宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸が前の週にランダムに決まった最新映画を自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品、『若おかみは小学生!』。
(藤原さくら『また明日』が流れる)
これ、最後に流れる藤原さくらさんの『また明日』という曲なんですけども。これ、編曲はmabanuaですからね。私ども、RHYMESTERの『Future Is Born』でもおなじみです。
累計発行部数300万部を誇る人気児童文学シリーズを映画化。交通事故で両親を亡くした小学6年生の女の子「おっこ」は祖母の経営する旅館「春の屋」に引き取られ、若おかみの修行を始めることに。修行の中で、宿に住み着く幽霊やライバル旅館の跡取り娘や……これ、まさに(当日のライブコーナーゲストの)水樹奈々さんが声を演じられていますが、宿を訪れるお客との出会いを通して、おっこは少しずつ成長していく……。
監督はスタジオジブリ作品で作画監督を務め、『茄子 アンダルシアの夏』以来15年ぶり……その続編の『茄子 スーツケースの渡り鳥』もあったけど。とにかく久しぶりに長編劇場アニメを手がけた高坂希太郎さん。脚本は、『けいおん!』『ガールズ&パンツァー』『夜明け告げるルーのうた』などなどのヒット作を数多く担当する吉田玲子さんでございます。声の担当は小林星蘭、水樹奈々さん、そして山寺宏一さんなど、となっております。
そしてリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多め」。ああ、そうですか。決して公開規模も大きくないという感じですけども、口コミとね、やっぱり熱量がすごいですね。毎週リスナーメール、リクエストをいっぱいいただきましたから。そして全体にメールが長いというか黒いというか、熱量がすごいメールが多かった。賛否の比率は、賛(褒める意見)が9割、否(否体的な意見)が1割。
主な褒める意見としては、「ナメていたアニメが大傑作だった」「子供から大人まで劇場ではすすり泣き&大喝采」「大切な人との別れ、大人になること、残酷な現実と向き合い方など、人生の普遍的なテーマを説教臭くなく描いた演出が見事」「生き生きとしたキャラクターの動きや表情の変化など、アニメーションとしても見ていて心地よい」といったご意見ございました。否定的な意見としては「泣いた、というより泣かされたというだけで感動はできなかった」とかですね、「小学生のおっこがあまりにも物語に都合よく物事を飲み込んでく様に違和感を覚えた」というようなご意見がございました。
■「子供だましなどの小細工はせず、真剣に子供たちに向けてつくられている」(リスナー)
代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「アズ」さん。「『若おかみは小学生!』、拝見いたしました。劇場4回、テレビシリーズ1周、原作はまだ未読です。結論から言って大傑作でした、お仕事物としても人情物としても非常によくできていました。また、この作品の最も素晴らしいと思う点は、徹頭徹尾子供向けに作られているところだと感じました。『子供向け』というのは『子供だましなどの小細工はせずに、真剣に子供たちに向けて作られているもの』という意味です。そうした子供向けという体裁を持ちながら描かれる仕事観や死生観にとても胸を打たれました。
特に死生観については非常に絶妙なバランスで描かれており、この作品に通底するテーマを見事に表現していました。この死の匂いと生の希望というテーマは高坂監督の過去作『茄子 スーツケースの渡り鳥』でも描かれていました。こうした作り手の姿勢は作画にも影響があるように思えます。この作品を見た方で少しでもアニメに興味がある方なら、作画のきめ細やかさに舌を巻くことでしょう」。これ、後ほど私もこの件について言いますけどね。「……兎にも角にも、そうそうたる実力派の人たちが集まり、一切の手を抜かずに細部に至るまで気を配られた作品がしっかりと子供向けに作られていることにいたく感動いたしました」というご意見でございます。
