの戦いと葛藤を描く。

ニール・アームストロングを演じるのはライアン・ゴズリング。アームストロングを支える妻を『蜘蛛の巣を払う女』……とか、テレビシリーズの『ザ・クラウン』で非常に高く評価されたクレア・フォイが演じている。第90回アカデミー賞では4部門にノミネートされている、ということでございます。

ということで、この『ファースト・マン』をもう見たよというリスナーのみなさま、通称<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多め! まあまず、やっぱりデイミアン・チャゼルの最新作という件。そしてやっぱり月面着陸というビッグな話でもありますし。メールの量は多めでございます。賛否の比率は賛(褒め)が8。その他が2。

主な褒める意見としては、「デイミアン・チャゼル監督ベスト。さらに今年ベスト級」「月面着陸という、常人には共感しづらい題材ながら、家族や仲間との別れ、仕事や任務への葛藤など普遍的なテーマを盛り込み、誰でも共感しうるドラマに仕上がっている」「音を使った緩急が見事」とかがありました。

あとは否定的な意見としては「物語と上映時間のバランスが悪い」。結構長いんですね。2時間21分ありますね。「デイミアン・チャゼルのこだわりの強さについていけなかった」。まあね。クセは強いですね。相変わらずね。「月面着陸という人類の偉業を1人の宇宙飛行士の目線でしか描かないのはフェアではないのでは?」といったようなご意見がありました。

 

■「“月面に立つ”という神話的な出来事を、ひとりの人間の話として描いた」(byリスナー)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「アイス」さん。すごくいっぱい書いてきていただいるので、ちょっと抜粋になりますが。「『ファースト・マン』、エキスポのデカいIMAXで鑑賞してきました」。あ、あれか。レーザーIMAXか。大阪のあそこ。いいな、いいなー! 「結論から言うと、これが2019年の個人的ベスト映画になるかも、というぐらい最高でした。デイミアン・チャゼル監督は音で観客を楽しませるのが非常に上手い監督だなと改めて思い知らされました。

過去作のように音楽を取り扱った作品ではないですが、宇宙や月面での無音状態や、宇宙船に乗った時の船のきしむ音、体感型映画と言われてる所以はこの音の演出が素晴らしいから。それ以上に、この映画の素晴らしいところは人類が初めて月面に立つという神話的な出来事を、あえて1人の人間の話として描いたところです。喪失や失敗、犠牲の上に成り立つ偉業を描く。なるほど、チャゼルらしいです。

娘を失い、月を見上げ、家族には自分の気持ちの全てを打ち明けないまま、娘を求めて死の世界へ。これらの喪失があったからこそ、アームストロングは月へ行けたとか言いたそうな作風、チャゼルらしいです」というようなね。「いろいろあるんですけど、とにかく映像すげえ、音すげえ、アンド、テンション上がる。『ファースト・マン』、最高!」というね、アイスさんのご意見でございました。

一方、ダメだったなという方。「タイガーマス子」さん。「同日に公開した『アクアマン』と『ファースト・マン』の“マン対決”。個人的には『アクアマン』の勝利でした」。フフフ、バカな対決だな! 「『ファースト・マン』は一言、つまらんでした。『ファースト・マン』は監督のこだわりが強すぎて観客置いてけぼり的な作品だと思いました。これは前作『ラ・ラ・ランド』でも感じました。

今回の作品はライアン・ゴズリングの演技のおかげでなんとか中盤までは見れましたが、月面着陸のシーンあたりでは強烈な睡魔に襲われて肝心なシーンが薄くなってしまいました。大作扱いでこれはダメ! 一緒に見に行った旦那と一致した意見は、デイミアン・チャゼルはそもそも大作映画よりも小さい作品の方が資質的に合っているのではないか、ということでした。撮り方にこだわりがありすぎて観客を退屈させたら元も子もないでしょう、チャゼル!」という厳しいご意見でございました。

まあ、だから『ファースト・マン』は「大きい映画」なのか?っていうことなんですよね。結局ね。そういうこともありますけどね。

 

■チャゼル監督の作風と「ニール・アームストロングの伝記」。すげえ合ってる!

はい。ということで私も『ファースト・マン』、公開週にTOHOシネマズ六本木。そして昨日、TOHOシネマズ日比谷で2回、見てまいりました。どちらもたぶんね、それこそ『アクアマン』とかやってるからだと思うんですけど、ちょっと小さめのスクリーンでの上映でしたけど、わりとどちらも入っておりました。

ということで、デイミアン・チャゼル4本目の監督作でございます。2作目の出世作『セッション』、2014年作品ですが、こちらは私、2015年4月25日に評論いたしました。そして3作目、こちらも大いに評価されました『ラ・ラ・ランド』は、2017年3月11日。それぞれ土曜日の『ウィークエンド・シャッフル』時代に私、評しました。後者の『ラ・ラ・ランド』の方は、みやーんさんによる公式書き起こしがいまも読めますので、興味がある方はぜひこちらもご参照いただきたいですが。

とにかくその『ラ・ラ・ランド』評の中で、これは当時のリスナーの方のメールでも指摘があったことなんですけど、デイミアン・チャゼル作品の強烈なクセ、少なくとも『セッション』と『ラ・ラ・ランド』に共通する強烈なクセとして、僕はこんなことを言いましたね。「最終的に周囲の世界が消失して、主人公たちだけの世界に入っていく」。その分、それ以外のキャラクターは、ほとんど書き割り的と言っていいくらい、主人公たちの「背景」としてしか描かれなかったりする、なんてことを言ったわけです。

その意味で、デイミアン・チャゼルが、アポロ11号の月面着陸という一大イベントを描く……というよりは、やはりその、月面に立った最初の人間であるニール・アームストロングの伝記を映画化する、というのは、さもありなんと言うか。僕、その話を聞いた時点で、「ああ、題材としてそれ、デイミアン・チャゼルはすげえ合っているな」っていう風にすでに思った、という感じです。

というのも、まずこのニール・アームストロングさんという方は、非常にこう控えめというか、ストイックな方で。あんまり社交的とは言い難い方として知られていて。取材とかそういうことを、あまり喜んで受けるタイプじゃない。

本作の原作となる、日本では河出文庫から出てる『ファースト・マン:初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生』っていうこの伝記小説。これを書いたジェームズ・R・ハンセンさんも、もう何度もお願いしてようやく、という感じで了解をもらったということらしい。で、2005年の出版の前の時点、2003年の時点で、クリント・イーストウッドが映画化権をもう取ったりしてたんですけど。まあいろいろあったんでしょう。イーストウッドだったらまたね、ちょっと温度感が違うっていうか……でもたぶん、やっぱり『アメリカン・スナイパー』みたいな、ちょっと温度の低い作品だっていうことは変わりないんじゃないかな。ニール・アームストロングなら。

 

■実録物の名手、脚本家ジョシュ・シンガーの貢献も大きい

まあとにかくいろいろとあって、2011年にユニバーサルが映画化権を獲得。もともとワーナーだったのをユニバーサルが映画化権を獲得して、2014年に『セッション』を完成させたばかりのデイミアン・チャゼルに監督オファーが行った。で、デイミアン・チャゼル自身も最初は、「宇宙とかにそんな強い思い入れとかないからな」なんて言ってたんですけど、原作を読んで気が変わった。おそらくは、まさにさっき言ったような、「主人公たちだけの世界に入ってゆく」、自分の映画らしいビジョンっていうのを、やっぱりこの原作の中に掴んだんじゃないかと思いますね。

で、まあ『ラ・ラ・ランド』の制作をしながら、脚本のジョシュ・シンガーとずっと中身を練り上げていった、ということらしいんですけど。ということで今回の『ファースト・マン』はですね、実はデイミアン・チャゼル作品にとってはちょっとエポックと言うか、ちょっとまたフェイズが変わった作品でございまして。要は、初めて他の人の脚本で映画を作っているわけです。で、その脚本を手がけたジョシュ・シンガーさん。この方が果たした役割というのがものすごくでかい作品なんですね。この方、ジョシュ・シンガーさん。テレビシリーズの『ザ・ホワイトハウス』とかですね、あと映画だと、ウィキリークスの創設者のジュリアン・アサンジを描いた『フィフス・エステート/世界から狙われた男』っていう2013年の作品とか。

あと、アカデミー賞も獲りましたね……脚本でも獲りましたし、作品賞も獲りました、『スポットライト 世紀のスクープ』、2015年の作品とか。あと日本では去年公開されました『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』、スピルバーグの。これ、素晴らしかったな! とか、まあそのフィルモグラフィーを見れば一目瞭然。丹念に資料を調べまくって、そういう情報を劇映画に落とし込む、というね。非常に調査を綿密にするタイプの、実録物の名手ということですね。これ、ジョシュ・シンガーさんね。

ということで、今回の『ファースト・マン』も、あくまでニール・アームストロング個人の視点から、徹底して彼の主観に寄り添って月面着陸までを見つめてゆく、という、まさに「主人公だけの世界に没入してゆく」、デイミアン・チャゼル的な語り口っていうのをベースにしながらも……そこにやっぱり、調査に基づく非常に細かいディテールとか、あるいは社会背景などの広がりや厚みを加えたっていうのは、これはやはり、明らかに脚本ジョシュ・シンガーの貢献部分じゃないかと思いますね。いままでのデイミアン・チャゼルにはなかった部分という。

 

■主観ショットの多用で生々しいまでに主人公に寄り添う

その意味で今回の『ファースト・マン』、十全に理解して楽しむための、最良のサブテキストがあるんですね、実は。日本ではDU BOOKSから出てる『ファースト・マン オフィシャルメイキングブック』という本がありまして。これがですね、メイキングブック本多しといえど、本当に今回のこれは素晴らしくて。ジョシュ・シンガーさんとその原作を書いたジェームズ・R・ハンセンさんの対談形式で、脚本の最終稿と実際に映画になったバージョンの違い、あるいは、史実と映画で描かれてることの違い……で、なぜその違いを出したのかとかについて、全シーン詳細に、この2人が語り尽くしてるんですね。

ぶっちゃけこれ1冊に勝る解説はなかろうという、究極の1冊がもうすでに出ちゃっているんで。充実の内容。ぜひ『ファースト・マン』、ご覧になった方はこちらも副読本として見るとですね、もう完璧な理解が進むこと間違いなし、という1冊でございます。僕もこれを読んで初めて分かったことが本当に多かったんですけど。ということで、ちょっと順を追って行きますね。

たとえば、冒頭のつかみとなるシークエンス。1961年に、ニール・アームストロングがX-15という機体をテストパイロットとして操縦している。で、大気圏の外側を一瞬垣間見た、っていう。一瞬その、地球の重力的なところを離れた……っていうのを垣間見た後に、危機的的状況に陥るというくだり。もうここにすでに、この全編のタッチと語り口が出ていますね。とにかくひたすら彼の主観に寄り添う語り口。コクピット内部、もしくは機体に密着した位置からしか、カメラを置かない、撮らない、見せない。つまり、彼が乗ってる機体が、いま客観的にどうなってるかという外側から見た客観ショットみたいなのは、排してるわけですよね。

このX-15も、飛んでるところのショットとかはないわけです。着陸した後に離れたところ(のショット)はありますけど、飛んでる時(のショット)はないわけです。寄ったショットしかない。で、とにかくひたすら、彼がコクピットで感じたであろう揺れとか、あとは機体の、いかにも心もとないきしみ。ギシギシギシギシ……って。要するに、軽くするためですから、機体なんて薄いですし。そこにビスが止まっているんですけど、これがまたいかにも心もとない。映画のジャンルで言うと、潜水艦映画にちょっと近い。潜水艦映画の閉所恐怖症感にも通じる……潜水艦映画で、水圧でボルトがバーン!って飛んできたりする、ああいうような「うわっ、怖い!(ギシギシギシ……)」っていう、あのきしみ感。

で、そこから生じる不安や恐怖を、観客に一種ドキュメンタリー的な感じ、ドキュメンタリックな生々しさで、ダイレクトに体感させるつくりという。で、この客観ショットをできるだけ排して、主人公の主観にひたすら寄り添うという撮り方、見せ方、語り口って、最近特に多いというか、ちょっと軽いトレンドですらあるな、という風に思います。それこそね、1月8日に評したばかり、『アリー/スター誕生』がまさにそのスタイルでしたし。その前の週に評した『暁に祈れ』。これも完全にこのスタイルでしたし。

あと、バリー・ジェンキンスの『ムーンライト』も結構そのタッチかな、という風に思いますし。ちょっと前だけど、2016年3月6日に評した『サウルの息子』とか、これも完全にこのタッチでした。まあ『ビール・ストリートの恋人たち』も、主人公の見た目の主観っていうところで描いているのはやっぱりそうかな。バリー・ジェンキンス。ということで、まあちょっと流行りのタッチってはあるかなという風に思うんですけど。でも、デイミアン・チャゼルはその潮流のひとつの中心にはいるでしょうからね。

 

■これまでほとんど語られてこなかったニール・アームストロングの娘の死

ともあれこの生々しい、ドキュメンタリックな主観寄りショットというのを実現するために、『ラ・ラ・ランド』に引き続きの投入、カメラマンのリヌス・サンドグレンさんという方は、普通のドラマシーンは35ミリで撮影して、コクピットの内部は16ミリフィルムで撮影……だから当時の記録映像とかにも近いタッチになっている。そして、窓の外の画は、普通これ、CGで作りそうなところを、今回は、巨大なLEDスクリーンに映し出した資料映像だったりする。つまりこれ、映画で昔からある手法の「リアプロジェクション」の、最先端版っていう感じだと思いますけど。そんな感じで工夫を凝らされたようで。

まあ実際、全体で計3つあるこのコクピットでの見せ場……これが3つ、配されているわけです。冒頭のX-15と、ジェミニ8号と、アポロ11号。この3つのどれも、本当に見ていて具合が悪くなるような生々しさ、迫力に満ちている、という感じだと思いますね。ちなみに、本作においてですね、そのニール・アームストロングの知られざる内面っていうのをもっとも象徴する出来事、全編にその影を投げかけている出来事として、娘さんのカレンさんが実は亡くなっていた、ということがあるわけですね。

これ、劇中で語られている通り、実はニール・アームストロングさん、このことについてほとんど語ったことがない、っていうことらしいんですね。で、伝記を書くので調べて、「ああ、そういえば娘さんをこの頃に亡くされている」と。しかもこれ、冒頭のX-15飛行任務の前に実は、娘さんはもう亡くなっちゃっていたんだそうです。実際の史実で言うと。で、劇中で話される三度の飛行ミスは、まさにその娘の死が及ぼした影響と思われる。その娘の死の後に、その三回の飛行ミスというのをやらかしてる。と、いうようなことがあったらしいんですけども。それも全部、このメイキングブックに書いてありますけどね。

あと、ここのところ、X-15というロケットエンジンで飛ぶ飛行機が着陸した後にですね、一瞬だけ、伝説的パイロット、チャック・イェーガーというのが登場するわけです。これ、チャック・イェーガーといえば、もちろん宇宙開発史に詳しい方はもう伝説のパイロットとしてご存知でしょうし、映画ファンであれば当然……1983年、マーキュリー計画を描いた『ライトスタッフ』で、サム・シェパードが演じていました。「うわ、『ライトスタッフ』がここでつながった! ああ、『ライトスタッフ』の直後から始まる話だ!」みたいな感じがすると思うんですけど。アガってしまうあたりだと思います。実際にチャック・イェーガーは、ニール・アームストロングには非常に辛辣な批判者の1人だったそうですね。

 

■史実をベースとしながらも、サスペンスを盛り上げる演出の丁寧な積み重ねも

まあ、ともあれこんな風に、コクピットのニール・アームストロングの視点から、危機的な状況をいかに乗り切ったか、っていうのが、さっき言ったX-15の飛行テスト、ド頭のシーン。そして中盤の大見せ場であるジェミニ8号のシーン。そしてもちろん、クライマックスはアポロ11号。この3つの見せ場で用意されている。で、ジョシュ・シンガーの脚本、デイミアン・チャゼルの演出ともに、非常に感心させられるのは、概ね史実をベースとしながらも、そのいま言った大きく言って3つの見せ場に向けた前振りが、非常に良くできているところ。

たとえば、ニールたちが陥る状況がいかに危険なのか、ということですね。さっきから言っているように、そのシーン自体では主観寄り視点を徹底させるために、客観的な……要するに説明的なショットを入れられないわけですね。実際にいま、機体がどういう状態なのか?っていうのを、引いた画では見せない、というルールでやっている分、事前の訓練シーンで、観客にも一度分かりやすく「いまがどういう状態なのか」というのを理解させるくだりを、かならず入れてるんですよ。これ、すごく上手いあたり。

たとえば中盤、ジェミニ8号。これね、ジェミニ8号、最初は順調ですよ。あのドッキングするところまでは順調。ドッキングシーンで「ああ、これは順調だ」ってなったところで、たぶんあれ、『2001年宇宙の旅』のオマージュでしょうね。優雅なワルツがかかって、ドッキング。まあパロディーかな?っていういぐらい、ちょっとモロに『2001年』オマージュなところですけども。ところがそれが、その時点では原因不明な理由で、制御不能な状態になってしまう。要は乗ってる船が、宇宙空間でグルングルングルングルン回っちゃって、操縦者ももうほとんど失神という、ちょっと悪夢的な事態になってしまうわけですけど。

その前振りとして、実際には訓練には当時はもうすでに使われていなかったと思われる、MAT(Multi Axis Trainer)という、三方向にグルングルン回るマシーンを、あえて、史実とはたぶん違うんだけど登場させて。要は後のジェミニ8号のグルングルンを観客が想像できるようなパニック状態っていうのを、いったん客観的な説明代わりにそこで見せている、しっかり印象づけている、っていうことなんですね。ここがやっぱりすごく、上手い段取りを踏んでいる。

