TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『WAVES/ウェイブス』(2020年7月10日公開)です。
オンエア音声はこちら↓
宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週扱うのは、7月10日に公開されたこの作品、『WAVES/ウェイブス』。
(曲が流れる)
数々の話題作を手がけるスタジオ、A24最新作。今の音楽シーンをリードする豪華アーティストたちの曲が劇中を彩る青春ドラマ……「プレイリストムービー」なんて言い方をしてますけどね。フロリダで暮らす高校生タイラーは、成績優秀でレスリング部のスター選手だったが、ある夜、取り返しのつかない悲劇を起こしてしまう。その悲劇は、タイラーの妹エミリーや家族の運命を大きく変えていくことになる。
タイラーを演じたのはケルヴィン・ハリソン・Jr。妹のエミリーを演じたのはテイラー・ラッセル。2人の父親をスターリング・K・ブラウンが演じる。監督・脚本を手がけたのは、『クリシャ』——これは日本公開されてませんけど——あと『イット・カムズ・アット・ナイト』などのトレイ・エドワード・シュルツさん、ということでございます。
ということで、この『WAVES/ウェイブス』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。そうですか。まあちょっとね、話題になり方が難しいタイミングでもあったんですけどね。賛否の比率は、褒める意見が7割。主な褒める意見は、「洋楽に疎いので見る前は心配していたが、歌詞の対訳が字幕で出たりしてかなり理解できた」。たしかに、あの「歌詞の内容とリンクする」という演出は他の映画でもありますけど、そこを比較的丁寧にフォローしてくれてる作りでありましたね、日本語訳もね。
「計算された色彩や斬新なカメラワーク。前半・後半で分かれる構成など、どれもが美しくて巧み。悲劇と再生を描いたドラマとしてとても感動した」などがありました。一方、批判的な意見としては「音楽や映像表現はすごいと思うが、それがドラマとうまく結び付いてるとは思えない」とか「悪くはないがやや冗長とか」ですね。「歌詞の字幕が出ていても、それが登場人物とどう結びつくかがよく分からなかった」などがありました。まあたしかにね、訳は省略もしてますしね、ダイレクトというのとはまたちょっと違ったりするかもしれない。
■「演出、撮影、音楽、ストーリー、全てが見事に計算され尽くした素晴らしい作品」byリスナー
ということで、代表的なところをご紹介しましょう。「娘の名前はレイチェル」さん。「僕にとって『WAVES/ウェイブス』は見る前のイメージを良い意味で大きく覆してくれた、本当に素晴らしい今年ベスト級の一作でした。巷ではプレイリストムービーなどと言われていますが……」。まあ、監督本人もね、その意図で作っているというのは高橋芳朗さんのインタビューでも言われていましたが。
「円満な家族にある日、突然訪れる悲劇と、そこからの再生をとても静かなトーンで叙情的に描いたオーソドックスなドラマにまず感動。特に序盤では不快にも思えた、回るカメラの演出が、後半再度映し出された時には『ああ、前はあんなに幸せだったのに……』と涙が止まりませんでした。登場人物の心情の変化とスクリーンサイズの変化を連動させる斬新な作りや、ここぞというところでの泣かせのレディオヘッドの使い方など」……クライマックスのところでのね、あのモンタージュね。「演出、撮影、音楽、ストーリー、全てが見事に計算され尽くした素晴らしい作品だと思います」とかですね。
あとね、ラジオネーム「カメレオンヘッド」さんは、「自分は好きなポップミュージックを劇場の音量で聞ければいいや的な軽い気持ちで見てきたのですが、思ったよりも自分にとって大事な1本になってしまいました。日本の片田舎で趣味が合う人間もいない中、海外のポップミュージックを趣味としてきた自分は、劇中で流れてくる曲のひとつひとつに対して思い出される、当時どんな背景を持って発表されたかや、その曲がアーティストにとってどんな意味を持つのかといった情報が劇中のタイラーやエミリーの立ち位置や感情を読み解く補助線となり、ストーリーから受け取る感情を一層ドライブさせることができました」。
これ、カメレオンヘッドさんはある意味理想的な『WAVES/ウェイブス』の観客ということかもしれませんね。「この映画体験のおかげで、周りに自分が聞くような音楽を聞く人間がいない中、疎外感を感じていた自分は、『自分がタイラー・ザ・クリエイターやカニエ・ウェストを追っていたのはムダじゃなかったんだ』という気持ちになることができました。
しかし日本においてクローゼットなセクシャルマイノリティとして生きる自分が、劇中のフランク・オーシャンの使い方のように青春のサウンドトラックとしてフランク・オーシャンを使っていたことや、現実において自分の兄と良好な関係を築けていないことなど、自分の実人生と映画がマッチしすぎたことによって過度に思い入れすぎている面も当然あるとは思います」という。まあまあまあまあ、その実人生と重なってジャストミートした、っていうのは、映画体験の非常に重要な部分ですからね。素晴らしいことだと思います。
一方ですね、ちょっとそれとは裏表の関係だと思いますが。批判的なメールもご紹介しておきましょう。「Drop Da Bomb」さん。「いやー、『WAVES/ウェイブス』というその名の通り、寄せては返すゴージャスな音楽とキラキラした映像にひたすら身を任せた2時間余り。満腹感はあるものの、最近気になって仕方がなかった問題に直面させられて素直に心満たされなかった感じかな。映画におけるポップミュージックの比重が、これほど大きくなったのはいつごろからなのか? 正直、音楽の力に頼りすぎじゃないかと思ったりする」という。