一方ダメだったという方。「ツキナミ」さん。「『若おかみは小学生!』、はじめは全く興味がなかったのですが、嵐のように絶賛されてるのが気になり鑑賞しました。そして『泣き腫らした』という感想の多い中、僕は全く泣けませんでした。これが絶賛されていることに恐怖すら感じました。冒頭、車内での両親のやり取りを見ていると、舞台となる旅館にそこまで思い入れも接点もなかったおっこが最終的には旅館の掲げる理念まで語るようになる姿に強い違和感を覚えました。物語を創作する上で、また人が成長する上で語られるべき悩みや迷い、葛藤が描かれないまま、とにかく美辞麗句を並べただけの内容に感じました」とか、まあいろいろ書いていただいております。
「……そして幼いおっこには大人の都合良い理想を押しつけて、それでひたむきに盲目的にがんばるおっこを見て感動するのはなんだか違うなと思いました。物体が反射したところまで丁寧に描きこんだ映像にはこだわりを感じただけに、とても残念です」というようなご意見でございました。
■『茄子 アンダルシアの夏』ファンとして見たかった一作
はい。ということで『若おかみは小学生!』、私もバルト9で2回……まあ、どちらも深夜回だったんですけどね。深夜回で、この規模の映画にしては、ちょっとシアターがデカすぎじゃないかな?って思うぐらいで。まあ深夜回、決して人は多いとは言えなかったですし。あと、子供向けという体裁でもちろんやってるんだけど、来ているのは基本的に、申し訳ない、おじさんが多かったですけどね。
といったあたりで、8月21日ですかね。この番組の6時半台「カルチャートーク」で、アニメ評論家の藤津亮太さんが、「これから公開される劇場アニメのオススメ作品」という中で、最後の方でチラッと触れていたという作品ですね。で、その時点では僕も、「あの高坂希太郎さんの久々の監督作ならすごい見たいです」という風に言っていたし、思っていたんですけども。
というのも、もちろんアニメーター、作画監督としての高坂さんの歴史的仕事の数々、まあジブリの名作の数々、それもさることながら、その高坂さんの劇場長編監督作『茄子 アンダルシアの夏』。これ、2003年の作品。それとその続編『茄子 スーツケースの渡り鳥』。これは2007年ですね。だから「15年ぶり」ではないんじゃないかな?(※宇多丸註:この件、後ほどのガチャ回しパート前に、補足というかフォローが入ります)


特にやはりですね、一作目の『茄子 アンダルシアの夏』がですね、僕はもうすごく好きで。その作品自体をどう評しているか?っていうのは、『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』っていう僕が出している単行本の、「自転車」っていう項目でちょっとだけ書いているので、興味がある方はそちらをぜひ参照していただくとして。ただ今回の『若おかみは小学生!』はですね、まあ公開後も各所からね、大変な熱量の高評価みたいなのは伝わってきたんだけど……まあ原作が女児向けの児童文学ということもあって、パッと見の絵面的に、正直僕、個人的な好みの方向としては、ちょっととっつきづらいというか、ちょっと食指が動きづらいところは正直、あったんですね。

実は高坂希太郎さん自身、最初はなじみのない女児向け児童文学ということで抵抗があった、という風にあちこちのインタビューでおっしゃられているという。ちなみに、火曜パートナーの宇垣美里アナはリアルタイム読者世代だったという。「懐かしい!」なんてことを言ってましたけども。まあともあれ、今回ですね、ガチャが当たる前に1回すでに、先週見に行っていたんですけども。その後、令丈ヒロ子さんの原作小説20巻+スピンオフ4巻、全巻購入いたしまして。さすがに全部を熟読するところまではいかず、今回の映画版と関係ありそうなところだけピックアップして読んでいく、という感じにはなってしまいましたけども。


あと、この4月から9月までテレ東系で放映されていたテレビアニメ版、全24話も、主に映画版と重なるところを後追いでピックアップして見て。なおかつ劇場版のノベライズ小説を読み、同じく吉田玲子さん脚本で、本年度劇場アニメでやはりとても非常に評価の高かった『リズと青い鳥』も、この機会に再上映を見に行って……からの、さらにもう1回本編を見直して、という。その現段階で言える私の結論はというと……まあこれはね、悔しいかな、みんなが褒めてる中でこれを言うのは悔しいけど、やっぱり、食わず嫌いせずに見てよかった!