史実をちょっと曲げても説明を入れている、という。あと、ジェミニ8号のくだりは他にもですね、たとえば発射直前に、「えっ、これ大丈夫?」な出来事がちゃんと少しずつ重なるようになってる。向こう側で、アジェナっていうドッキングする機体がドーン!って打ち上がっている横で、電気がすげえ揺れている。あれはちょっと実は、史実からすると嘘らしいです。アジェナを打ち上げている時点ではもうジェミニには座っていたと思われるので、あれは嘘なんだけど、やっぱりわざわざそんなガチャガチャ揺れるのを入れて、「なんか大丈夫か、この施設?」って。そしたら今度は、座ろうと思ったらパラシュートの金具になんか挟まっちゃっていて。「おい、ナイフ持ってる?」ってほじくり出しちゃったりして。で、「おい、嘘だろ?」っていうのがあったりとか。

あと、密閉したはずのコクピットの中に、ハエがいるっていう。その「ハエがいる」っていうところで改めて、壁のネジを見る主観ショットが入るわけです。つまり、「おい、これちゃんと密閉されてんの?」っていう感じがする、というあたり。そうした「これ、大丈夫か?」感とか、全てがちゃんと、後の悪夢的な事態を予感させる、丁寧な積み重ねの描写っていうのをやっている。これはサスペンス描写として非常に上手いあたりですね。

 

■エンタメとして盛り上げつつも、最後はやはり主人公たちだけの世界へ

あるいは、アポロの月面着陸の場面。実際にも、かなりですね、諸々ギリギリの状態でようやく無事着地できた、っていうことらしいんですけど。燃料とかも本当にギリしかなかった。その前振りとして、LLTV(月面着陸訓練機)の、誰の目にも明らかなコントロールの困難さ、っていうのを見せておく。あんなの……あれ、しかも150メートルぐらいね、高く飛ばないとダメらしいんですよ。訓練をするには。あんなんで……羽根もないやつでですよ? 滑空できないやつでですよ? あれでやんなきゃいけない。

で、案の定、これは本当にあったことですけども、ニール・アームストロングも本当に間一髪で命が助かった、という訓練中の事故描写をちゃんと見せておくことで、いかに月面着陸……スーッて止まったように見えるけど、めちゃくちゃ難しいことをやってるのか、なかなか無謀なミッションであるか、というあたり。これを説明的に陥らずに伝えることに成功してる、っていうことですね。非常に上手いあたり。

という風に、かようにですね、しっかり観客をハラハラドキドキさせる劇映画としてのサービス性も、実は周到に組み込まれてるんですよ。非常に淡々とした語り口に見えるけど、実はちゃんとエンタメしている、っていうところ。ここが非常に感心させられる。でも……これは、やっぱりデイミアン・チャゼルの映画でもある、っていうことですね。最終的に、国家の威信も、そして社会の状況も……社会の状況っていうのを示すのに、本当はこれ、1970年リリースなんで嘘なんですけど、ギル・スコット・ヘロンの有名な「Whitey On the Moon」っていうポエトリー・リーディングというか、ラップの元祖とも言われる曲を、あえてそこに持ってきて。

あえてその「Whitey On the Moon」の歌詞に託して、説明的でなくアポロ計画を時代状況的には相対化してみせる、という。説明的でなく説明してみせる、このバランス感覚。やっぱり、ああ上手いな、ちょっと憎らしいぐらいだな、なんて思ったりもしますね。で、最終的に全て、主人公たちだけの世界、という風になっていく。で、その他のことは全て……要するに、国家の威信も、社会状況も、むしろ後景と化していく、っていうことですね。

だからその搭乗員たちも……アポロ11号を描く映画じゃない証拠に、ルーカス・ハース演じるマイク・コリンズとか、コリー・ストール演じるバズ・オルドリン……バズ・オルドリンはあんまりニールさんと折り合いはよくなかった、なんて話も聞きますけども。彼らもあくまでやっぱり「背景」ですね。一緒に(月に)行ったのに。あえて言えば、ジェイソン・クラーク演じるエド・ホワイトさんとその妻との関係は、そのニールとクレア・フォイ演じる――クレア・フォイは見事でしたね――ジャネットのその夫婦との、鏡像関係的なものとして、ここの夫婦は非常に味わい深く描かれていますけども。とにかく他の人は、基本的には背景、という風になっている。

 

■月面着陸=アームストロング船長の内的な旅だった、という着地

で、とにかく月面に行きました。この月面に行くまでのね、その爆音と無音の緩急。たしかにさっきのメールにもあった通り、非常に上手いですし。いざ月面に着陸してからは、ここは65ミリIMAXフィルムで撮ることで、これまでの映画のタッチとまるっきり変わる。つまり、異世界に来た感。異常にクリアな世界になっているわけです。そこで、史実に基づいたディテールで言うと、MESA(Modularized Equipment Stowage Assembly)っていう「モジュール装置積み込みアッセンブル」……要するに、カメラが内蔵されていて。要は、「アームストロングが降りているところを誰が撮ったんだ?」って陰謀論者が言うのに対して、ちゃんとそこに「いや、これで撮ったんですよ」っていうのを見せて。

そういう、ほかではあんまり描かれない部分は一応ディテールとして入れつつも、でもやっぱり、アポロ11号の……たとえば「星条旗を立てるところがないじゃないか!」っていう批判があったみたいですけども、そういうことじゃなくて。やっぱりニール・アームストロング個人の、内面の……なんならこの月への旅が、インナースペースへの旅のようにも見えるような描写に、どんどんなっていく。で、最終的にね、その『市民ケーン』における「バラのつぼみ」的な行動……もちろんあれはフィクションなわけですけど、要するに彼の内的な旅の話だった、というところに着地していく。

すべて1人の人間が実際に経験し、感じたことっていう、擬似的な追体験という風にこのアポロ11号の月面着陸を描く……このアプローチ、ニール・アームストロングさんという、非常に心を閉じがちだった人の伝記としては、僕はこのアプローチは正しいと思います。そしてやっぱり、ライアン・ゴズリングの「心閉じモード」演技。やっぱり似合いますよね、とってもね。で、ラスト。このね、デイミアン・チャゼルの映画は常に、「主人公2人が無言で向き合う」っていうラスト。これ、共通しているんですけども。

 

■チャゼル作品に大人の厚み、成長した深みが加わったラスト

実際にはあの2人、後に離婚するんですね。ということを考えると、「あちらの世界」と「こちらの世界」を薄いプラスチックで隔てられて、それでも理解し合おうとする、寄り添い合おうとするその夫婦の姿が、どういう風に見えるのか……というあたり。すごく切ない。つまりですね、この映画っていうのは、地球と月との距離っていうのが、家族を含む「他者」との距離。あるいは、生者と死者を隔てる距離っていうのの、メタファーとしても描かれてる映画なわけですよね。

だから最後、あれだけ離れていた……本当は近しいところにいたのに心は離れきっていた夫婦が、プラスチックの薄い板を隔てて、寄り添うことができるのか? でも、少なくとも世間の人たちが感じているのとは全く違うものを共有してる2人。2人だけの世界で、彼女たちだけが分かる苦しみ、悲しみと、その葛藤の乗り越えっていうのが、あそこにあるわけですよね。あのプラスチックで隔られた……あのプラスチック(が隔てる距離は)は厚いのか? 薄いのか?っていうあたり。これはでも何にせよ、どう受け取るにせよ、僕は一種の「倦怠夫婦物」としても、とっても味わい深い作品だな、という風に思いました。

ひとつ言えるのは、やっぱり他者性が消失するっていうところにデイミアン・チャゼルの作家的な特徴があったと思うんだけど、今回も他の人たちっていう意味では他者性が消失するんだけど、やっぱり「妻という他者」、あるいは「夫という他者」、あるいは死んでしまった娘、つまり「死者という他者」、もっと言えば「自分という他者」というところに向き合おうとしているという点で、ちょっとだけデイミアン・チャゼルの作風に、大人の厚み、成長した深みが出てるなと。それはやっぱり、ジョシュ・シンガーさんの手腕もあるのかもしれませんが、と思ったあたりで。

僕はやっぱりデイミアン・チャゼル、こういう風に本当に独自のアプローチして偉いなと思いましたし……いちばん僕は好きな作品になった、という感じでございます。はい。おみそれいたしましたというか、まだまだ成長するんじゃないですか? まだ彼も若いですからね。ということでぜひぜひ、これは劇場で絶対にね。体感型でもありますので、ぜひぜひ劇場の大音響、大画面の中でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ROMA/ローマ』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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「異国情緒あふれるサウンドが春を運ぶ!ベイルート特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「異国情緒あふれるサウンドが春を運ぶ! 新作リリース記念~ベイルート特集」

異国情緒あふれるサウンドが春を運ぶ! 新作リリース記念~ベイルート特集http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190301123330

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

高橋芳朗:本日はこんなテーマでお送りします。「異国情緒あふれるサウンドが春を運ぶ! 新作リリース記念~ベイルート特集」。皆さんはベイルートというバンド、ご存知ですか?

ジェーン・スー:いや、私はぜんぜんわからなくて。

高橋芳朗:ベイルートを名乗っていますが別にレバノンのバンドではなく、アメリカのインディーロックバンドです。このベイルートが2月にニューアルバム『Gallipoli』をリリースしたということで、それを受けて今回の特集を企画しました。ベイルートの音楽はすごく春っぽいというか、春の足音を感じさせるようなところがあって。しかも、よく晴れた日のお昼に聴くと最高なんです。

ジェーン・スー:おっ、ちょうど晴れてきたよ。

高橋芳朗:うん、いい感じになってきましたね。そんなベイルートがどんな音楽を奏でているかというと、アンティークなヨーロッパの異国情緒あふれる優雅なサウンド。さらに言うと、猛烈に郷愁や旅情をかき立てられる、そういう音楽です。具体的には主にバルカン半島、東ヨーロッパの音楽に強い影響を受けているんですけど、これは実際に曲を聴いてもらえば理解してもらえるんじゃないかと思います。さっそくニューアルバム『Gallipoli』から一曲聴いてみましょう。この曲はイタリアの城塞都市ガリポリにインスパイアされてつくったそうです。

M1 Gallipoli / Beirut


高橋芳朗:ベイルートがどんな音楽を演奏するバンドか知ってもらったところで、彼らのことをもう少し詳しく紹介しますね。ベイルードはニューメキシコ州サンタフェ出身のザック・コンドンを中心とする、現在は6人編成のバンド。2006年にデビューして、今回のニューアルバムを含めて合計5枚のアルバムをリリースしています。

ジェーン・スー:ああ、そんなに出してるんだ。

高橋芳朗:バルカン半島や東ヨーロッパの音楽に強い影響を受けたベイルートの音楽スタイルがどういった経緯で生まれたかというと、ザック・コンドンが高校生のころに旧ユーゴスラビアの映画監督、エミール・クストリッツァの『黒猫・白猫』を見て大きな衝撃を受けて。そのあと学校をドロップアウトして、東欧旅行に行ったことが大きなきっかけになっています。そして、その東ヨーロッパ旅行の体験が強く反映されたのが、ザックが20歳のとき、2006年にリリースしたデビューアルバム『Gulag Orkestar』です。今度はこのアルバムの曲を聴いてみましょう。

M2 Postcards from Italy / Beirut


ジェーン・スー:キャラバン感があっていいですねー。

高橋芳朗:うんうん。めちゃくちゃ旅情をかき立てられるでしょ?

ジェーン・スー:乗ったことないけど、幌のついた馬車に揺られてる感じだよ。

高橋芳朗:聴いていると自然と遠い目になるよね。で、どんどん妄想が広がっていく。実際ザックはインストゥルメンタルの曲をつくるときは行ったことのない地名を一気に書き出して、そこからイメージを広げていくらしいですからね。スーさんのそういう聴き方は意外とまちがってないかもしれない。

ベイルートは大所帯ということもあってバンドメンバーが流動的だったりするんですけど、そのせいかメンバーのソロ活動や派生プロジェクトがわりと多くて。しかも、それがまたベイルートに通じる音楽性を持った素晴らしい作品ばかりなんです。次の曲はそんななかから、ブライト・モーメンツの「Tourists」を。これは2011年の作品ですね。一時期ベイルートに在籍していたトランペット奏者のケリー・プラットが立ち上げたソロプロジェクトで、目下唯一の作品になります。

M3 Tourists / Bright Moments

Natives
高橋芳朗:一曲聴き終わるたびにひとつの旅を終えたような気分になります。

ジェーン・スー:初めて聴いたのに懐かしい感じがするというか。郷愁が煽られますね。

高橋芳朗:堀井さんも目を閉じながら音楽に合わせて体を揺らしていましたね。堀井さんの頭の中にはどんな光景が広がっていたんでしょう。

堀井美香:BS-TBSの旅番組のBGMにちょうどいいなって思って(笑)。

ジェーン・スー:フフフフフ。即、仕事にフィードバック!

高橋芳朗:次、最後はやはりベイルートの曲で締めくくりたいと思います。2011年リリースのアルバム『The Rip Tide』より「Vagabond」。「Vagabond」には「放浪者」「漂流者」などの意味がありますが、まさにベイルートは音楽を通じてヨーロッパの国々を放浪しているようなところがあるんじゃないかと。そして、そのイメージを聴き手に共有させてくれる、鮮やかに旅情を疑似体験させてくれる、そこがベイルートというバンドの魅力なのだと思います。

M4 Vagabond / Beirut


高橋芳朗:ベイルートを聴きながら街を歩けば、それが赤坂だろうが西日暮里だろうが旅した気分になりそう。

ジェーン・スー:なる! ツーリスト気分になる!

堀井美香:私はいまパキスタンで綿花を摘んでましたから。

ジェーン・スー:私は土埃のモロッコで街歩きをしていました。市場で買い物をしたりして。イメージトリップ!

高橋芳朗:というわけで、本日はベイルートとその関連曲など計4曲紹介しました。興味をもたれた方はまず2月に出たニューアルバム『Gallipoli』をチェックしてみてください!

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当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

2/25(月)

(11:06) Rosanna / TOTO
(11:22) Baby Says No / Christopher Cross
(11:33) What Can I Say / Chicago
(12:14) Ain’t Nothing Like the Real Thing / Angela Bofill & Boz Scaggs
(12:25) Where Did We Go Wrong / Marc Jordan

2/26(火)

(11:06) I Like It / DeBarge
(11:25) Human Nature / Michael Jackson
(11:35) Little Red Corvette / Prince
(12:12) Popcorn Love / New Edition
(12:22) You’ll Never Find / Janet Jackson

2/27(水)

(11:05) D’yer Mak’er / Led Zeppelin
(11:23) Mother and Child Reunion〜母と子の絆〜 / Paul Simon
(11:35) Jamaica Jerk-Off〜碧の海ジャマイカにおいで〜 / Elton John
(12:13) Swing Low Sweet Chariot 〜揺れるチャリオット〜 / Eric Clapton
(12:24) Half Caste / Thin Lizzy
(12:50) Exotica Lullaby / 細野晴臣

2/28(木)

(11:06) California Dreamin’ / Mamas & Papas
(11:25) The World Turns All Around Her / The Byrds
(11:39) Baby, You’re Free / The Cyrkle
(12:10) Take a Giant Step / The Monkees
(12:22) Darlin’ Companion / The Lovin’ Spoonful
(12:51) Along Comes Mary / The Association

3/1(金)

(11:04) Getaway / Earth Wind & Fire
(11:26) Space Age / The Jimmy Castor Bunch
(11:35) Double Dutch / The Fatback Band
(12:10) Shake Your Rump to the Funk / The Bar-Kays

宇多丸、『ROMA/ローマ』を語る!【映画評書き起こし 2019.3.1放送】

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宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜は今夜はこの映画『ROMA/ローマ』。

(曲が流れる)

『ROMA/ローマ』はいわゆる劇伴がないので。一応(うしろで)こんな音楽が流れておりますが、基本的には自然音しか流れません。『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロンが監督・撮影・脚本を務めた、Netflixの配信作品ですね。劇場でも部分的には公開されています。政治的混乱に揺れる1970年代のメキシコを舞台に、とある家庭の激動の1年をキュアロン自身の幼少期の体験を交えながら美しいモノクロ映像で描く。

第75回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞を受賞した他、各種映画賞を本当に総なめ、といった感じございます。そして、第91回アカデミー賞では最多ノミネート&外国語映画賞、監督賞、撮影賞の3部門を受賞した。監督賞と撮影賞をひとつの作品で同時受賞した例は初めて、ということみたいでございます。さあ、ということでこの作品、『ROMA/ローマ』。いつもと違って映画館ではございませんので、Netflixに入会するというのがまずは必須にはなってしまうんですが。

この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、通称<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。ということでメールの量は、「普通」。まあね、だから作品としてね、どちらかというとアート作品寄りだっていうのもあるんですかね。で、賛否の比率はしかし、褒めている方が9割、その他の方が1割。

主な褒める意見としては「とにかく映像がすさまじく美しい。計算しつくされた画面構成やカメラワークに感動。まるで現実の世界と思ってしまうほど登場人物や街並みが実在感に溢れている」「オープニングやラストなど、水の使い方が見事」「できれば劇場で全国公開してほしかった」。ちなみに日本では昨年の東京国際映画祭で特別招待作品として上映されたということでございます。否定的な意見としては「物語が淡々としすぎて正直退屈だった」ということでございます。しかしみなさん、映像の美しさは認めているということでございます。

 

■「全てのシーンで様々な液体がとても印象的に使われている。“水の作家”キュアロンらしい映画」(byリスナー)

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。「そーす太郎」さん。「『ROMA/ローマ』、見ました。素晴らしかったです。モノクロで紡がれる70年でのメキシコ。そこで描かれるのはキュアロンの幼少期の記憶を元に再現されたという、ある裕福な中産階級の家庭とそこで働くお手伝いさんクレオの物語。前半は何気ない日常がモノクロで淡々と描かれるんだけど、とにかく撮影がすさまじいんですよね。キュアロン自身が撮影もやってるんですが、『どうやって撮ったの?』という相棒の(エマニュエル・)ルベツキ譲りの長回しとかロングショット、構図全てがとてつもなく美しいのです。

中盤以降は暴動が起きたり、出産からのいろんなことがあって。クソみたいな男たち、強く生きる女性たちという様々な要素がありますが、その全てのシーンで様々な水、液体がとても印象的に使われていて。クライマックスも海が舞台となっていたり、これまでのキュアロンのフィルモグラフィーを思い出してもやはり、キュアロンは水の作家なんだなと思いました」。ねえ。そうですね。『ゼロ・グラビティ』でもなんでもね。「生や死や、精神的に生まれ変わる。そんなシーンにはかならず水がそこにあって、今作のクライマックスなんてものすごくキュアロン的なシーンだなと思いました」ということでどざいます。

あとですね、「まさや」さん。この方はですね、「僕が本作を見ながら強く感じたのは、これはキュアロン版の『フェリーニのアマルコルド』だなということでした。アマルコルドとはフェリー二の故郷である北部イタリアのリミニ地方の言葉で『私は覚えている』という意味。監督の幼少期を描いてることが共通していますし、そもそもフェリーニも『フェリーニのローマ』という作品がある」という。で、この方、その今回の主人公をフェリーニの作品と重ねつつですね。

「……さらにそのイメージは新約聖書に登場するマグダラのマリアにつながっています。映画中盤、年越しホームパーティーの場面でターンテーブルに1970年にリリースされたロイド・ウェバーのロックオペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』のLPレコードが置かれ、そこから流れるのがマグダラのマリアの歌『I Don’t Know How To Love Him(私はイエスがわからない)』であるということからキュアロンの意図を明確に示しています」というね。

ちなみに、明らかに宗教画的な構図みたいなのを狙った部分っていうのもいっぱい出てきた作品ですよね。「……家族でアメリカ映画『宇宙からの脱出』(ジョン・スタージェス監督)を映画館で見る場面は『うわっ! 『ゼロ・グラビティ』の原点はこの体験にあったんだ!』と気づかせる仕掛けになっていって、そういう意味では『ニュー・シネマ・パラダイス』的でもあったりします」ということでございます。

一方、「アチヤリュウ」さん。「『ROMA/ローマ』、鑑賞しました。感想は普通。社会派風味の人間ドラマなんでしょうけど、キュアロン監督だけにサスペンス演出が過剰に滲み出てしまってますね。終始不穏なムードと来そうで来ない、でもやっぱり来る突然の危機。ですが、大半は退屈なので飽きてしまい、3回に分けて見ました」っていうね。それ、ダメだぞ!っていう(笑)。そういう見方をしちゃダメだぞ、っていうタイプの映画だと思うんですけどね。はい。ということで『ROMA/ローマ』、私もNetflixでいつでも見られるというのもありまして、3回見てまいりました。

 

■ハリウッド製のエンターテイメント映画ではない、半自伝的なアート風映画

ということで前作『ゼロ・グラビティ』、2013年。僕は2014年1月4日、『ウィークエンド・シャッフル』時代に評しました。それ以来となる、5年ぶりのアルフォンソ・キュアロンの新作はですね、先ほどからみなさんおっしゃっている通り、劇中エピソードの90%が彼自身の記憶に基づくという、まあ半自伝的な……そして、長年のパートナーである名手エマニュエル・ルベツキさんではなく、自ら撮影監督を務めた白黒のシネマスコープ作品で。なおかつ、いわゆる映画音楽、劇伴がなくて、劇中の自然音とか、劇中で流れる音楽のみが流れるようなタイプの映画。

そして、全編スペイン語、もしくは先住民族が話してるミシュテカ語という言葉。さらに、有名スターは一切キャスティングされておらず、主人公クレオを演じるヤリッツァ・アパリシオさんもこれまで演技経験ゼロ。で、そのクレオ役の元となった、リボさんというキュアロン家で働いていた実在の家政婦さんに……つまり何でこのヤリッツァさんが選ばれたのかっていうと、要するに実際のリボさんというモデルにした家政婦さんに似ていて、なおかつオアハカ州出身の、要するにメキシコ先住民族の家系である、ということから選ばれた人っていうことなんですよね。

ただ、このヤリッツァ・アパリシオさん、今回のね、演技初体験にしてアカデミー賞にもノミネートされてしまうところまで行ってしまいましたけども。ミシュテカ語そのものは本来は全く堪能ではなかった、ということらしいんですけどね。要はとにかくこういうことですね。いわゆるハリウッド製のエンターテイメント映画的では、全くない。商業的には決してキャッチーとは言えない、ということですよね。どっちかといえばヨーロッパの映画祭とかで高く評価されるような、いわゆるアート映画的な作品、っていうことなんですよ。

だから、淡々とした、ゆったりした語り口とか、あとは物語がはっきりと直線的に進まなかったり、いろんなことを明示しない作りだったりとかっていうのを、「退屈」と感じる人はいるのはしょうがないんだけど。それはもう、そもそも行く映画館を間違えちゃってますっていうか。その、シネコンで本当はマーベル映画に行きたい人が、ミニシアターでかかっている映画に行っちゃって、「つまんない」って感じるのはしょうがないんだけど……「いや、それはもう、そういうタイプの映画なんで」って言うしかない感じなんですけどね。

 

■Netflix配信作ながら、とても「映画らしい映画」。鑑賞時にはスマホをOFFで

で、実際にベネチアで金獅子賞を獲得。以降はいろんな賞を総なめで、アカデミー賞でも評価された。ご存知の通りでございます。だけどその一方で、配給がNetflixになった。まあ制作してから、その配給元っていうので手をあげたのが、Netflixだったという。で、さっき言ったように全編白黒、スペイン語の、わりと地味めな作品ということなので、実際に映画館でかけるとしても、非常に限られたかけられ方しかできない、ということで……できるだけ多くの観客に届ける、見てもらうために、最良のチョイスとして『ROMA/ローマ』制作陣はNetflixを選んだ、というようなことを言っていて。で、それはまあ実際にその通りだと思うんですよね。

なんですけど、同時に、やはりその配信映画というのに非常に批判的なカンヌ映画祭は、出品を取りやめた。元々、出品する予定だったのに、「はい、Netflixがやるんだったらうちはお断り」っていうことで。もういま、カンヌはすごいNetflixとモメてますけども。それとか、まあ一部映画業界の反発などもやはり招いてはいるようで……ということで。で、このムービーウォッチメンでもこれまで、ネット配信作品は、扱い始めると本当に線引きが難しくてキリがなくなっちゃうということで、たとえばNetflixオリジナル映画、ポン・ジュノの『Okja/オクジャ』、2017年の作品などは、結局あえてガチャには入れなかったんですけど。ポン・ジュノの新作であるにもかかわらず。

でも、今回はやっぱりアカデミー賞直後というタイミングもあって、あえてイレギュラーに、ちょっと試験的にガチャ候補に入れてみたら、見事に当たってしまった。だから、今後どうするかはちょっとわかんないですけど。ただひとつ言えるのは、この『ROMA/ローマ』という作品そのものはですね、ものすごく――これは「皮肉なことに」と言うべきか――ものすごく映画らしい映画というか、本来はこういう作品こそが、映画館のしっかりした暗闇とか、音響とかを含めた整った上映環境で、じっくり集中して見たい、見られるべき、そういう作品なわけですよ。

なので、みなさんぜひですね、本作を鑑賞する際は、もちろんスマホ、タブレットは論外として、できるだけ映画館での鑑賞条件に近いセッティングを整えるのをお勧めします……というか、そうじゃないと、あまり見たことにならないタイプの映画じゃないかな、と思うんですよね。だからまず、携帯を切ってください。スマホを途中でいじりだしちゃったりしたら元も子もありません。部屋も暗くして、そして途中止め禁止とか、もうそんぐらいのルールを課すべきです、はっきり言って。あと、さっき言ったように、劇伴などがないぶん余計に、微細な音響演出が非常に凝りに凝った作品なので、サラウンドのサウンドシステムとかをそれなりの音響で鳴らしていいような住宅環境でないのなら、もうヘッドホンです。ヘッドホン推奨です、これは。

 

ただの日常描写の中に伏線や象徴性が周到に仕込まれている

というのもこの『ROMA/ローマ』、さっきから言っているように、非常に映画らしい映画というか、アート系映画の作りで、非常にゆったりしたテンポの語り口の中に、実は大変豊かな味わいどころとか味わい深さとか、さりげなく重要な情報などが周到に仕込まれている、というタイプの作品なので。映画館で見る時のようにっていうか、普通の映画館で見る時以上に集中して、能動的に画面や音を読み取るっていう姿勢が、少なくとも本作を十分に理解し楽しむためには必須のスタンスだから、っていうことなんですね。

ということで、まあ順を追って話していきますけども。ちなみに「順を追って」と言えば、アルフォンソ・キュアロン監督はこの『ROMA/ローマ』という作品を、全て順撮りで作っていったと。しかも、出演者たちには脚本を渡さずに、それぞれに異なる演出指示等をしながら、リアルな反応や空気感をつくっていった、ということらしいんですけどね。まあ、とにかく順を追っていきますと、まずは最初に、アルフォンソ・キュアロンのツイッターで出たティーザー映像でも一部が使われていましたけど、あのタイトルバックとなるオープニングショットからして、とても鮮烈ですよね。

床のタイル、四角いタイル、格子状になってるのを、真上から映している。で、そこに、掃除をしてるのでしょう、泡まじりの水がバーッと流れてきて、ゴシゴシゴシゴシとブラシをかける音がする。で、犬がワンワンワンッて鳴いていたりするっていう。で、この水に反射して、建物に四角く囲まれて、まあ切り取られたかのような空が見えるわけですね。地面のところ、地べたにまかれた水に反射する空が、四角く見える。そしてそれをずっと見てると、飛行機がそこをゆっくりと横切る、という。

これは本作『ROMA/ローマ』をすでにご覧になった方はお分かりの通り、これは完全に、ラストショットと対になっているオープニングショットなわけですね。天と地、聖と俗、崇高さと卑近さ。その間を我々は生きてるわけですけど、まさに飛行機がボーダーを飛び越えていくかのようにと言うべきか、主人公クレオさんが、オープニングの地べたのショットから、ラストは空の方へと、階段を彼女は登っていくわけですけど、空の方へと登っていくまでの映画、と言えるということですよね。

そんな風にですね、ボーッとしてたら見流してしまいそうな、一見ただの日常描写の中に、実は周到に伏線や象徴性が仕込まれている。本当にボーッとしてると、何も起こらない映画だな、っていう風に見えちゃうかもしれないということで。本当に集中が必要。

 

部屋の中はパンのショット、表では横移動のショット。白黒なのにエッジが際立っていてクール

ともあれ、その床を真上から撮っていたカメラが、上方向にティルトするとですね、車のガレージとして使われている廊下を掃除してる主人公のクレオ……ここが犬のウンコだらけだ、っつってさっきから(コンバットRECが)話をしてるわけですけど(笑)。

そこから彼女が、家の中を次々に移動しながら家事をこなしていくという様を……これ、全編に渡って繰り返し使われて、非常に大きな印象を残すカメラワークなんですけど、ゆったりしたパン。カメラが、右から左とか左から右に、グーッと回っていく。それをしかも、アルフォンソ・キュアロンのトレードマークとも言ってもよかろう長回しで、グーッとゆっくりゆっくり、部屋の中をじっくり見回すように、丁寧に丁寧に、カメラが横に横に動いていく。

で、室内は大体このゆったりした長回しのパン、っていうので撮っているわけです。あとは戸外、街並みというか、ストリートのショットでは、やっぱりかなり長めの尺で続いてゆく、横移動のショット……だから部屋の中はグルッと回るようなパンのショット、表に出ると横移動のショット。どちらも人物に対してはかなり引き気味の、まあシネマスコープらしい、ちょっとパノラマ的な光景の捉え方、切り取り方っていうかのな、みたいなのをしていて。とにかく大きく言ってこのふたつの撮り方、見せ方を主軸にしている。

あとはまあ、白黒画面なんですけど、65ミリのデジタルで撮ってるので、もちろんそのモノクロゆえのノスタルジックな空気ってのは流れつつも、同時に、細部までクリアなんですよね。非常にエッジが立っているということで、ノスタルジックでありながら、今っぽい。ちょっとクールな温度感をも醸し出すような。これも新鮮だったりします。ということで、なんか懐かしくも新しい、そして自然だけど徹底してコントロールされてもいる、というような、そんな画面の中で、そのメキシコ近郊、コロニアローマという地区……まあ、それがタイトルの「ローマ」ということになっているんですけども。

 

■話は実はシンプル。ふたりの女性の再起の物語

その地区の、ある中産階級家庭で働く家政婦の目を通した、1970年から1971年にかけてのメキシコのある暮らし。そこから垣間見える、当時のメキシコの社会情勢や社会のあり方。ひいては現代、そして世界中に通じる、普遍的な問題や感情っていうのが、そこはかとなく浮き彫りにされていく、みたいな作りなわけですけども。決してお話が直線的に進んでいくわけではないので、最初はなかなか全貌が見てこないんだけど、大きく言って2つ。非常に実は話はシンプルです。2つ、軸となるストーリーがあって。ひとつはそのクレオが働いてるその家庭から、お父さんが、どうやら外に女を作って出て行ってしまうという、そういう話。もうひとつは、クレオさんが妊娠するけど、相手の男は姿を消してしまい……というこの2つの話。

これ、両方とも、要するに社会階層が異なる2人の女性が、しかしどちらも共通して、無責任な男性に傷つけられる、という話。だけども強く生きていこうと再起する、というような。そこで2人が初めて階層差を超えて、改めて家族になる、というような話ということですけども。この映画、まあストーリーラインとしてはそういうことなんですけども、面白いのはやっぱり、そのストーリーラインそのものというよりも、ひとつひとつがとても記憶に残る、シークエンスごとの味わい深いディテール。そのディテールを通してストーリーを語っていくようなスタイル。たとえば最初に、さっきオープニングショットでクレオが掃除をしていた廊下。車を停めるところなんですけど、非常に実は狭いわけですね。

だから決してクソ大金持ちっていうわけじゃないわけですよね。そこに、フォード・ギャラクシーっていうなかなかなデカいアメ車をですね、芸術的な車庫入れ技術で、ギリギリの位置にストンと停めてみせる、この夫のドライブテクニックに対して、奥さんがその同じフォード・ギャラクシーを運転しだすと、非常に不器用な感じになる。ガチャンガチャンって当ててしまう。と、思っていたら後半、その車庫に改めて入ってきた車は……とか。要するに、自動車の種類であるとか、その車庫入れっていうそれが、家族のあり方の変化、変遷っていうのを見事に示す、小道具になっていたりとかですね。

 

■主人公クレオを妊娠させる最低男のフェルミン

あとは、たとえばそのクレオの恋人であるフェルミンという男がですね……まず2人ね、ダブルデートみたいのをして、最初は映画館に行こうとしているんだけど、「天気がいいから映画やめて公園に行く」って言った後に、カットが変わると雨音がして。これも粋ですよね。「天気がいいから」って言っていたのに雨音がして、部屋の中で……まあ、これから性行為をするんでしょう、全裸のフェルミンさんね、シャワーカーテンの棒を使って、武術の演舞的なものを披露する、という場面があるわけですね。ここが、まあフルチンなわけですよ。まあNetflixはもう豪快に、チンがもうボーンと、ブルンブルンする様をしっかりと見せていてですね。

これ、パンツのひとつも履かせてたってよかろう場面なのに、もう明らかにその「棒を振り回す」ということと、その男根主義。つまり彼のマチズモっていうのが……でも同時に、チンチンをブラブラさせながらカッコつけてる、その間抜けさ。つまり、彼のマチズモのちょっとチグハグさみたいなものを、これは後の展開も思えば実に味わい深く、布石を置いてると思います。これ、ちょっと中盤以降の見せ場になりますけど、1971年の6月10日に実際にメキシコで起きた学生運動弾圧、そして虐殺事件。コーパスクリスティの虐殺。

「血の木曜日」なんて言われてる事件らしいですけど。これが描かれるんですよね。途中で舞台の背景として出てくる。そこで、そのフェルミンと再会することになるわけですよ、クレオさんは。そこで彼が……やってることはもうその虐殺に加担というようなね、恐ろしいことに加担してるわけですけど。そこで彼がやってることと、着ているTシャツの柄の、チグハグなギャップ(笑)。「なんちゅうTシャツを着てるんだ、お前は。こういうことをやる時に!」とかですね。まあ彼、フェルミンにまつわるシーンは非常にどれも印象深くって。

2人で一緒に映画見ていちゃついてる。これ、やっているのは『大進撃』という、1966年のフランスの戦争コメディーらしいんですけども。映画を見ている。そうすると、クレオに妊娠を告げられて、最初は「ああ、いいことじゃん」とか言ってるんだけど、「オレ、ちょっとトイレ行ってくるわ。アイスクリーム、いる?」とかなんか言って、トイレに行ったっきり帰ってこない。ずっとその映画をエンディングまで見て、電気がついてしまう、あの長い長い待ちのショットの心もとなさ。で、表に出てくると物売りがいっぱいいて。キョロキョロしてる横で、ガイコツの操り人形を売っている。ガイコツのおもちゃ(のデモンストレーション販売)、これをやっている。そういうのの1個1個が、ものすごく印象に残るんですけど。あの場面とか。