■長い原作を映画用に再構成した脚本がまずお見事
なるほどこれは、まるでね、まさにその劇中の旅館・春の屋さんのおもてなしのように、一見地味なようで、細部まで丁寧に丁寧に気を遣って作り上げられた……そして、大変に抑制のきいた、非常に品よく抑えられた演出。だからこそ、見るものの感情、そして涙腺を、もう深い部分で刺激せずにはおかない、という。まあ、文句なしの傑作じゃないですかね。これね。ちょっと文句がつけづらいぐらいの傑作じゃないか、という風に私、断言していいかと思います。
まずですね、20巻+4冊ある原作小説から、その賞味90分間の長編映画用に、高坂希太郎監督自身がキモとなるエッセンスを抽出して、整理して再解釈、そして再構成してまとめた基本プロットがあって。それを、さらに脚本化した吉田玲子さん……まず、このお二方の、映画化に向けてお話を組み立てるこの手際がまず、何しろ本当に素晴らしいですね。原作を読ん後だとさらに感じますね。原作はですね、巻を追うごとに、どんどんどんどん荒唐無稽度というか、ちょっとファンタジー要素が、ガンガン大きくなっていくんですね。で、そういう言ってみればライトなテイストの方は、放送時間帯からして完全に児童向けの、テレビシリーズの方に託している。まあ、テレビシリーズの方が原作に忠実といえば忠実、ということ。
まあ、ちなみにテレビシリーズの方は、話としてはまだ完結、終わりきっていないところ、みたいな感じの24話なんですけども。今回の映画版では、そういうファンタジックな要素っていうのは、本当に最小限度に抑えられてます。で、その一方で、両親を交通事故で亡くしたっていう、まあその重く悲しい主人公おっこちゃんの現実が……今回の劇場用に付け足された、なかなかに過酷な、もう観客の感情をもキリキリと締め上げてくるような鬼クライマックス、鬼エピソード。もう、「うわっ! 勘弁してくれ……」っていうね、ちょっとハードなクライマックスが加えられていて。まあ、それとも相まって、より大きな比重を持って扱われているわけですね。
で、それによってですね、でもある意味、結局は原作小説の終盤の展開、その本質を忠実に継承しているとも言える……要は、「悲しみを飲み込んで気丈に振る舞ってきたおっこが、ついにその溜め込んだ感情を表に吐き出す」、それによってひとつ、何か引っかかりを抜けるというか、段階を抜ける、というその着地がですね、より胸に迫る感動的なものにもなっている、という風に思いますね。これ、僕がいちばん連想したのはですね、『海街diary』。元はもちろん吉田秋生先生の漫画ですけど、『海街diary』、それも特に是枝裕和監督映画版の方のすずちゃん……まさに広瀬すずさんが演じているあのすずちゃんという役柄。これをものすごく連想します。

あれもやっぱり、親を亡くした少女が、親類のところに身を寄せて。で、一見気丈に振る舞っているんだけど、最後についに、はじめて、ずーっと飲み込んできた悲しみをバーン!って吐き出す、っていうのが、ささやかながら感動的なクライマックスになっている。特に映画版はその構造でできてる、という作品でしたね。だから『若おかみは小学生!』に感動された方は是非、『海街diary』もご覧いただけるといいかなと思います。で、ここでまた今回の『若おかみ』が上手いのはですね、いま言ったような物語の主軸……主人公のおっこちゃんが、抑えていた感情を表に出す。悲しすぎる、重すぎる現実をついに認めざるを得なくなる。その上で、その全てを受け入れた上で、前に進もうとする……というその成長プロセスが、とっても考え抜かれた、ロジカルな構成で描かれていくところ。上手いな!という風に思いました。
■3つのエピソードに託された「過去・現在・未来」のおっこ