あと、その後にクレオに探し当てられて、フェルミンが逆ギレするくだり。あそこでこの、武術訓練をしてるわけですけど、その武術訓練の指導に来てる謎すぎるオッサン、いますね。あれ、実在した人らしいんですね。なんか「メキシコのフーディーニ」って言われたようなエスケープ・アーティストだったんだけど、後にそういう武術訓練とかにも関わるようになった人、っていうのが本当にいるらしくて。あそこでその、クレオだけが彼のポーズができてる、っていうあたりも含めて、まあ非常に面白いシーンの作り方ですよね。強く印象に残るシーンっていう感じだと思います。

 

■アルフォンソ・キュアロンの記憶を自分の記憶として植えつけられたような映画体験

で、まあそんな感じで基本、淡々としてるように見えて、要所要所で、まあそういうちょっと本当に記憶に残るようなディテール……たとえばあの、犬の首がずらっと並んだ剥製とかですね。あと、これは後ろの方ですけど、「たぶんお父さんと別れることになると思います」みたいな話を家族でする。で、泣く子もいればキョトンとしている子もいる、っていうところでパッと画面が変わると、アイスクリームを座って舐めてるんですけど、横では若いカップルが結婚式を挙げてる。その後ろにある、巨大なカニの模型とか(笑)。あれ、実際にあるらしいんですけど。なんかこう、いちいち印象に残る画面っていうのがあって。

で、要所要所では、ギョッとするようなショックシーンやスペクタクルシーンを挟み込んでくる、というようなね。たとえば途中、さっき言ったその血の木曜日のシーンとかは、本当にショッキングなシーンですし。まあ、先ほどのメールにもあった通り、本当にフェリーニ的な祝祭感も漂わせる、あの山火事のシーンがあったりとか。そしてやっぱり『トゥモロー・ワールド』とか諸々を連想させる、クレオの出産からの……というようなシーンなどなどが挟み込まれる。あと、これもクレオの出産にまつわる……あれは前半で、病院で妊娠を調べに行った時にですね、新生児を見に行くと、そこで地震が起こる。そうすると、その地震が起きた天井のコンクリートが、新生児が入ったプラスチックのケースの上にかぶってる、っていうとても不吉なショット……からの次のショット。十字架が並んでる!っていうね。

もうね、すでに暗示が始まってる、というような並びがあるわけですよ。で、極めつけはクライマックス。やはりね、これはもうこの映画を見た人、誰もが強烈に印象に残る、海水浴に行ったはいいんだけど、子供2人が溺れかけてしまう(という場面)。最初はなんとなく波打ち際で遊んでいて。で、こっち側に、画面が横移動で、左に移っていって。男の子の体を拭いてあげてたら、いっぽうこっちはどうやら溺れちゃっているらしいっていうんで、もう1回、カメラがグーッと右に横移動していって。で、海の中に入っていって……というですね。ここ、本当に溺れかけたように見える2人の子供たちを、クレオが助ける長い長いワンショット。

長い桟橋をつくって、カメラクレーンを設置して、後はデジタル処理なんかを交えつつ……だから本当には危なくなくやっているらしいんだけど、とにかく本当に人が溺れかけてるようにしか見えない。どうやって撮ったんだ?ってびっくりしちゃうような、あのシーン。からの、夕日を逆光に受けて、改めてクレオが階層を越えて本当に家族になる。そして、そこでクレオが初めて、悲痛な告白、懺悔をするというあのショット。あそこも非常に何かこう、なんというか宗教画的なというか、そういう構図で。非常に崇高さ、美しさをたたえたショット、ということでございます。

からの、さっきも言ったオープニングと見事に対になった、円環構造になったエンディング。家の中の様子の、たとえば家具がなくなっている、というあたりからの見せ方とかも、同じカメラワークなんだけども……っていうあたりも、本当に上手い。で、やっぱり終わってみるとですね、なんかまるでアルフォンソ・キュアロンの記憶を、そのまま自分の記憶として植えつけられちゃったかのような感じがする。なんか全然関係ない家族の過去なのに、なんか懐かしい感じがするっていうか。やっぱり映画監督ってすげえ仕事だな、なんて思ってしまいますね。

 

■いま作られた映画として、今これを評価しなきゃいけない。文句なしの名作

だから僕は……二度、三度と見ると、実は非常に後半なんか、ものすごいテンポが早くって。また久しぶりに言いますけども、「この作品の欠点は、短いことだ」ぐらいに思いました。135分は、二度目以降はすごくあっという間に感じます。これ、3時間4時間は見ていたいな、っていう風に思ったりしますね。で、もちろんいま、なにかと世界的には色眼鏡で見られがちなメキシコ人……それこそ我々は、メキシコ麻薬カルテル物は好物ですけど。まあメキシコ人の中にももちろん、当然人間らしい暮らしがあるし。メキシコの中にもその階層があって。その中でやっぱりこう、貧しく暮らしている先住民、っていうのがいたり。ちょっと差別的な対応を受けてたりも本当はするんでしょう、っていうのが見えてくる。

そういう、まあ今日的な題材の切り取り方っていうのもあるし……っていうことですかね。はい。ということで、これはやっぱりですね、Netflix配信・配給という形にはなりましたけど、やっぱり世界中の映画賞的なものが、「その云々は別にして、やっぱりいま作られた映画として、これを評価しなきゃいけない」という……フレッシュさと普遍性をたたえた、これはやっぱりまあ文句なしに、「大したもんだ」としか言いようがない、堂々たる名作というか、「名作」って言いたくなる風格をたたえた一作ではないでしょうか。僕はやっぱりアルフォンソ・キュアロン、最高傑作だな、という風に思いましたということでございます。Netflixで見られますので、ぜひぜひこの機会にご覧ください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は、『移動都市/モータル・エンジン』! ……からの1万円自腹で課金してワンモアガチャ→『女王陛下のお気に入り』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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「21年ぶりの新作リリース! UKスカのレジェンド、スペシャルズ特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「21年ぶりの新作リリース!UKスカのレジェンド、スペシャルズ特集」

ここにコメントを入力してくださいhttp://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190308123300

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「21年ぶりの新作リリース! UKスカのレジェンド、スペシャルズ特集」。

BGM A Message to You, Rudy / The Specials

A Message to You Rudy (2002 Remaster)

【高橋芳朗】
いまうしろで流れているのはスペシャルズの「A Message to You, Rudy」。『モヤさま』でおなじみの曲ですね。

【ジェーン・スー】
あー、そうかそうか! スペシャルズといえばこれって感じですね。

【高橋芳朗】
うん。イギリスでは1970年代後半にスカがリバイバルしているんですけど、その中心的な存在だったバンドがこのスペシャルズ。そんな彼らがオリジナルアルバムとしては21年ぶりのニューアルバム『Encore』を先月にリリースしました。それに伴っての今回のスペシャルズ特集です。

まずイギリスとスカの関係について話すと、スカという音楽は1950年代にジャマイカで誕生した音楽なんですね。イギリスはかつてジャマイカを植民地支配していたことからジャマイカ移民がすごく多くて、それで彼らによって持ち込まれたスカやレゲエといったジャマイカ生まれの音楽が古くから親しまれてきた背景があります。

スペシャルズの出身地のコベントリーという工業都市は特にジャマイカの移民が多い地域で、実際スペシャルズはジャマイカ移民のメンバー2人を含む白人と黒人の人種混成バンドだったんですね。そんなことから彼らにとってはスカが非常に身近な音楽だったと。そして、スペシャルズはそのスカと当時盛り上がっていたパンクロックを結びつけたというわけです。

では、まずはスカとパンクを融合させたスペシャルズの代表的な曲を聴いてもらいましょう。これは1979年のリリース、エルヴィス・コステロがプロデューサーを務めたデビューアルバム『The Specials』の収録曲です。

M1 Little Bitch / The Specials

The Specials (2002 Remaster)
【高橋芳朗】
スペシャルズを語るうえで欠かせないのが「2トーン」というレーベル。彼らが自ら立ち上げた2トーンは白と黒の市松模様をトレードマークにしているんですけど、これはスペシャルズのメンバー構成と同じ白人と黒人の統合を意味しています。

スペシャルズがデビューした当時のイギリスは長引く不況で貧困と失業が深刻化していました。それによって労働者階級の若者がやり場のないフラストレーションを抱えて、やがてその矛先が移民に向けられるようになってしまって。それが排外主義や人種差別の助長につながっていったんですね。スペシャルズと2トーンは、そういう世相に対するカウンターとして登場してきたわけです。

そんなスペシャルズと2トーンのコンセプトを象徴する曲といえるのが「Why?」。1981年の作品です。これはスペシャルズのジャマイカ移民のメンバーがレイシストから暴行を受けた実際の出来事を題材にした曲になります。歌詞の大意を説明しますね。「なぜ君は僕を傷つけるんだ? なぜ僕らは争い続けなくちゃいけないんだ? 君が白人であることを誇りに思っているように、僕はこの黒い肌を誇りにしている。クークラックスクランなんていらない。極右政党なんていらない。僕はただ平和に暮らしたいだけなんだ」。こんな内容の曲です。

M2 Why? / The Specials

モア・スペシャルズ<スペシャル・エディション>
【高橋芳朗】
「Why?」はスペシャルズ解散前の最後のシングル「Ghost Town」のカップリング曲なんですけど、このあと彼らはメンバーチェンジを経てバンド名をスペシャルAKAと改名して活動していくことになります。

スペシャルAKAも引き続き社会問題を積極的に扱っていて、よく知られているのが「Why?」の流れを汲む「Racist Friend」。「もし君に差別主義者の友達がいたらすぐに関係を終わらせるべき」と歌う、まさにスペシャルズのスピリットを受け継ぐような曲なんですけど、ここではその名も「Nelson Mandela」という1984年リリースの曲を紹介したいと思います。タイトル通り当時まだ投獄されていました南アフリカの反アパルトヘイト運動の中心人物、ネルソン・マンデラの解放を訴えた曲ですね。

‹h3›M3 Nelson Mandela / The Special AKA

Nelson Mandela
【高橋芳朗】
メッセージソングが続いたので、最後は楽しいパーティーソングで締めくくりたいと思います。スペシャルAKAからスペシャルズに戻って「Enjoy Yourself (It’s Later Than You Think)」。1980年の作品です。サブタイトルの「It’s Later Than You Think」は「あなたが思っているほど人生は長くないんだよ」みたいな意味。だから「Enjoy Yourself」、つまり「もっと自分から楽しんでいこうぜ!」と歌っているわけですね。

M4 Enjoy Yourself(It’s Later Than You Think) / The Specials

モア・スペシャルズ<スペシャル・エディション>
【高橋芳朗】
というわけで今日はスペシャルズの往年の名曲を紹介してきましたが、今回のひさびさのニューアルバム『Encore』も21年ぶりのリリースであるにも関わらず全英チャートで1位を獲得しています。

【ジェーン・スー】
えーっ、すごい!

BGM Black Skin Blue Eyed Boys / The Specials

ENCORE - DELUXE

【高橋芳朗】

この新作でも黒人と白人の統合を掲げてきたスペシャルズのコンセプトは依然健在で。いまうしろでかかっているイコールズのカバー「Black Skin Blue Eyed Boys」や「B.L.M(Black Lives Matter)」などはぜひメッセージも踏まえて聴いてほしいですね。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

3/4(月)

(11:07) Save It for a Rainy Day / Stephen Bishop
(11:25) If You Should Fall / Ned Doheny
(11:36) Higher & Higher / John Valenti
(12:10) It Just Takes Awhile / Crackin’
(12:26) Soul Searching / Average White Band
(12:53) 何もいらない / 大貫妙子

3/5(火)

(11:06) Feel Like Makin’ Love / Roberta Flack
(11:26) Smile Please / Stevie Wonder
(11:39) Feelin’ Blue /Earth Wind & Fire
(12:11) Spread Us Around / Timmy Thomas
(12:50) 冬越え / 細野晴臣

3/6(水)

(11:05) Cruel to Be Kind〜恋するふたり〜 / Nick Lowe
(11:24) Oliver’s Army / Elvis Costello & The Attractions
(11:37) Girls Talk / Dave Edmunds
(12:17) Feel You Around Me / NRBQ
(12:51) Sentimental Fool / シーナ&ザ・ロケッツ

3/7(木)

(11:05) Upa Neguinho / Sergio Mendes & Brasil ’66
(11:23) Bim Bom / Astrud Gilberto
(11:39) The Sunny Side of the Street / Quarteto Em Cy
(12:10) Keep Talking / Mario Castro Neves & Samba S.A.
(12:21) E Preciso Cantar / Conjunto 3D
(12:51) Saiupa / Bossa Rio

3/8(金)

(11:04) The Glow of Love / Change
(11:22) Get Ready / Patti Labelle
(11:34) Never Gonna Give You Up / Patrice Rushen
(11:46) Saturday Night / Herbie Hancock
(12:10) Take it to the Limit / Norman Connors

宇多丸、『女王陛下のお気に入り』を語る!【映画評書き起こし 2019.3.8放送】

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宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決めた最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品『女王陛下のお気に入り』。『籠の中の乙女』や『ロブスター』などで注目を集めたヨルゴス・ランティモス監督の最新作。18世紀イングランドの王室を舞台に、女王と彼女に仕える2人の女性の入り乱れる愛憎を描く。

第91回アメリカ・アカデミー賞では作品賞を含む9部門に10ノミネートされ、オリビア・コールマンが主演女優賞を受賞。共演のエマ・ストーンとレイチェル・ワイズも助演女優賞にノミネートされた。だから『ROMA/ローマ』と並んで最多ノミネートだったという作品ですね。

ということで、この映画をもう見たよというリスナーのみなさま、通称<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多い」。ああ、そうですか。まあアカデミー賞で非常に話題にもなりましたしね。あと、予告で見るだに面白そうだって感じた方も多いんじゃないかなと思うんですけど。

賛否の比率は「褒めが8割」。その他が2割ということです。主な褒める意見としては「主演3人の演技合戦が素晴らしい」「オスカーのトリプルノミネートも納得」「魚眼レンズを多用した独特の映像も不穏な雰囲気を加速させていて見事」「衣装や美術を見てるだけでも楽しい。その豪華絢爛さと物語のおどろおどろしさの対比も味わい深い」といったあたりでございました。否定的な意見としては、映画の出来は認めつつも、「そもそも女性同士のマウンティングの取り合いが苦手」「宮廷物が苦手」「登場人物が着飾っている映画が苦手」という意見が多かったというところでございます。

 

■「(オリビア・コールマンの演技は)これを名演と言わず、なんと言うというような見事な演技でした」(byリスナー)

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「LA LA LAND」さん。「自分はヨルゴス・ランティモス監督のファンで、日本で公開されてる作品は全て見ており、特に『ロブスター』はオールタイム・ベスト級に好きな作品になりました。で、そんな人間から見て面白かった! ぶっちぎりで今年のベストワンです。ゲスなキャラクターたちに愛着をわかせる見事な脚本。魚眼を多様した撮影の生み出す不吉な映像。サンディ・パウエルの時代考証をすっ飛ばしたゴージャスでモダンでクールな衣装。そしてランティモス的な悪趣味を含めつつ、テンポのアップダウンを利用した見事な演出。それらが生み出す長大な化学反応はいつまでも見ていたいと思えるようなとても心地よいものでした。そして何より、並外れた役者陣の演技は化学反応に大きな力を与えてると思います」。

で、いろいろと書いていただいて。「……アン女王役のオリビア・コールマンの演技は彼女のキャリアベストどころか、この1年映画の見た様々な俳優の演技の中でもベスト級の演技に見えました。序盤から泣いて、わめいて、笑って、叫んで、食って、吐いて、痛がり、殴る」。ちなみに吐くのは3人ともやりますね。勢いよくいきますけどね。「……近年、ここまで感情をむき出しにした映画のキャラクターはいたかと思うほどです」。あ、3人とも殴って吐くな。というか3人とも、この全てをやるか。ねえ。泣くし、わめくし、みたいな。

「とにかく強烈なキャラクター。しかも、その強烈なキャラクターの中に、17回の死産、流産、子の早死を経験し、さらに女王という自分の資質以上の大役を任されてしまったことの辛さ。しかも、それをただのオーバーアクトやコメディー演技に落とし込まず、アン女王の悲哀を強烈な演技の中の微妙な表情の変化で映し出す。これを名演と言わず、なんと言うというような見事な演技でした」ということでございます。ありがとうございます。あ、(この投稿者の)ラ・ラ・ランドさんは14歳。わおーっ! すごいね。素晴らしい鑑賞力じゃないでしょうかね。

あとは「ゴールデンメロディ」さん。この方はちょっとダメだったという方。「宮廷物ってちょっと苦手なところがあります。あのファッションが馴染めないのかもしれません。またヨルゴス・ランティモス監督の『ロブスター』もあまり馴染めませんでしたので、一言で言うとめんどくさい作品。どうだろうかと懐疑的でしたが、エマ・ストーンは好きな女優さんなので多少は期待していましたが、その好きなエマ・ストーンをもってしてもダメでした。退屈でした。

たしかにオリビア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズの三女優の演技は素晴らしかったです。コールマンのオスカー受賞も納得ですが、やはり宮廷物は馴染めない感じです。私は『アマデウス』さえちょっと馴染めない感じがある」って、とにかく宮廷物が苦手っていうことを繰り返し書いていただいているという(笑)。はい。みなさん、メールありがとうございました。

 

■ランティモス監督の攻撃的な作家性はそのままに見やすくなった一本

私も『女王陛下のお気に入り』。ガチャが当たる前の初週、アカデミー賞直前のタイミングで、シネクイント……これは非常に入っていましたね。そしてTOHOシネマズ六本木の深夜回で、2回見てまいりました。ヨルゴス・ランティモス監督作、このコーナーで当たるのは初めてで。先にもう結論から言っちゃうけど、そのヨルゴス・ランティモス監督の攻撃的な作家性はそのままに、ケタ違いに見やすい、飲み込みやすい一作という。ここはもう本当に揺るぎなく、間違いないところじゃないでしょうかね。

前作『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』という2017年作品も、あとその前の『ロブスター』、2015年の作品、これもたしか、ガチャには入っていたんだけど、なかなか当たらず……ということで。『鹿殺し』の方はたしか、リスナー枠だった気もしますけどね。

まあ、ギリシャ出身の方。2009年の『籠の中の乙女』というのがカンヌ映画祭のある視点部門グランプリを獲って以降、世界的に注目され、そして各映画祭・映画賞の常連的な地位を確立したような方ですよね。とにかくものすごく作風がはっきりしたというか、超クセのある映画ばっかりつくってきた人で。まあざっくり言えば、すごく寓話性が高い作品をつくってきましたよね。一見現実、リアルを元にしてるようで、実はとんでもなく変な、ゆがんだ設定、法則性に全体が支配された世界だったりする、というような。

で、まさにそれを映画的に表すかのように、カメラワークや編集も……たとえばやっぱり、異様な印象を残す広角レンズ使いであるとか。あと、これまた非常に不気味極まりない印象を残す、カメラの移動であるとかね。まあ今回も使われている非常に素早いパンとか。あと、その『キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』だと、人物を、すごい高い位置からグーッと後ろから追ってくるの(カメラワーク)を、序盤の何でもないところから(多用していたりして)、「なんだ、これ?」っていう。あと、すごい変な角度で(人物や光景を)切り取ったりする。

で、それがしかもなんか、ちょっとずつ(カメラが)寄ってたりするとか。「気持ち悪いんだけど!」みたいな。そういうカメラワークとかね、あざといまでにエッジィな、キレキレの映像文法でですね、攻めまくっている感じ、というところですね。あと、プラスそこに、かなりダークな笑いのセンスがあると思いますね。すごく悲惨なことが起こっていても、全体としてはダークコメディーみたいな風にも見えたりするというあたり。非常に暗い笑いのセンスを持ってる。

で、それらを通じて改めて、現実世界の普遍的な構図……たとえば人間間、もしくはその社会の中の支配・権力関係であるとか。あとはたとえば、理性と動物性の軋轢。たとえばどうしても性欲に引っ張られちゃう滑稽さとか、そういったようなものとかが、意地悪~に浮かび上がってくる、みたいな感じで。ごくごく大雑把にまとめるならばそんな感じの作品群を、共同脚本パートナーのエフティミス・フィリップさんという方、あるいは撮影のティミオス・バカタキスさん、あとは編集のヨルゴス・モブロプサリディスさんというような常連チームとともに作り出してきた、というような方なんですね。

 

■歴史物の重厚さは保ちつつ、歴史考証にこだわりすぎない

その意味で、今回の『女王陛下のお気に入り』、この原題『The Favourite』という作品は、ヨルゴス・ランティモスさんのフィルモグラフィーの中でも、ちょっと転機になるような1本と言ってもいいんじゃないですかね。さっき言ったこれまでのチームで言うと、編集のヨルゴス・モブロプサリディスさん、この方は今回も入ってるんですけど、それ以外は、撮影も今回はですね、いつも組んでいるティミオス・バカタキスさんじゃなくて、ロビー・ライアンさんっていうね、『わたしは、ダニエル・ブレイク』とかケン・ローチの作品に多く関わっていたりとか。

あとは、ちょうどこの番組で今週水曜日、映画ライターの村山章さんにおすすめいただいた日本未公開作品で、アンドレア・アーノルドさんという監督の『アメリカン・ハニー』、あと『フィッシュ・タンク』、この作品などを手がけられた方。ロビー・ライアンさん。こちらに撮影が変わっているし。

あと、なによりこれまでヨルゴス・ランティモス作品の、さっき言ったようなカラーを非常に強烈に決定づけてきた、共同脚本のエフティミス・フィリップさんが、今回関わっていない、っていうことですね。まあなにしろ、これまでのヨルゴス・ランティモス作品のような奇想に満ちた現代の寓話、みたいなところから打って変わって、今回は史実ベース。しかも英国王室物っていうね、まあある意味、英国王室物自体、ひとつのジャンルではありますよね。

で、当然ヨルゴスさんはそんな英国王室物とか、明るくはないはずなんで。で、なぜそういうのをやることになったのかというと、今回の脚本は、元々はデボラ・デイビスさんという方が20年前に書き上げていったものが元になっている。で、パンフによれば、当初はこれ、BBCのラジオドラマとしてちょっと放送されたこともある、ということらしいんですけど。

で、それが紆余曲折、20年間かかって、改稿に改稿を重ねた果てに、ヨルゴス・ランティモスが監督するということになって。そこで改めて、彼の意向を反映したバージョンを、トニー・マクナマラさんというオーストラリアの脚本家の人が仕上げてきたという、まあそういう流れがある。じゃあ、どうそのヨルゴス・ランティモス監督の意向というのが反映されてるのか?っていうと、これは監督自身があちこちのインタビューに答えてることですけど、要は「歴史考証に、こだわりすぎない」っていうことですね。

さっき言ったそのデボラ・デイビスさんの元の脚本が、念入りに資料などを調査して、歴史物としてもしっかりしたベースをつくっているだけに……っていうね。まあ、もちろんそれもいろいろと整理・アレンジはしているんですけども。それだけに、今回のバージョンでは、言葉遣いや振る舞い方など、時代設定にとらわれない現代性がミックスされているという。「OK」って言ったりね。あとは廊下に出て「ファック! ファック! ファック!」とか(笑)、ああいうことを言ったりとかね。

といっても、たとえばバズ・ラーマンの映画のように、現代ポップカルチャー的な文脈に完全に置き換えるというような、そういう極端なバランスでもなく。あくまでも歴史物の一線、重厚さみたいなものは保ちつつ、その中に現代性を溶け込ませる、忍び込ませる、というような塩梅だと思ってください。いちばん近いのは、やっぱりさっきのメールにもありましたけども、『アマデウス』とかかなと思いますね。あと、自然光にこだわったっていうライティングは、もうモロに『バリー・リンドン』風だと思いますけどね。

 

■一見普通の歴史物ながら、語り口は現代的でシャープ!

で、ですね、そんな感じのバランスは、本作の他の部分、脚本以外にも、映像的な部分にも非常に徹底されていて。たとえば、これもメールにありましたね。歴史劇衣装の名手、サンディ・パウエルさんの衣装。『恋におちたシェイクスピア』とか……だからあれですよ。『ラ・ラ・ランド』の(オープニングの)ラジオで流れてくる「サンディ・パウエルさんが『恋におちたシェイクスピア』で……」っていう、その話ですよ。まあそのサンディ・パウエルさんの衣装も、さっきのメールにあった通り、時代考証をある程度すっ飛ばした材料選びだったりする、とか。

あと、途中の舞踏会のシーンで、レイチェル・ワイズとジョー・アルウィンさんがですね、ペアで踊るダンスのシーンがありますよね。あそこ、これはパンフレットの山崎まどかさんのコラムで僕は知ったんだけど、アルゼンチン出身のコンテンポラリーダンサー、コンスタンツァ・マクラスさんという方が振り付けをしてるという。だから、コンテンポラリーダンスの文脈が入っているわけですよ。だから、クラシカルな向かい合って踊る社交ダンスに見えながらも、ところどころに「あれっ?」っていう違和感を発する、現代的な動きが入ってる。最終的にはBボーイングみたいなことまでやってますから(笑)。

という、それがまあちょっと楽しい。そういう、ちょいちょい違和感が入ってくる感じが非常に楽しい、というような感じがあったりとか。あと、もちろんヨルゴス・ランティモス作品の映像スタイル、先ほど言ったようなものを、今回カメラマンは変わりましたけど、ロビー・ライアンさん、これまでの作品のスタイルを完全に踏襲してみせている、と言っていいと思います。本当にケレン味あふれるカメラワーク。極端な広角レンズ、魚眼レンズを、非常に素早いパンで左右に振る、(そうすると)なんか異様な感じがする。全体が歪んでいる。そんな画面になっている。

などなどとにかく、まるっきり歴史物の枠組みから外れてしまうわけではないけれども、一見普通の歴史物、英国王室風の見た目なんだけど、でもたしかにそれでも、語り口そのものが現代性を如実ににじませている、というような、そんな独特のねじれたバランスが、この『女王陛下のお気に入り』に、その歴史物・英国王室物としてかつてない、新鮮なシャープさというものをもたらしている、と思います。

しかもそのバランス・構造っていうのは、まさに最初に言った、「一見現実、リアルを元にしてるようで、実はとんでもなく変な、ゆがんだ設定・法則性に支配された世界観」、そして「それが改めて現実世界の普遍的な構図を意地悪に浮かび上がらせる」という、ヨルゴス・ランティモス監督作のこれまでと通じる作風、作家性そのものだ、ということですよね。

逆の言い方をすれば、ヨルゴス・ランティモス監督の強烈な作家性はそのままに……たとえばね、「これはもうオレの監督作ですよ!」っていうのを示すかのように、わざわざロブスターを使った変な場面が出てきたり、鹿肉がアップになったりとか(笑)。そういうもう「えっ、冗談?」っていうぐらい、「これはオレの映画だから!」っていうようなサインを入れたりして。それはそのままに、史実ベースゆえの重み、深み。そして何より物語としてのわかりやすさ、飲み込みやすさ、というのを兼ね備えてる。最初にも言った通り。

 

■オリビア・コールマン、恐るべし。アカデミー主演女優賞も納得の演技。

これは多くの方が指摘する通り、『イヴの総て』という1950年の作品の系譜の、いわゆる「立場乗っ取り物」……ある立場にいた人がいて、その人が弟子というか、下の立場の人を取り立てるんだけど、その人が最終的にその立場に取って代わる。立場乗っ取り物というかね、それのまあ、最新型ダーク・セックスコメディー・バージョン、みたいな感じというか。そしてもちろん、たしかにこれも多くの方ね、この表現を使うと思いますけども、『大奥』的なね……すごい『大奥』チックでもありますよね、という感じ。

要はまあ、一般性をも兼ね備えた1本、という風になっていると思います、この『女王陛下のお気に入り』はね。「普通に面白いですよ」って勧めやすい1本ですよね、ヨルゴス・ランティモスの中では。で、見どころはやっぱりですね、アカデミー賞に三者揃ってノミネートされた、事実上の主演3名の、三者三様、三つ巴の、物語的にも演技的にもせめぎあい!っていうね。まあ、話的にもそうだから、ここが見どころになるのは当然なんですけども。

まずはなにしろね、もうしょうがないよね、これはね。ここに言及というか、ここに重きを置くしかないのは……オリビア・コールマン演じる、アン女王という方。この方、要はグレートブリテン王国最初の君主なわけですね。要するに、イギリスが連合王国になって最初の君主。非常に重要な役割。なんだけど、劇中でも語られている通り、17人も子供を産んで、結局全てを亡くしてしまったというような、非常に生身の人間としては……しかもその、身体も弱くて。ということなのに、なのに17回も子を産まされるという、その王室ならではの、言っちゃえばちょっと非人間的な使われ方というのかな、置かれ方というのかな。

というのをまあ、そういうような思いをしてきた人でもあるという。で、その17人の子供を産んだという件が、まあセリフ上でも語られるだけではなくて、身代わりのようにかわいがっているウサギ、というのが今回の映画の中の、まあこれは創作的な設定としてある。これがこの映画の中では、大変に重要なシンボルとして、それこそ最後の最後まで使われているので、その扱われ方とか意味するところっていうのも、よく考えながら見進めていただきたいんですけども。

で、とにかくまあアン女王。少女期から、今回の映画ではレイチェル・ワイズが演じているサラ・チャーチルさんという方。もともとは……僕、この本を読んだんですね。森護さんの『英国の貴族:遅れてきた公爵』っていうちくま文庫から出ている本を読んだんですけども。もともとはサラ・ジェニングスさんという方。このサラさんという方を、少女時代からずっと慕っていて。で、劇中で出てくる通り、お互いに「フリーマン夫人」「モーリー夫人」と呼び合っていたこと、そして後にそのサラのいとこであるアビゲイル・ヒルさん……このアビゲイル・ヒルさんという方は、今回の映画の中でははっきりとは言われてないですけど、ニコラス・ホルトが演じているハーリー、あれのいとこでもあるんですけども。

アビゲイル・ヒル、今回はエマ・ストーンが演じている役に、その寵愛が移っていく、とか……などなど、全て史実である、ということですよね。ただまあ、史実と微妙に変わってるのは、もちろんスペイン継承戦争の最中の話なんだけども、アン女王の夫、王様はまだ生きていました、とかね。いろいろとあるんだけども、男性キャラクターは全部後景化させた、というね、そういうアレンジはしているということですね。

とにかく、大変に興味深くも、なんとイギリス本国でもこれまであまり知られてこなかったというアン女王という存在をですね、その圧倒的な孤独感と、それを埋めようとする切実な感情……尊大さと、でも実は、コンプレックスも非常にある。あるいは気高さと、なんだけどさっきのコンプレックスと同じで、実は裏返しの卑屈さもある、という。あるいは、肉体的な老いをすごくひしひしと感じる立場でありながら、精神的には幼さをすごく残している感じであるとか。

などなど、この人物1人に集約された……その、圧倒的権力者ならではの、多面的な、多層的な人間性っていうね。要するに、こういう立場じゃないと絶対にない何か、みたいなものを一身に……それこそさっきのメールにもありましたけど、持続するワンカットの表情のアップ、その微細な変化の中に、さっき言ったいろんな面を、微細な表情の変化だけで表現しきってしまう。たとえばあの舞踏会のシーンで、最初はニコニコしてる風なんだけど、だんだん「うーん、なんか私、うーん……」って。で、諸々あってそれがだんだん腹立ちに変わってきて……みたいなところを、表情1個で表現しきってしまう、オリビア・コールマン。まさに恐るべし。やはりアカデミー主演女優賞も納得の演技じゃないでしょうかね。

 

■レイチェル・ワイズの男前な佇まい、エマ・ストーンの「うわっ、不快!」な顔

対する、レイチェル・ワイズ演じるレディ・サラ。政治的にも友人関係的にも、そして性的にも、アン女王を支配しているこの立場。そのフェロモン。そしてそのまあ、なんていうか男っぷりというかね、男前な佇まい。そしてその向こうにある、でもやっぱりおそらくはアン女王のことをいちばん対等の人間として見ているのも、本当に彼女であろうというような、その真意の部分も含めて、見事に演じていて。レイチェル・ワイズ以外にこれを演じるとしたら、元々のキャスティング候補でもあったというケイト・ブランシェットぐらいしか……ケイト・ブランシェット・バージョンっていうのも「たしかに」っていう感じもしますけどね。

あとこれ、実はストーリー的には……この三者の中で、ストーリー運びとしてはいちばん重要な役。要は、ストーリーのメインは彼女の成り上がり物語でもある、アビゲイル。他の上流階級連中、貴族連中とかね、王様たちのやり取りを、時に虎視眈々と、時に呆れ混じりで見る……そしてそれに対して、彼女がある作戦、手を打つという。要はそのリアクションがまた多くを語り、話を進めていくという、実はストーリーテリング的にはいちばん重要とも言っていい役。このアビゲイルを演じているエマ・ストーン。このエマ・ストーンが、やっぱり唯一、この3人のキャストの中でアメリカ人というね。

このアメリカンな存在感が、ちょうどいい浮き加減というか、ちょうどいいカジュアル感というかね、そういう感じで。あとやっぱり彼女、エマ・ストーンは、基本的にはいい人役ばっかりやってきたから、彼女の役柄としてはちょっとね、「ああ、エマ・ストーンって、こんなに嫌な顔をするんだ!」っていう。「うわっ、不快!」っていう顔をきっちりするあたりもね、なかなか新鮮でしたね。

でもまあやっぱりアビゲイルさんという人は、ちょっとピカレスクロマン的な成り上がりをしてくわけですけど。やっぱり彼女こそが、たとえば社会階層であるとか、あるいは男と女であるとかっていう、そういう権力構造の犠牲になり続けてきた人なので。彼女が溜め込んだ怒り、そしてそれを社会に対して知恵で仕返ししてやる、というかね、知恵で掴んでやるっていう、このことそのものはやっぱり、ある程度の感情移入っていうのは生んだりする、ということですよね。

だから、ある程度の感情移入も生むし、ある程度の「嫌だなこの人たち」っていう感じも、適度にそれぞれ三者三様含んでるあたり。この三すくみバランス。これが見事な構築ですよね。あと、男性陣ではやはり、あのニコラス・ホルト演じる政治家のハーリーさんという方ね。これ、さっきも言いましたけど、本当はアビゲイルのいとこなんですけど。あれのさ、やっぱりニコラス・ホルト。もともとかわいらしい、素敵なきれいな顔をしてますけど。カツラとハイヒールとメイクアップで、本当にグラム・ロック的と言っていいような存在感ですけど。

あれ、でも突拍子もなく見えますけど、あれは結構史実的に、実際ああいう格好をしていたらしいんで。化粧もそうですし、顔料がなんかあんまりいい顔料じゃなくて、ボツボツができちゃったのを隠すために、また星型とかハート型のシールみたいなのを貼って……みたいな。そういうところまで、まあちょっと「男は孔雀のように着飾る」みたいなのを過剰にやっているあたりも、面白かったですね。ちょっと意地悪な感じで見せている感じね。

 

■古典的な意味でも「面白い」ストーリー。現代的な意味でも「面白い」語り口。万人におすすめ!