まずね、映画全体が、あの神楽と神楽――もちろん神楽そのものは架空の神楽、神社も架空なんだけど――神楽と神楽で挟まれている。オープニングとエンディングが対になる、これ自体が非常にきれいな構成ですし。その間に、春夏秋冬、季節感の経過が描かれていく、というようなつくりなんですけど。これね、パンフレットに載っている高坂希太郎監督ご自身の説明が、なにより全てを……もう完璧な解説なんですよ、監督の言葉が。なので、もうイージーにも……自分で説明するのを放棄して、イージーにもこれを完全に引用してしまいますけども(笑)。これが本当に、説明がよくできすぎているので。
要はですね、春夏秋冬というこの季節が巡る中で、3人のお客さんに象徴される、大きく言って三つのエピソードっていうのがオムニバス的に展開される、という感じなんですけども。まず、春。最初におっこが自ら招いてくるお客さん。あかねくんという少年がいますね。まあ美少年なんだけど、ちょっとひねた感じの、あかねくん。おっこと同い年で……これは監督曰く、「現在のおっこ」を表している。現在のおっこと同じ悩みの中にいるキャラクターだ、という。まあ、要は親を急に亡くしてしまった、その現実を受け入れられないでいるという。
で、続いて夏。2人目におっこが接するお客さん。占い師のグローリー水領さんという、これはですね、「未来のおっこ」。おっこが成長したら、ああなるかも……というイメージ。未来のおっこというものをイメージしているキャラクター。そして冬になって、3番目のお客さん。3人連れ家族の子供、翔太くんっていうのは、「過去のおっこ」。これは要するに、何の心配もなく両親に甘えていられた頃の、つまりただ子供でいればよかった頃のおっこ、っていうののシンボルでもあるという。
つまり、こういう構造になっている。最初のエピソードでは、おっこが、いまの自分と似たような境遇にいる「現在のおっこ」の背中を押す。だからあれは「がんばれ、私!」とも言っているわけですよね。そして二つ目のエピソードでは、未来の大人になったおっこが、いまのおっこを……だから「がんばれ、私!」ってやったその次は、「がんばりすぎなくてもいい。あなたは子供のままでいてもいいのよ」っていう風に、「未来のおっこ」が子供のおっこを抱きしめてあげる。そして今度は、それを経たおっこ。いまのおっこが、今度は「過去のおっこ」を、自分のその過去もろとも抱きしめて……悲しいこともあった過去もろとも抱きしめて、受け入れてあげる、という。
クライマックスの場面はだから、その全てが交差して、集約されるわけですね。おっこが、そのあるショックなことが終わって、ワーッて表に行くと、グローリーさん、「未来のおっこ」がいて、おっこを抱きとめてあげて、その悲しみの全てを、ついに今度は受け止めてあげる。そしたらこっち側には、その「過去のおっこ」を象徴する、どうしても思い出してしまう悲しい過去を象徴するものがあるんだけど、おっこはそれを抱きしめて受け止め、さらにあっち側にある、要はこれから自分が現在を過ごしていくしかない春の屋側に行って、「私はこうやって生きていく」という風に宣言する、という。そういう見事な流れになっている。
そういう風に、おっこの成長と感情の解放のプロセスを構成しているという……何度も言いますけども、これはパンフレットに載っている、高坂監督自身の完璧すぎる解説を引き写しているだけなんですけども(笑)。とにかくこうして、改めて作り手自らが解説をしていただいたそういうものを聞いても、見事という他ない周到さ、的確さで構成がされてるという。で、当然その過程での、細かい描写……たとえばわかりやすいところで言うと、トカゲを見たおっこがどう反応するか? その違いでまあ、サラッと彼女の成長・変化を描く、とかも非常にきめ細かいあたりだし。もちろん、さすが高坂希太郎作品と言うべきか、全編に渡って、目にも楽しい、まさにアニメならではのカタルシス。これが溢れているわけですよね。
■両親を思い出す夢がシームレスに描かれることで生まれる緊迫感