で、ストーリーライン的にはさっき言ったようにある種古典的だけども、全編ギョッとさせたり不安にさせたり、っていうその演出のシャープさ。完全にやっぱり、ヨルゴス・ランティモス節が味わえますね。たとえばですね、時間がないので絞って言うと、音の演出。これ、ジョニー・バーンさんっていう音響演出の方の仕事なのかな……とにかく、たとえば機械かなんかが「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン……」って断続的に鳴っている音が、ずっと持続的に鳴っている。あるいは印象的なのは、鳩が「ホロッホー、ホロッホー、ホロッホー……」って、ずーっと持続的に鳴り続ける、こういうノイズ的な音が、だんだん大きくなって、何かを感じさせる。非常に不気味な音の演出とかですね。

かと思えば、これはヨルゴス・ランティモスの十八番ですね。いきなり「デデデーンッ!」みたいな、露骨にホラー的だったり、露骨に怖がらせ音楽みたいなのを、完全にブラックジョーク的に放り込んでくる。今回で言うと、2度目の射撃シーンのあの、「ダーン! ジャジャジャーン!」って(笑)。笑っちゃう、っていうあたりとかね。そんなあたりだと思います。

まあそんなこんなで、非常にわかりやすく、古典的な意味で「面白い」ストーリー。そして、現代的、実験的な意味で「面白い」語り口、演出。両方が詰まって、テンポよくどんどんどんどんと飽きさせない、という感じですね。唯一今回、ヨルゴス・ランティモス本来のある種の難解さみたいなものが残っているとしたら、やはり解釈がオープンになっている、ラスト周辺ですね。僕は、二度目に見た時に気付いたのは、最後の方で手紙を焼き捨てるアビゲイル。

あそこでアビゲイルが一筋、涙を流す。あの意味とは? とかですね。あと、やはりラストですね。その、ピカレスク・ロマン的な帰着としては、いったん決着……「ああ、ここで終わりか」と思いきや、もう1回、力関係の転倒が起こる。アン女王にとっては、取り返しのつかない選択をしてしまったかもしれない、という……そしてアビゲイルにとっては、やはりさっきも言いましたけど、権力構造の犠牲にずっとなり続けてきた彼女が、「結局、ここかい……」っていう、この感じ。そして、その両者の胸に去来するものを象徴するかのように、ずーっとゆっくり、なんか多重的に、気持ち悪い感じで重なってくる、ウサギちゃんたちのオーバーラップ。

そのウサギちゃんたちが、アン女王にとっては子供の代用品だったということを考えると、この意味とは?っていうことですよね。で、そこからのエンドクレジット。非常にデザイン的に凝っていて、読みづらいこと著しいエンドクレジットがあって。そこに重なって、エルトン・ジョンの『Skyline Pigeon』という曲。「地平線の鳩」みたいなことかな。『Skyline Pigeon』という曲が流れてくる。

これの歌詞が、要は「あの人はもう行ってしまった」というのを飛び立てない立場から歌う、ような歌なので。これは、アン女王の最後の表情と重ねると、さらにズシーンと来るんじゃないでしょうかね。

みたいな感じで、ヨルゴス・ランティモス作品としては作家性も残しつつ、いちばん見やすい作品で……デート以外なら(笑)、わりと万人に勧めやすい作品なんじゃないかと思います。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。超楽しかった!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画はクリント・イーストウッド監督・主演作『運び屋』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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「追悼:伝説のドラマー、ハル・ブレインに捧ぐ〜ロネッツ『Be My Baby』のイントロ特集」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「追悼:伝説のドラマー、ハル・ブレインに捧ぐ〜ロネッツ『Be My Baby』のイントロ特集」

Be My Baby: The Very Best of The Ronettes

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りいたします。「追悼:伝説のドラマー、ハル・ブレインに捧ぐ〜ロネッツ「Be My Baby」のイントロ特集」。皆さんはハル・ブレインさんをご存知ですか?

【ジェーン・スー】
ハル・ブレインのことは知らなくてもハル・ブレインが叩いたリズムなら、という感じですね。

【高橋芳朗】
堀井さんはいかがですか?

【堀井美香】
聴いたらわかるのではないでしょうか……?

【高橋芳朗】
わかりました。先週の月曜日、3月11日にアメリカの伝説的ドラマー、ハル・ブレインが亡くなりました。90歳でした。ハル・ブレインはスタジオミュージシャンですね。スタジオミュージシャンで構成されたレッキング・クルーのメンバーとして、1960年代〜1970年代のヒットチャートを影で支えたポップミュージック史の超重要人物。一説によると、彼がドラムを叩いている曲は3万5000曲以上。

【ジェーン・スー】
ええーっ? 3500じゃなくて?

【高橋芳朗】
うん、3万5000(笑)。

【堀井美香】
一日に何回叩いてるの(笑)。

【高橋芳朗】
本当に(笑)。だから、ハル・ブレインの名前を知らなくても彼がドラムを叩いてる曲を聴いたことがある可能性は極めて高い。カーペンターズやビーチボーイズ、サイモン&ガーファンクルのヒット曲は結構ハル・ブレインがドラムを叩いていますね。そんなハル・ブレイン伝説でいちばん強力なのが、1966年から1971年までの6年間のグラミー賞の最優秀レコード賞、受賞曲はすべてハル・ブレインがドラムを叩いているという。

【ジェーン・スー】
へー!

【高橋芳朗】
なんじゃそりゃ!っていうね(笑)。

【ジェーン・スー】
もう堀井さんもナレーション界のハル・ブレインになってくださいよ。

【堀井美香】
叩きます!

【高橋芳朗】
3万5000回ね(笑)。そんなハル・ブレインの名演の中でも、特によく知られているのがガールグループのロネッツの1963年のヒット曲「Be My Baby」。今日はこのハル・ブレインがドラムを叩いているポップミュージック史で最も有名なイントロのひとつ、「Be My Baby」の影響を聴いていきたいと思います。「Be My Baby」のイントロってわかります? (机を叩いて)「ドンドドンッ、パンッ! ドンドドンッ、パンッ!」。

【堀井美香】
ああーっ!

【ジェーン・スー】
このリズムはここから始まったってことだよね?

【高橋芳朗】
うん、そういうことです。

M1 Be My Baby / The Ronettes

【高橋芳朗】
実は「Be My Baby」のこの「ドンドドンッ、パンッ!」のリズムパターン、アクシデントから生まれたそうなんですよ。

【ジェーン・スー】
ええっ?

【高橋芳朗】
プロデューサーのフィル・スペクターの指示によると、最初は「バスドラム、スネアドラム、バスドラム、スネアドラム」だったんですって。

【ジェーン・スー】
「ドン、タン、ドン、タン♪」ってこと?

【高橋芳朗】
そうそう。それをリハーサル中だかレコーディング中にハル・ブレインがドラムのスティックを落としちゃって、そのスティックを拾っているあいだにスネアの部分をバスドラムで代用したんだって。それでこの「ドンドドンッ、パンッ!」のリズムが生まれたという。

【ジェーン・スー】
へー、それがいま世界中で馴染みのあるドラムパターンになってるんだ。

【高橋芳朗】
そうなんですよ。しかもさ、一聴した限りではなんの変哲もないビートじゃないですか。

【ジェーン・スー】
それこそ「パンパパン、フウーッ!」みたいなのもここから来てるわけでしょ?

【高橋芳朗】
そう、ヲタ芸もここからきてるんだもんね。じゃあ、ここでちょっと「Be My Baby」のドラムパターンにインスパイアされたヒット曲をいくつか集めてみたので聴いてみましょうか。まずはこちら、洋楽ポップスとしてはこれがいちばん有名かな?

M2 Say Goodbye to Hollywood / Billy Joel

Say Goodbye to Hollywood

【高橋芳朗】
堀井さんが大好きな人ですよ。

【堀井美香】
ああ、もう大好きです(笑)。

【高橋芳朗】
これは誰の曲でしょう?

【堀井美香】
ビリー・ジョエルでございます。

【高橋芳朗】
正解です! これはもう思いっきり「ドンドドンッ、パンッ!」のリズムパターンですね。

【ジェーン・スー】
浜省にもこういうのあるよね。

【高橋芳朗】
ありますあります。佐野元春さんにもありますね。「Say Goodbye to Hollywood」は本家ロネッツのリードボーカル、ロニー・スペクターがカバーしていたりします。

【ジェーン・スー】
へー!

【高橋芳朗】
じゃあ次いってみましょう。これはちょっとわからないかもしれないけど、どうかな?

M3 Just Like Honey / The Jesus & Mary Chain

Psychocandy

【高橋芳朗】
これはオルタナティブロック系です。

【ジェーン・スー】
リスナーさんでわかる人はわかってるんじゃないかな?

【高橋芳朗】
これはソフィア・コッポラの映画『ロスト・イン・トランスレーション』のエンドロールでかかる曲。ジーザス&メリー・チェインの「Just Like Honey」です。「Be My Baby」のイントロはビリー・ジョエルみたいな王道のポップスはもちろん、こういうオルタナティブロックでも使われているんですね。

【ジェーン・スー】
ふーん!

【高橋芳朗】
次は応用編としてこちらをどうぞ!

M4 夢で逢えたら / シリア・ポール

夢で逢えたら

【高橋芳朗】
シリア・ポールさんの「夢で逢えたら」。吉田美奈子さんがオリジナルですけど、こちらの方がよりロネッツ寄りなアレンジになっています。もう一曲、こちらも応用編です。

M5 You May Dream / シーナ&ザ・ロケッツ

YOU MAY DREAM

【高橋芳朗】
わかります? 最近朝ドラの『半分、青い。』で挿入歌として流れていたシーナ&ザ・ロケッツの「You May Dream」。

【ジェーン・スー】
このリズムを使った曲は必然的に甘酸っぱくなるんだね。

【高橋芳朗】
うんうん。これはプロデューサーの細野晴臣さん一流の遊び心が発揮された感じですね。最後はこちら。これは思いっきり「Be My Baby」です。

M6 世界中の誰よりきっと / 中山美穂 & WANDS

世界中の誰よりきっと

【ジェーン・スー】
ああーっ! ミポリン!

【高橋芳朗】
そう、中山美穂さんとWANDSですね。

【ジェーン・スー】
「世界中の誰よりきっと♪」

【高橋芳朗】
こんな感じで「Be My Baby」のイントロのドラムパターンは至るところで使われているんですけど、ここからはわたくし高橋芳朗が選んだ「Be My Baby」のイントロに影響を受けた曲の傑作選を2曲、洋楽と邦楽で1曲ずつ紹介したいと思います。まず1曲目、洋楽編はニューヨークの女性シンガーソングライター、ラナ・デル・レイとR&Bシンガーのザ・ウィークエンドがコラボした「Lust for Life」。これは2017年、最近の作品です。この曲はミュージックビデオを見てもらえばわかると思うんですけど、ロネッツ「Be My Baby」の直球オマージュ。ロネッツのオールディーズ感覚を見事に現行のポップミュージックのモードに落とし込んでいます。めちゃくちゃ遅くてものかなしいけど「Be My Baby」のビートはしっかり鳴ってるので注意して聴いてみてください。

M7 Lust for Life feat. The Weeknd / Lana Del Rey

【高橋芳朗】
では最後、邦楽編です。邦楽編は、ようやくこのコーナーで松田聖子さんの曲をかけられる!

【ジェーン・スー】
おおっ!

【高橋芳朗】
松田聖子さんの「一千一秒物語」。1981年の作品です。これは応用編というか、曲自体はサビ始まりなんですよ。でもサビ始まりなんですけど、サビが明けた後に「ドンドドンッ、パンッ!」のリズムが登場しますので注目してください。これは作詞は松本隆さん、作曲は大瀧詠一さんです。

M8 一千一秒物語 / 松田聖子

一千一秒物語

【ジェーン・スー】
もうアイドルソングのキモ中のキモっていう感じですね。

【高橋芳朗】
うん、王道ですね。

【ジェーン・スー】
この展開といい、サビ始まりの感じといいね。「ドン、ドドンッ、フウーッ!」って。

【高橋芳朗】
古いアイドルソングだと新田恵利さんの「冬のオペラグラス」のイントロも「ドンドドンッ、パンッ!」ですね。

【ジェーン・スー】
(モノマネで)「白い雪が〜♪」。

【高橋芳朗】
フフフフフ、相変わらずさらっと歌詞が出てくるね。

【ジェーン・スー】
中途半端なモノマネなら任せて!

【高橋芳朗】

というわけでロネッツ「Be My Baby」のイントロのオマージュ作品、洋楽邦楽といろいろと聴いてきました。このリズムを使った曲はまだまだ大量にあるので、皆さんのライブラリからも「ドンドドンッ、パンッ!」を探してみてはいかがでしょう。あと、ハル・ブレインについてより詳しく知りたい方はドキュメンタリー映画『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』をチェックしてみてください。アマゾンなどで配信されています。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

3/18(月)

(11:09) Glamour Profession / Steely Dan
(11:28) Give it to the Kids / Ben Sidran
(11:37) I Did it All for Love / Robert Byrne
(12:14) The Wonder of it All / Adrian Gurvitz
(12:25) Let’s Just Live Together / Brian Elliot
(12:49) 愛は思うまま / 吉田美奈子

3/19(火)

(11:05) I Only Want to Be with You / Dusty Springfield
(11:27) 442 Glenwood Avenue / The Pixies Three
(11:38) Young Lovers /Lesley Gore
(12:13) He’s So Fine / The Chiffons
(12:23) I’m Into Something Good / The Cookies
(12:51) Do-Wah-Diddy / The Exciters

3/20(水)

(11:05) Radio Radio / Elvis Costello & The Attractions
(11:23) So It Goes / Nick Lowe
(11:35) Poison Ivy / The Lambrettas
(12:15) Hey Little Rich Girl 〜哀しきディスコ・レイディ〜 / The Specials
(12:50) トランジスタ・ラジオ / RCサクセション

3/22(金)

(11:04) Ten Percent / Double Exposure
(11:19) Chances Go Around / First Choice
(11:31) More / Carol Williams
(12:11) We’re Getting Stronger / Loleatta Holloway

「映画『ブラック・クランズマン』公開記念〜プリンスが歌うあの曲の意味を探る」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「映画『ブラック・クランズマン』公開記念〜プリンスが歌うあの曲の意味を探る」

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「映画『ブラック・クランズマン』公開記念〜プリンスが歌うあの曲の意味を探る」。

【ジェーン・スー】
悔しい! まだ見ていない!

【高橋芳朗】
『ドゥ・ザ・ライト・シング』『マルコムX』などでおなじみスパイク・リー監督の映画『ブラック・クランズマン』。第91回アカデミー賞で脚色賞を受賞したことでも話題になったスパイク・リー監督の最新作が3月22日より公開になりました。今日はこの『ブラック・クランズマン』のエンドロールで流れるプリンスの「Mary, Don’t You Weep」についてお話ししたいと思います。まずは映画の概要を説明しますね。

【ジェーン・スー】
お願いします。

【高橋芳朗】
これは映画のフライヤーからの抜粋になります。「黒人刑事が白人至上主義の過激派団体KKK(クー・クラックス・クラン)に潜入捜査するという衝撃の実話を映画化。人種差別問題が加熱するアメリカを背景に、KKKへの潜入捜査をコミカルかつ軽快なタッチで描きながらも時に緊張感を交え、見るものに強烈なメッセージを残すリアルクライムエンターテインメント」と。

【ジェーン・スー】
これさ、どうやって潜入するの? まず最初が気になるよね。

【高橋芳朗】
それは……あ、言わない方がいいのかな?(笑)

【ジェーン・スー】
そうだよ、楽しみにしてるんだから。頼むわ!

【高橋芳朗】
すいません(笑)。この『ブラック・クランズマン』、いまの説明にもあるように緊張と緩和を織り交ぜたストーリー運びが絶妙なんだけど、最終的にはハードな現実を正面から思いっきり突きつけてきます。まさに人種差別問題の根深さを改めて思い知らされる内容になっているんですが、そんな映画の最後、エンドロールで流れる曲がプリンスの「Mary, Don’t You Weep」になります。

M1 Mary, Don’t You Weep / Prince

【高橋芳朗】
この「Mary, Don’t You Weep」はプリンスが1983年に残したピアノの弾き語りによる未発表音源集『Piano & a Microphone 1983』に収録されている曲なんですけど、実はプリンスのオリジナル曲ではありません。南北戦争以前、19世紀から歌われている黒人霊歌なんですよ。1960年代にはフォークシンガーのピート・シーガーが歌ったことによって公民権運動のキャンペーンソングとしてリバイバルしました。

M2 Mary, Don’t You Weep / Pete Seeger

【高橋芳朗】
先ほど紹介したプリンスのバージョンは歌詞を変えて歌っているんですけど、オリジナルの歌詞は基本的に「メアリー、泣かないで。ファラオの軍は海に沈んだのだから」というフレーズの繰り返しになります。これはどういうことかというと、旧約聖書の出エジプト記に基づく歌詞になっているんです。エジプトで奴隷にされていたユダヤ人をモーゼが海を割って逃して、彼らを追ってきたエジプトの王ファラオの軍隊が海にのまれて全滅するという、あのお話に由来しています。

つまり「Mary, Don’t You Weep」は要約すると「神様は信じる者を守って、いずれ悪を罰してくれる」という歌になります。だから『ブラック・クランズマン』は非常にヘビーな後味の映画ですけど、最後にこの「Mary, Don’t You Weep」を流すことによって希望や救い、祈りを提示していると。神様はいずれ悪を罰してくれる、差別主義者はいつか必ず滅びるだろうと暗に示しているわけです。

そして、いま流れているピート・シーガーのものと共に「Mary, Don’t You Weep」のよく知られているバージョンがゴスペルグループのスワン・シルバートーンズによる録音になります。これもピート・シーガーと同じ1959年の作品ですね。

M3 Mary, Don’t You Weep / Swan Silvertones

【高橋芳朗】
ピート・シーガーのものともまたちょっと印象が違いますね。

【ジェーン・スー】
ああ、本当だ。ぜんぜん違うね。

【高橋芳朗】
このスワン・シルバートーンズの「Mary, Don’t You Weep」は途中にアドリブでこんなフレーズが入るんですよ。「I’ll be a bridge over deep water if you trust in my name」。直訳すると「私を信じるならば私は深い海に架かる橋になろう」みたいな意味になるんですけど、実はこのフレーズにインスパイアされて作られたのがサイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋)なんです。1970年の大ヒット曲。

【ジェーン・スー】
へー、そうなんだ!

【高橋芳朗】
「明日に架ける橋」はベトナム戦争や公民権運動で混迷するアメリカの社会情勢を受けて作られた曲で、歌詞の大意はこんな内容です。「君が苦しんでいるときは僕が支えになろう。荒れる海に架かる橋のように、自分の身を投げうってでも君の力になろう」と。これはもう完全に「Mary, Don’t You Weep」の意義を継承した歌と言っていいでしょうね。

「明日に架ける橋」の成り立ちは同じように黒人霊歌の「No More Auction Block」にインスパイアされて作られて公民権運動のアンセムになったボブ・ディランの「風に吹かれて」(Blowin in The Wind)に非常によく似ていますが、「明日に架ける橋」も「風に吹かれて」も両方ともゴスペルのスタンダードになっているのはこういう黒人霊歌に基づくバックグラウンドによるところも大きいのではないかと。「明日に架ける橋」は皆さんよくご存知の曲だと思いますが、こうした背景を踏まえるとまた聞こえが変わってくるのではないでしょうか。

M4 Bridge Over Troubled Water / Simon & Garfunkel

【高橋芳朗】
あまりに名曲すぎてちゃんと向き合って聴くこともなかなかないんですけど……うん、しょうもない感想ですがしみじみいい曲だなーと(笑)。

【堀井美香】
本当にいい曲(笑)。

【ジェーン・スー】
堀井さんが曲を聴きながら「平成も終わるなー」って(笑)。

【堀井美香】
一時期通っていたスナックのママがいちばん最後に必ず歌う曲がこれだったの(笑)。

【ジェーン・スー】
そうなんだ、スナックのママ(笑)。

【高橋芳朗】
でも確かに、いろいろなものをまとめてくれる歌かもしれませんね。スナックの閉店時に歌うのも「平成も終わるなー」ってフレーズにもすごくしっくりくる(笑)。あ、ちなみにこの曲でドラムを叩いているのは先週追悼企画をお届けした伝説のドラマー、ハル・ブレインです。

で、この「明日に架ける橋」、そして「明日に架ける橋」のインスパイア源になった「Mary, Don’t You Weep」、両方の曲を歌っているシンガーがいるんですよ。それは昨年他界したソウルの女王、アレサ・フランクリン。

【ジェーン・スー】
さすが。すべてを自分の曲にする女!

【高橋芳朗】
フフフフフ。アレサ版の「Mary, Don’t You Weep」は1972年、教会で行ったライブパフォーマンスを収めたゴスペルの名盤『Amazing Grace』に収録されています。

M5 Mary, Don’t You Weep / Aretha Franklin

【高橋芳朗】
そしてアレサ・フランクリンとスパイク・リーといえば、スパイク・リー監督の1992年の映画『マルコムX』。あの映画のエンドロールで流れる曲はアレサ・フランクリンが歌うダニー・ハサウェイのカバー「Someday We’ll All Be Free」(いつか自由に)でした。ダニー・ハサウェイの「Someday We’ll All Be Free」も公民権運動の盛り上がりを受けて作られた曲で「いつの日か我々は自由になるんだ」というメッセージソング。『ブラック・クランズマン』の最後に流れる「Mary, Don’t You Weep」も『マルコムX』の最後に流れる「Someday We’ll All Be Free」も、両方とも未来に希望をつなげるという意味で映画のなかで同じような役割を果たしているんですね。

M6 Someday We’ll All Be Free / Aretha Franklin

マルコムX
【高橋芳朗】
ただ、『ブラック・クランズマン』の最後に流れる「Mary, Don’t You Weep」も『マルコムX』の最後に流れる「Someday We’ll All Be Free」も両方とも希望を提示しているとも言えるんだけど、公民権運動の時代に民衆を鼓舞していた曲をいまもこうして歌い続けなくてはいけないということは、まだまだ戦いは続いているということ、まだまだ問題は解消されていないということでもあるわけです。「Black Lives Matter」時代のアメリカ、トランプ政権下のアメリカの現状を知る意味でも『ブラック・クランズマン』、必見の一本です。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

3/25(月)

(11:05) If You Were There / Wham!
(11:21) Heaven Is a Secret / Spandau Ballet
(11:32) I Cannot Believe It’s True / Phil Collins
(11:41) Last Chance / Level 42
(12:11) Marine Boy / Haircut 100
(12:25) TKO / Elvis Costello & The Attractions
(12:51) ストレート・ライフ / 上田正樹

3/26(火)

(11:07) Love The One You’re With /Stephen Stills
(11:25) I Can’t Hear You No More / Carole King
(11:37) Domino / Van Morrison
(12:13) Love’ll Get You Hight /Jo Mama
(12:23) Ready for Love /The Rascals

3/27(水)

(11:05) Cool Jerk / The Capitols
(11:21) Baby Don’t You Do It / Marvin Gaye
(11:35) You’ve Been Cheatin’ / The Impressions
(12:13) Do I Love You / Frank Wilson
(12:50) そんなに悲しくなんてないのさ / 古市コータロー

3/28(木)

(11:03) Waiting in Vain / Bob Marly & The Wailers
(11:40) Can’t Go Through With Life / Marie Pierre
(11:14) Once Upon a Time / The Main Attractions
(12:22) Silly Games / Janet Kay
(12:49) コンポジション・1 / 南佳孝

3/29(金)

(11:03) Rock the Boat / The Hues Corporation
(11:23) More, More, More / Andrea True Connection
(11:36) Casanova Brown / Gloria Gaynor
(12:09) Spring Affair / Donna Summer

「祝・生誕80周年&未発表アルバム発売記念〜史上最高のソウルシンガー、マーヴィン・ゲイの影響を聴いてみよう!」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「祝・生誕80周年&未発表アルバム発売記念〜史上最高のソウルシンガー、マーヴィン・ゲイの影響を聴いてみよう!」

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「祝・生誕80周年&未発表アルバム発売記念〜史上最高のソウルシンガー、マーヴィン・ゲイの影響を聴いてみよう!」。今年はマーヴィン・ゲイ生誕80周年。誕生日は1939年4月2日でした。ちなみに命日は誕生日の前日の1984年4月1日。享年44歳。

【ジェーン・スー】
つらいね。いまの私より若かったんだね。

【高橋芳朗】
うん。しかも、お父さんに射殺されるという本当に悲しい最期でした。そんなマーヴィン生誕80年を祝して、3月29日には1972年に発売されるはずだったもののお蔵入りになっていた未発表アルバム『You’re the Man』のリリースが実現しています。本日はそのマーヴィン・ゲイが与えた影響、マーヴィン・ゲイのオマージュ曲を聴いていきましょう。まずは先週金曜日にリリースされた『You’re the Man』から1曲紹介したいと思います。

M1 Where Are We Going? / Marvin Gaye

You're The Man
【高橋芳朗】
素晴らしいですね。これをお蔵入りにする天才の気持ちが理解できない(笑)。

【ジェーン・スー】
うん、わからない。

【高橋芳朗】
普通に代表曲になるレベルなんじゃないかっていうね。では、さっそくマーヴィン・ゲイの影響を受けたと思われる曲を聴いていこうと思いますが、今日これからかける曲はマーヴィンの数ある作品の中でも1971年の名盤『What’s Going on』のころの彼を意識したであろう曲に絞りました。いまうしろで流れていますね。

BGM What’s Going On / Marvin Gaye

What's Going on
そして今日紹介するマーヴィン・ゲイの影響をうかがわせる曲は、あえてすべて邦楽、日本のポップスから選んでみました。70年代から1曲、80年代から1曲、90年代から1曲、計3曲お届けしたいと思います。

まずは70年代編。これは名曲ですね、大貫妙子さんの「都会」。1977年リリースの名盤『Sunshower』の収録曲です。この曲はまずイントロのホーンが「What’s Going on」風。リズムもおそらく「What’s Going on」に着想を得たんじゃないでしょうか。アレンジは坂本龍一さん。さらにベースを弾いているのは細野晴臣さんですが、細野さんのベースラインを追いかけながら聴くのも楽しいと思います。

M2 都会 / 大貫妙子

SUNSHOWER
【ジェーン・スー】
オシャンティーやねぇ。素晴らしい!

【高橋芳朗】
最高のお昼ですよ。いま我々はコーヒーを飲みながら聴いています。

【ジェーン・スー】
ねぇ。このままどこかに行っちゃおうか?

【高橋芳朗】
もう消えてしまいたい。

【ジェーン・スー】
堀井さんも目が遠い、目が遠い……。

【高橋芳朗】
目が遠いですよ、堀井さん。大丈夫ですか?

【堀井美香】
デパ地下行きたい……。

【高橋芳朗】
フフフフフ、意味がわからないんですけど。

【堀井美香】
桜のデザートとかを買ってね。

【ジェーン・スー】
それで公園に行ってね。

【高橋芳朗】
「公園に行きたい」って言えばいいじゃないですか(笑)。

【ジェーン・スー】
そうですよ。なんでデパ地下から始めるのよ。

【堀井美香】
デパ地下からの公園、桜……。

【高橋芳朗】
続いては80年代編。これも名曲、ピチカート・ファイヴの「惑星」。1988年リリースの『Bellissima!』収録曲です。ボーカルを務めるのは、当時すでに並行してオリジナル・ラブとしても活動をしていした田島貴男さん。この曲は作曲も田島さんが手がけています。スーさん、田島貴男さんはどんなふうに歌う方でしたっけ?

【ジェーン・スー】
(モノマネで)「あ〜ま〜くぅ〜♪」、やめて!

【高橋芳朗】
フフフフフ。

【ジェーン・スー】
私が怒られるから! (モノマネで)「くぅ〜ちず〜けをか〜わす〜♪」。

【高橋芳朗】
この曲も大貫妙子さんの「都会」同様、リズムが「What’s Going on」的。あとは波が押し寄せるようなストリングスがもろに「What’s Going on」のころのマーヴィンですね。まさにストリングスで高揚させられる感じです。

M3 惑星 / ピチカート・ファイヴ

ベリッシマ
【高橋芳朗】
これ、厳密には「What’s Going on」というよりもアルバム『What’s Going on』の2曲目、「What’s Going on」の連作的な「What’s Happening Brother」の影響を受けていると思われます。

では、最後は90年代編です。90年代編は、稲垣潤一さんの「Get Back To Myself」。こちらは1991年リリースのアルバム『Will』の収録曲です。スーさん、稲垣潤一さんはどんな歌い方でしょう?

【ジェーン・スー】
もうさ、私怒られるから!

【高橋芳朗】
アハハハハハハ!

【ジェーン・スー】
(モノマネで)「クーリスーマスキャロル……♪」、もうやめようよ!

【高橋芳朗】
フフフフフ。

【ジェーン・スー】
これは完成度低かった。

【高橋芳朗】
いや、なかなかいいと思いますよ。

【ジェーン・スー】
この宴会芸を公共の電波で流すのは(笑)。

【高橋芳朗】
この曲、ユニバーサルミュージックのホームページに「マーヴィン・ゲイのオマージュ」と書かれているからきっとご本人もマーヴィンからの影響を認めているんじゃないかと。「What’s Going on」をAOR化、シティポップ化したような曲ですね。

M4 Get Back To Myself / 稲垣潤一

Get Back To Myself
【高橋芳朗】
マーヴィン・ゲイの影響が強く打ち出されているんだけど、でも紛れもなく稲垣さんの曲になっているという。

【ジェーン・スー】
スマートでしたね。

【高橋芳朗】
というわけで以上3曲紹介してきました。今年はマーヴィン・ゲイ生誕80周年であると同時に、彼が所属していたモータウンが設立60周年。モータウン関連の企画をいろいろとやっていこうと思っているのでお楽しみに!

生活が踊る歌 -TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』音楽コラム傑作選- 生活が踊る歌 -TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』音楽コラム傑作選-

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

4/1(月)

(11:02) Move On Up / Curtis Mayfield
(12:21) Family Affair / Sly & The Family Stone
(12:47) 返事はいらない / 荒井由実
※新元号発表のため番組内容を変更してお送りしました。

4/2(火)

(11:05) What ‘Cha Gonna Do for Me / Ned Doheny
(11:25) We Can Work it Out / Chaka Khan
(11:39) I Don’t Want You Anymore / Tavares
(12:12) Win or Lose / Earth Wind & Fire
(12:23) Shine / Average White Band
(12:51) メビウスの輪 / 大橋純子

4/3(水)

(11:05) Don’t Get Me Wrong / The Pretenders
(11:26) Walking Down Your Street / Bangles
(11:37) And She Was / Talking Heads
(12:11) Season Cycle / XTC
(12:24) Press / Paul McCartney
(12:49) B TO F / ムーンライダーズ

4/4(木)

(11:05) Love So Fine / Roger Nichols & The Small Circle of Friends
(11:34) Within You / Inner Dialogue
(11:38) Hope / The Carnival
(12:15) Rene de Marie / Triste Janero
(12:25) Masquerade / Sergio Mendes & Brasil ’66
(12:52) 美しい朝 / 赤い鳥

4/5(金)

(11:04) Celebration / Kool & The Gang
(11:24) Get On the Floor / Micheael Jackson
(11:35) Let’s Spend Some Time / Slave
(12:10) Got to Love Somebody / Sister Sledge

「書籍『ヨット・ロック』刊行記念〜ドライブ映えするヨットロック/AOR傑作選」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「書籍『ヨット・ロック』刊行記念〜ドライブ映えするヨットロック/AOR傑作選」

ヨット・ロック AOR、西海岸サウンド黄金時代を支えたミュージシャンたち

書籍『ヨット・ロック』刊行記念〜ドライブ映えするヨットロック/AOR傑作選http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190412123414

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【ジェーン・スー】
さあ、ヨシくん。初の番組本にしてヨシくんの新刊『生活が踊る歌〜TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」音楽コラム傑作選』が発売中ということで。なんでも売れまくっているらしいじゃないですか!

【高橋芳朗】
ありがとうございます! おかげさまで増刷もすぐに決まりまして。

【ジェーン・スー】
このあいだ能町みね子さんと代官山蔦屋書店でイベントをやったんですけど、そのときお店の在庫をかき集めても7冊しか残ってなくて。それもすぐに売れちゃいましたけどね。増刷分がそろそろ入荷する?

【高橋芳朗】
うーん、もうちょっとかかるかな?

【ジェーン・スー】
もう見たら買わないとなくなっちゃうぞっていうね。

【高橋芳朗】
よろしくお願いします! 音楽コラムのパートは『関ジャム』や『バナナゼロミュージック』みたいな分析型の音楽番組が好きな方に強くおすすめ。あと、音楽配信サービスに登録したもののいまいちうまく使いこなせていないという方は巻末の2年分約2000曲の番組選曲リストをうまく活用していただけますと。ここに載ってる曲をどんどんプレイリスト化していけばかなり充実した音楽生活が送れるはず。

【堀井美香】
芳朗さんとスーさん、お二人のインタビューも載ってるということで。

【ジェーン・スー】
『生活が踊る歌』、ぜひ読んでみてください。では今日のテーマをお願いします!
生活が踊る歌 -TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』音楽コラム傑作選-

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「書籍『ヨット・ロック』刊行記念〜ドライブ映えするヨットロック/AOR傑作選」。4月10日がヨットの日だったということで。

【ジェーン・スー】
「410」で「ヨット」(笑)。

【高橋芳朗】
ヨットロックはこの番組でもたびたび紹介してきましたが、日本でいうところのAOR的な音楽ですね。代表的なアーティストは、ボズ・スキャッグス、マイケル・マクドナルド、スティーリー・ダン、ボビー・コールドウェルなど。で、そういうAOR的な音楽が「ヨットロック」の名でここ数年リバイバルしているという。

【ジェーン・スー】
していますねー。

【高橋芳朗】
そんな動きに合わせて、3月22日にDU BOOKSよりヨットロックの実態や魅力に迫る書籍『ヨット・ロック AOR、西海岸サウンド黄金時代を支えたミュージシャンたち』が刊行されました。

【ジェーン・スー】
これは誰の本なの?

【高橋芳朗】
去年アメリカで刊行された『The Yacht Rock Book』を翻訳したものですね。

【ジェーン・スー】
ああ、翻訳本なのか。

【高橋芳朗】
70〜80年代に活躍した53名のミュージシャンの証言を軸に構成した、非常に資料的/歴史的価値の高い一冊です。そして私、僭越ながらこの本の解説を書かせていただいております。

【ジェーン・スー】
おおー、なるほど!

【高橋芳朗】
本日はそんなヨットロック本の刊行を祝してドライブ映えするヨットロックを紹介していきたいと思います。これはゴールデンウィーク、10連休を視野に入れた企画でもあります。

【堀井美香】
素敵!

【高橋芳朗】
もう風と一体になれるような、爽やかな疾走感の曲ばかり。

【ジェーン・スー】
行くぜ! 飛ぶぜ!