それこそ、温泉旅館のお仕事を地道にこなす様子だけでも、なんだか「画として気持ちいい」。これはもう『アンダルシア』とかもそうです。自転車を漕いでる、画としてだけでも気持ちいい。地道にこう、雑巾がけをしているというその様子だけでも、気持ちいい。これはまさにアニメの強みですよね。だし、食べ物がひたすら美味そうに描かれるというのも、これもジブリイズムの直系といったところじゃないですか。そしてもちろん、フード演出。ご飯をちゃんと美味しく食べてもらえばわかってもらえる、という演出。さらにクライマックスは、美味しく食べてもらった上での「あれ」だから、余計にショッキングなわけですけどね。
あと、これもパンフに載っていた情報ですけども、先ほどのメールにもあった通り、卵焼きを切る包丁に、卵焼きのその断面の反射を描きこむことで、より卵焼きが実在感を持って見える、というような、そこはちょっと今回は挑戦した表現ですなんていう、そんな細かいところまでやっていたりする。あと、空中をグルグル、フワフワフワフワ回っているこのウリ坊、その動き自体もすごい気持ちいいですし……そのウリ坊越しに、部屋にいる他の人物たちを俯瞰で捉えたりとか。で、そのウリ坊がずっと回ってたりとか。何気に複雑なレイアウトの画面があったりとか。
あと、非常にメリハリのきいた明暗使いですね。暗がりをフッと入れたりとか、そういうのがすごく上手くて。ややもすると地味めになりがちな、室内というかね、温泉だけで展開する話っていうのを、飽きさせない作りにちゃんとなっていたりする。僕が印象的だったのはですね、おっこにとっては現実とシームレスに現れる、亡き両親の生き生きとした姿。これが、要はお母さんとお父さんとああやって生き生きと話していて、パッと……そこで「はっ、夢か……」みたいな描写がないまま、ないまま進むのが非常に新鮮でもあり、同時にこれはさっきも言った『海街diary』的に、「大丈夫か、おっこちゃん?」っていう不穏さ。これがひとつの物語推進力にもなっている、というような演出。これは非常にフレッシュでしたけども。
特にあの、「布団の中を潜り込んでいくと、両親2人がこっちを優しく見てて、手を伸ばしてくる」というあの主観ショット。これ、最初のほう、序盤で出てきて……後半のクライマックス、あの鬼のような展開の最中に、再びそれがスッと出てくる時の、催涙効果! まさに殺人的、泣き死にさせる気か!(笑)っていうショットですよね。あと、それとやっぱりね、あの、両親を亡くしても気丈に振る舞っていた、若おかみとして早く成長しなければ!っていう風にずーっと気を張っていた、がんばり続けていたそのおっこさんが、初めて、その1人の小学6年生女子に返って、気持ちを解放させる、というあのグローリーさんとのドライブ、そしてショッピングシーン。
ここでね、『ジンカンバンジージャンプ!』っていう、おっこさんを演じている小林星蘭さんが歌っているあの曲の、その開放感、シーンとしての軽快さと裏腹にある、そのシーンの向こうにある切なさ、重さ……というのがやはり、涙腺を激しく刺激する名シークエンス。「ああ、おっこちゃん、今日だけは子供時代を満喫してくれーっ!」(泣)っていう。と、同時に、早くから亡くなってしまったあの幽霊2人も、なんていうか、長いこと味わえなかった夏休みの遊び感を味わって……「初めて海を見た!」なんていうね。で、そこから、さっきから言っているね、胃がちぎれそうになる鬼クライマックス、このへんの凄まじさは言うまでもなく。ぜひみなさん、ご自分で見ていただきたいんですが。
■淡々と気丈に振る舞うおっこの姿がサスペンスとなっている
他にも、これもかなり終わりに近い場面ですね。あの水樹奈々さんが見事に演じられている真月さんというね、金持ち旅館の娘さんがですね、非常にクールで、それこそずーっと気丈に振る舞ってる人なんだけど、亡き姉への思い……そして実はおっこともちゃんと通じて、要は実はやっぱり、気丈に振舞っている非常に聡明な子だけども、やっぱり1人の少女として、がんばって気を張って無理をしている瞬間もあったんだ、という心情をフッと吐露する。その瞬間の、フッと虚をつかれるような、一瞬のさりげない「愛の表現」というのにもう……泣かし死にさせる気かよ!(笑)っていうぐらいでしたね。