【高橋芳朗】
渾身の選曲で4曲お届けしますね。まず1曲目はエイドリアン・ガーヴィッツの「Love Space」。1979年の作品です。エイドリアン・ガーヴィッツはイギリス人のシンガーソングライター。ホイットニー・ヒューストン主演の映画『ボディガード』のサウンドトラックに楽曲提供してグラミー賞を受賞しています。この曲は近年のディスコミュージックのリバイバルでも再評価された曲ですね。

M1 Love Space / Adrian Gurvitz

スウィート・ヴェンデッタ(甘い復讐)
【ジェーン・スー】
首都高走ってるイメージだね。

【堀井美香】
私は千葉がいいです。

【ジェーン・スー】
千葉がいいの? わかった(笑)。辰巳埠頭あたりから乗ろうかと思ったんだけど……千葉だったら海ほたるか。

【高橋芳朗】
海ほたるだったら次の曲の方が合ってると思いますよ。2曲目はピーター・アレンの「Don’t Wish Too Hard」。これも1979年の曲です。ピーター・アレンはオーストラリアのシンガーソングライター。クリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ セレナーデ」のソングライターのひとりとしてアカデミー賞歌曲賞を受賞しています。この曲もディスコ文脈で結構人気の高い曲ですね。

M2 Don’t Wish Too Hard / Peter Allen

アイ・クッド・ハヴ・ビーン・ア・セイラー
【ジェーン・スー】
初めて聴きましたけど……こんなに構成に照れがない曲もなかなかないっていう。

【高橋芳朗】
フフフフフ、思い切りがいいですよね。

【ジェーン・スー】
ツーステップ踏みながら踊って歩いて行きたくなる。

【堀井美香】
なんかこう、おバカになれそうな曲ですね。「わーっ!」って。

【ジェーン・スー】
これ、ヤバい! 私これ好き!

【高橋芳朗】
続いて3曲目はジノ・ヴァネリの「Jack Miraculous」。1974年の曲です。今回取り上げるシンガーのなかでは比較的知られているほうかな? カナダ人のシンガーソングライターで、1978年の「I Just Wanna Stop」のヒットで有名ですね。この曲は熱く疾走する、体感速度が5キロぐらい上がるような曲。「そんなにスピード出さないで!」みたいなね。

【ジェーン・スー】
ええっ、本当?

M3 Jack Miraculous / Gino Vannelli

Powerful People
【高橋芳朗】
もう誰よりも歌っている本人が気持ちよさそうっていう(笑)。

【ジェーン・スー】
これは……ちょっと客観性がないのでは?(笑)

【高橋芳朗】
フフフフフ、尾崎紀世彦さんみたいにマイクをヘソの位置ぐらいに持って歌ってる感じ。

【ジェーン・スー】
尾崎紀世彦さんと布施明さんと田島貴男さんの3人で歌ってほしい(笑)。

【堀井美香】
気持ちよさそう(笑)。

【高橋芳朗】
最後、4曲目はアーチー・ジェイムス・キャヴァナーの「Make Me Believe」。1980年の作品です。この人はアラスカ出身のシンガーソングライター。

【ジェーン・スー】
ええっ? アラスカはヨットないじゃん!

【高橋芳朗】
これはいわゆる発掘系ですね。自主制作の幻の名盤としてずっと入手困難だったのが2000年にようやくCD化されて、それで広く聴かれるようになったという経緯があります。これはもうドライブのBGMとしてパーフェクトな曲ですね。

M4 Make Me Believe / Archie James Cavanaugh

ブラック・アンド・ホワイト・レイヴン
【高橋芳朗】
というわけでドライブ映えするヨットロック/AOR傑作選4曲、いかがだったでしょうか。ゴールデンウィークの行楽のお供にぜひ。

【ジェーン・スー】
私はピーター・アレン「Don’t Wish Too Hard」とジノ・ヴァネリ「Jack Miraculous」が好きだったな。

【堀井美香】
私も3曲目のジノ・ヴァネリ。

【高橋芳朗】
みんななんだかんだ客観性のないやつが好きなんじゃん(笑)。

【堀井美香】
ジノ・ヴァネリはスピード違反で警察に捕まった感覚……。

【高橋芳朗】
フフフフフ、スピード違反ね。それから『ヨット・ロック』の刊行に合わせてそのサウンドトラックと言えるようなコンピレーションアルバム『This Is Yacht Rock』が4月24日にワーナーミュージックからリリースされます。CD2枚組で36曲収録。ヨットロックの入門編として、そちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。
ディス・イズ・ヨット・ロック

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

4/8(月)

(11:04) Nothin’ You Can Do About It / Leslie Smith
(11:26) I Want Love to Fine Me / Brenda Russell
(11:37) Look Who’s Lonely Now / Randy Crawford
(12:12) Take Me to Your Heaven / Stevie Woods
(12:23) If You Don’t Want My Love / Bobby King
(12:50) 純情 / 尾崎亜美

4/9(火)

(11:04) Breakout / Swing Out Sister
(11:24) New Day for You / Basia
(11:37) It Didn’t Matter / The Style Council
(12:14) Laying On the Sofa / Isabelle Antena
(12:50) Super Girl / 岡村靖幸

4/10(水)

(11:04) Alphabet St. / Prince
(11:23) The Way You Make Me Feel / Michael Jackson
(11:36) Love of a Lifetime / Chaka Khan
(12:12) Fool’s Paradise / Meli’sa Morgan
(12:24) Happy / Surface

4/11(木)

(11:05) The Drifter / Harpers Bizarre
(12:21) Someday Man / The Casuals
(12:36) Bitter Honey / The Holy Mackerel
(12:12) Out in the Country / Three Dog Night
(12:21) I Kept On Loving You / Carpenters
(12:52) We’ve Only Just Begun / Mark Lindsay

4/12(金)

(11:04) The Boss / Diana Ross
(11:26) Let Me Down Easy / First Choice
(11:35) I Want to Give You Me / Inner Life
(12:12) It’s a Better Than Good Time / Gladys Knight & The Pips

「ライブドキュメンタリー『Homecoming』公開記念〜ビヨンセを聴けば生活が踊る!」(高橋芳朗の洋楽コラム)

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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム

「ライブドキュメンタリー『Homecoming』公開記念〜ビヨンセを聴けば生活が踊る!」

ライブドキュメンタリー『Homecoming』公開記念〜ビヨンセを聴けば生活が踊る!http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190419123558

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

【ジェーン・スー】
『生活は踊る』初の番組本『生活が踊る歌〜TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」音楽コラム傑作選』が好評発売中です! ようやく二刷りが店頭に並び始めたそうですね。

生活が踊る歌 -TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』音楽コラム傑作選-

【高橋芳朗】
一部オンライン書店などで品切れを起こしていたんですけど、本日より増刷分が出回っております!

【ジェーン・スー】
みんな買って! 増刷分もどんどん枯らしちゃって!

【高橋芳朗】
枯らしちゃって!

【ジェーン・スー】
なんとか三刷り行きたいよね。メールも来ております。ラジオネーム「あっと驚くタメゴロー」さん。「ほとんど毎日聴かせていただいております。前から気になっていたんですが、番組でかかっているセンスのいいソウルナンバーはどなたの選曲ですか? スーさんにしてはもう少し年齢の上の方の選曲に思えますが?」と。

【高橋芳朗】
完全にプロファイリングされちゃってますね(笑)。僕です!

【ジェーン・スー】
あっと驚くタメゴローさん、選曲はこの人、高橋芳朗さんでございます。では、今週も音楽コラムよろしくお願いします!

【高橋芳朗】
「スーチェラ」、始めてみましょうか!

【ジェーン・スー】
行くわよ!

【高橋芳朗】
本日のテーマはこちら! 「ライブドキュメンタリー『Homecoming』公開記念〜ビヨンセを聴けば生活が踊る!」。いま欧米のポップミュージックシーンはこの話題で持ちきりです。今週17日、R&BシンガーのビヨンセがNetflixで映画『Homecoming』を公開しました。これは昨年の4月、アメリカの野外音楽フェスティバル「コーチェラ」、いまやアメリカ最大規模のポップカルチャーイベントと言っていいと思いますが、そのコーチェラでヘッドライナーを務めたビヨンセのパフォーマンスと舞台裏を追った長編ドキュメンタリーになります。ビヨンセは1999年から始まったコーチェラの歴史上初の黒人女性ヘッドライナーとしてステージに上がって、総勢100名以上におよぶダンサーやマーチングバンドと共に圧巻のパフォーマンスを繰り広げました。

【ジェーン・スー】
ホント圧巻! この時代、ビヨンセと同時代に生きていて本当に良かった!

【高橋芳朗】
このビヨンセのパフォーマンスを海外メディアは「アメリカ文化のターニングポイント」「歴史的偉業」などと大絶賛。そんな伝説のステージがついに映像化されたということで非常に大きな話題を集めているわけです。このコーチェラのビヨンセがなぜ「アメリカ文化のターニングポイント」だとか「歴史的偉業」だとかと言われているのかというと、基本的に白人の観客が多くを占めるロック主体のフェスティバルコンサートであるコーチェラにおいて、彼女は黒人文化の集大成といえるような緻密で完璧なステージを披露してオーディエンスを圧倒してみせたんです。もう圧倒したというより「ねじ伏せた」という感じでしたけどね。

【ジェーン・スー】
「私たちの文化を持っていくことが大事なんだ」って言っていましたよね。「自分の頭に乗せる花冠よりも大事」って。

【高橋芳朗】
ビヨンセがコーチェラのステージに立つ2ヶ月ほど前にはマーベル初の黒人ヒーローの活躍を描いた映画『ブラックパンサー』が全米公開されてハリウッドの常識を覆す大ヒットを収めていますが、コーチェラのビヨンセはこの『ブラックパンサー』と同等のカルチャーインパクトを与えたと言っていいのではないかと。まさにアメリカのポップカルチャーがアップデートされた数ヶ月だったわけです。

【ジェーン・スー】
うん。本当にそう思いました。

【高橋芳朗】
アメリカではここ数年の人種差別撤廃を求める運動「Black Lives Matter」を経て、黒人文化の素晴らしさを讃える「Black Excellence」という言葉が広まっていますが、映画『ブラックパンサー』とコーチェラのビヨンセはそんな「Black Excellence」の象徴と言っていいでしょうね。では、ビヨンセはこのドキュメンタリー映画に合わせてコーチェラのライブ音源を収録したライブアルバム『Homecoming』をサプライズリリースしているので、まずはそこから一曲紹介しましょう。これはコーチェラのライブの実質的なオープニング曲ですね。2003年のヒット曲「Crazy in Love」です。

M1 Crazy in Love (Homecoming Live) / Beyonce

Crazy In Love (Homecoming Live) [Explicit]

【高橋芳朗】
『Homecoming』が公開された日はスーさんも大興奮でしたね。

【ジェーン・スー】
もう全部の穴から汁が出ました。

【高橋芳朗】
フフフフフ。スーさんはこの映画をどのようにご覧になりましたか?

【ジェーン・スー】
やっぱり私は女じゃないですか。女として生きているとどうしても「女らしくしなきゃ」とか、どこかで遠慮したりとか人からどう思われるかとか、そういうことにすごく影響を受けている自分がいるんです。「かっこ悪いなー」なんて思いながら。だけど女だからといってなにかを我慢したり自信を持てなくなったり、誰かのせいにしたりしなくていいんだって。「自分自身が自分自身であることに誇りを持つ。そのためだったらどんな努力も厭わずにがんばろう」ってビヨンセは一瞬だけでも思わせてくれるんです。実際にそれができるかどうかはまた別の話なんですけどね。なんたってこの人、誰よりも努力しているんですよ。彼女は人の上に立つこと、人の前に出ることに対しての役割を120%背負っていて。「黒人に生まれたこと」と「女に生まれたこと」、このふたつによってなかなか人生の主人公になれない人たちが世の中にたくさんいるなかで、ビヨンセはそんな人々に光を当ててくれるんです。「ああ、自分が自分に生まれてよかった!」って思わせてくれるような文化的背景だったり、歌詞だったり。「嫌なときは嫌だって言っていい。なぜ私たちは尊大な態度をとってはいけないんだ?」というプレゼンスをぜんぶ舞台に持ち上げてくれるから、見ているだけで「ああ、女に生まれてよかった!」って思えてきちゃうぐらいの力があるんですよね。

【高橋芳朗】
ビヨンセはもともとデスティニーズ・チャイルドというR&Bグループメンバーだったんだけど、その20年前からずっと一貫して女性を鼓舞するような曲を歌い続けてきましたからね。

【ジェーン・スー】
ビヨンセのスタイルはすごくスマートで、最初のうちは馴染むことや好かれることをすごく意識していたと思うんですよ。心のなかでは「いつか必ず言ってやる!」という思いがずっとあったと思うんだけど。でも、彼女がいまの地位を築いてからは言いたいことを言いまくってる。「私はフェミニストです!」というところから始まって。もうちょっと手前でそういうことを言っていたら排除されていた可能性があったと思うんですよ。いま私がビヨンセに肩書をつけるとしたら「最も権力の正しい使い方をしている女」。彼女はすごく正しい権力の使い方をしてると思います。

【高橋芳朗】
ビヨンセの夫のラッパーのジェイ・Zはビジネスマンとしても活躍するヒップホップ界のドンといえるような存在なんだけど、ビヨンセは彼と結婚したあとに「Upgrade U」なんて曲を出してるぐらいだもんね。「私があなたをアップグレードさせてあげる」って。

【ジェーン・スー】
決して自尊心を失わないんですよね。なんかいろいろと難しいことを言ってきたけど、単純にビヨンセを見ているだけでものすごいエネルギーとパワーに満たされて元気になれることはまちがいない。特に女性、昨日の相談者さんなんかにもぜひこのライブを見てほしいな。

【高橋芳朗】
このステージを実現させるまでの努力がまたすごいんですよね。ビヨンセ、実は2017年の時点でコーチェラのヘッドライナーのオファーを受けているんですよ。でもそのときは双子の出産を控えていたから断念したという。このコーチェラのステージに至るまでにはそういう経緯があるんです。

【ジェーン・スー】
出産直後、98キロあった体重をすごいスピードで絞っていって。だって「この段階で億いってるな!」って感じのリハーサルを8ヶ月ぐらいやってるんだよね。彼女は誰よりも動いて、痩せたらうれしくなってジェイ・Zに電話で報告したりして。もうとにかくビヨンセの魅力がすべて詰まっていますよね。

【高橋芳朗】
本当に元気もらえるよね。番組スタッフのみんなにも勧めたんですけど、よくビヨンセのことを知らないようなスタッフも感心していました。じゃあスーさん、ここでスーさんおすすめのビヨンセの曲を紹介してもらえますか?

【ジェーン・スー】
ビヨンセに『4』というタイトルのアルバムがあるんですよ。「4」は彼女にとって重要な数字、運のいい数字らしいんだけど、その『4』に収録されている「Love On Top」です。これは「あなたは私の愛を最優先にしてくれた」という歌で、このラブソングをコーチェラの最後にファンに向けて歌うという。ライブバージョンをかけるとネタバレになっちゃうからスタジオバージョンで聴いてもらいましょう。

M2 Love On Top / Beyonce

Love On Top

【高橋芳朗】
わたくし、先日TBSアナウンサーの熊崎風斗くんの結婚パーティーの選曲を手掛けたんですけど、ケーキカットのBGMとしてこの曲を選びました。

【ジェーン・スー】
ああー、いいですね!

【高橋芳朗】
では、最後は再びコーチェラのライブから一曲。これは夫のラッパー、ジェイ・Zをゲストに迎えた2006年のヒット曲です。個人的にはこれがこのライブのベストパフォーマンスになるかな?

M3 Deja Vu feat. Jay-Z (Homecoming Live) / Beyonce

Deja Vu (Homecoming Live)

【高橋芳朗】
かっこいいねー!

【ジェーン・スー】
最高ですね!

【高橋芳朗】
というわけで本日はビヨンセのライブドキュメンタリー『Homecoming』を紹介いたしました。この10連休のあいだにでもぜひ見てほしいですね。

【ジェーン・スー】
頼む! 騙されたと思って見てくれ!

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。

4/15(月)

(11:04) Woman / John Lennon
(11:25) Arrow Through Me / Wings
(11:36) Love Comes to Everyone / George Harrison
(12:13) Last Train to London / Electric Light Orchestra
(12:23) Second Nature / Utopia
(12:53) じゃじゃ馬娘 / 大貫妙子

4/16(火)

(11:06) Road to Nowhere / Talking Heads
(11:28) Graceland / Paul Simon
(12:14) You and I Part II / Fleetwood Mac
(12:26) The Lazarus Heart / Sting
(12:51) 朝色のため息 / 高橋幸宏

4/17(水)

(11:04) Clean Up Woman / Betty Wright
(11:24) Express Yourself / Charles Wright & The Watts 103rd Street Rhythm Band
(11:36) Groove Me / King Floyd
(12:13) I’ll Take You There / The Staple Singers
(12:24) Mr. Big Stuff / Jean Knight
(12:50) ラヴ・スコール / サンドラ・ホーン

4/18(木)

(11:04) The 59th Street Bridge Song (Feelin’ Groovy) / Simon & Garfunkel
(11:20) You Baby 103rd Street Rhythm Band / The Mama’s and The Papa’s
(11:36) It’s Not Time Now / The Lovin’ Spoonful
(12:13) I Know That You’ll Be There / The Turtles
(12:51) Tomorrow’s Gonna Be Another Day / The Monkees

4/19(金)

(11:07) Shining Star / Earth Wind & Fire
(11:23) Dazz / Brick
(11:36) Free Yourself, Be Yourself / Brothers Johnson
(12:12) Girl, I Think the World About You / Commodores

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