そしてラスト。オープニングと対になったその神楽。神社で踊る。ここは、ロトスコープではないんだけど、実際の人間の動きを元にした、すごいしっかりしたリアルな作画がされていて。要するに、その踊りのこの動き自体が大変、さっきから言っているように「画として気持ちいい」っていうのとも相まって、要は悲しい別れ……本当はここ、すごくウェットな場面に演出されてもおかしくないところなのに、多幸感に溢れた、まさに「この瞬間がずっと続けばいいのに!」っていう、本当になかなか稀有なバランスで成立している、多幸感と切なさといろいろ全部がないまぜになった、でもトータルでは非常にハッピーな、ちゃんと「別れっていうのは前に進む段階なんだ」っていうのを示すような、見事な別れのシーンになっている。
ここ、踊り、神楽が、パンッ!って終わった瞬間に、本当に拍手したくなるような……見事な、そこでポンッ!って終わる潔さもいいですね。みたいな感じで、本当にちょっとなかなか文句のつけようもないぐらいによくできた、見事な一作じゃないかと思います。僕は、たとえば前半、たしかに比較的地味めな話が続くし、お話上の推進力がどこにあるかっていうのが見えづらくて、それでなんとなくおっこが全てを……「なんかこの子、できすぎじゃない?」みたいに感じられる方がいるかもしれませんけど。これは本当に、まさに『海街diary』と同じで、そのおっこの気丈さこそが不穏さであり、サスペンスになっている。
最初にドーン!って事故が起こったっていうのを見せてから、おっこがそのガランとした誰もいないマンションを「行ってきまーす」って……もうそのガランとしたマンションと「行ってきまーす」だけでキューッ!っていう感じですけども。そこから、その「さして落ち込みきった様子も見せていない」というところこそが、前半のサスペンスというか、不穏さなわけですよ。だから、グローリーさんとの買い物のところで過呼吸になるっていう、あそこに至るまでは、(おっこの振る舞いが)普通であること自体が──よくできた子でありすぎること自体が、サスペンスになっている。これは本当に『海街diary』と同じ構造になっていると思います。
■アニメーションの枠ではなく、日本映画として今年トップクラス!
そんなこんなも踏まえて、二度、三度と見るほどに評価が上がってくというか……僕も確実に、二度目の方が評価が上がりました。ちなみにですね、こんな感じで想像上の人物、想像上の友達が自分を癒してくれる、一種のセラピー映画、セルフセラピー映画みたいなものは、洋邦を問わず、そして大人・子供向け映画を問わず、本当に多くなっているな、というのが興味津々でもあります。それこそさっきね、6時台に触れました『ボス・ベイビー』とかもそうですし。大人向けだったら『タリーと私の秘密の時間』もそうですし。先週の『プーと大人になった僕』もそうですし。非常に興味深いなと思います。

とにかく本当に、たしかにもっともっと多くの人に見られてほしい。一見地味めに見えるかもしれませんし、この手の絵柄にちょっと抵抗を感じる人がいるのもわかりますが、絶対に見た方がいい、間違いなく今年トップクラスの……アニメーションっていう括りじゃなくても、今年、日本映画の中でも、間違いなくトップクラスの良作、ということじゃないでしょうか。ぜひぜひ劇場で、見られるうちにウォッチしてください!
(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『デス・ウィッシュ』に決定!)以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
<ガチャ回しパート>
ちょっと先ほどの『若おかみ』のところで、ひとつだけ補足というか、訂正。高坂監督の『茄子 アンダルシアの夏』、2003年。それの続編の2007年『茄子 スーツケースの渡り鳥』。この『茄子 スーツケースの渡り鳥』は、オリジナルビデオアニメーションとして販売されたものなので、「劇場用長編作品としては15年ぶり」という、そういう説明になっていたようでございます。フォローさせていただきました。