で、ですね、「今の時代はこういう描かれ方をするしかないところもある」というのはいろいろ考察していただきつつ、「これだけ映画がインターナショナルなものになり、本当に世界の各地の作品を楽しめる環境がある中、一見ラッセンの絵みたいに誰が見てもキレイだねという作品観を作りつつ、実はフランク・オーシャンという非常に面倒くさいアーティストの信者および、彼の素晴らしさを劇場で理解できる人が真のターゲットであるという、極めてローカルでプライベートな作品じゃないかな、この『WAVES/ウェイブス』という作品は」というドロップ・ダ・ボムさんのご意見でございます。
あとですね、「ユーフォニア・ノビリッシマ」さん。これ、ちょっと時間がないので省略させていただきますが。私、後ほど、先々週評しました韓国映画『はちどり』との関連についてもちょっと触れようと思うんですが、ユーフォニア・ノビリッシマさんにいただいたメールにもそのことが書いてありました、という件であるとかですね。あとですね、ラジオネーム「固まる胡椒」さんの、「うまくいった『ヘレディタリー』(家族目線)」っていう、アリ・アスターとの共通点というあたり、このあたりもちょっと触れるかもしれませんので。ということで、行ってみましょう。皆さん、メールありがとうございました。
■「実はかなりクセの強い人」トレイ・エドワード・シュルツ監督
『WAVES/ウェイブス』、私もTOHOシネマズ日本橋で2回、見てまいりました。あとまあ、高橋芳朗さんの(トレイ・エドワード・シュルツさんへの)インタビュー、あれを録ったのが4月だったので、その前に1回、実は拝見していたのですが。
ということで、アメリカでは昨年11月公開されて、日本では今年4月に公開される予定だったのがコロナ延期となり、ようやく劇場にかかることになった『WAVES/ウェイブス』、ということです。
音楽に関する話はね、高橋芳朗さんによる監督インタビューを7月6日にオンエアーしましたので、ぜひそちらを参照していただきたいのと、あと、劇場で売られてるパンフレットで、監督自らがですね、全曲の解説を載せてるんですね。これ、本当に映画に対する最高のサブテキストですね。監督本人が解説をしているんで。これ、ぜひパンフレットを買っていただくと……パンフ、ちょっと一部、俳優さんの名前が載るべきところに載っていなかったり、気になる部分もある作りではあるんだけど、この資料はすごくいいです。
で、音楽だけじゃなくてこの作品、後ほども言いますけども、メールにもありましたけどね、画面比率、画面のアスペクト比、スクリーンサイズが段階的に変わるという、実はトレイ・エドワード・シュルツさんがこれまでの長編三作全てでやっている手法が使われてもいる、という。で、それらに関しても、その俳優陣に送られた脚本に、その音楽……プレイリストっていうね、「ここでこういう曲が流れます」というのと同じく、「画面がここで変わります、比率が変わります」っていうのも全部、脚本に書かれていた、っていうことなんで。
要は、最初から頭の中にやりたいことのビジョンがはっきり出来上がってるタイプの作り手と言えるわけですね、トレイ・エドワード・シュルツさん。実際にこの『WAVES/ウェイブス』を含め、トレイ・エドワード・シュルツさん、実は非常にこの人、クセが強いというか、本当に明確な作家性を持っている人で。今回の『WAVES/ウェイブス』だけ見るとちょっとわかんないかもしれませんけど、すごい、かなりクセが強い人です、この人。
さっき言ったようなですね、画面のアスペクト比を変えるという作りなど、手法的な部分っていうのもそうですし。あとはその、内部から自壊していくホームドラマ、特に親との軋轢、親と子の断絶っていうのを、しかも限りなく自伝的要素込みで描く、というテーマ的な部分……たとえばそのトレイ・エドワード・シュルツさんのご自身の体験や、何なら本当にその「本人」の出演込みで、たとえばデビュー作となる『クリシャ』っていうのは、実際にそのクリシャおばさんという本当に自分の親類を出してる、っていうようなところとか。
つまり、手法もテーマも、少なくともこれまでの長編三作に関して言えば、はっきりと共通する、ある意味、毎回同じように自分と自分の家族の話を共通するタッチで描いている人、とも言えるっていう。そのぐらい結構極端な人なんですね。さっき言ったように、『クリシャ』、最初は2014年の短編、で、それを長編化したのが2015年の『クリシャ』っていう作品で。僕は今回、輸入DVDをですね、実はこんなこともあろうかと思って(笑)、早めに取り寄せて見ておいてよかった!っていう感じですけど。
これ、本当に自分のこのクリシャおばさんというおばさんが出演していて。で、自分も出演しているし、あと、自分の親族も出演しているし、っていうことで。で、その自分たちの実体験を映画化して、っていうことで、ほとんど自伝的な作りというかね。それでなおかつ、舞台となる家があるんですけど、これ、家は実際は違う家を使っているんだけども、今回の『WAVES/ウェイブス』で出てくる、舞台となる家と、家の作り……この入口があって、玄関があって、回っていく階段があって、2階があって、とか。
なんかね、構造があえて似たものを、要するに『クリシャ』と似た感じの家を……これ、監督ご自身が仰ってることなんだけど、あえて『クリシャ』と同じように見える家を使っているっていうんですよ。とかですね、後は二作目、2017年の『イット・カムズ・アット・ナイト』。これ、広い意味で言うパンデミック物なんだけども、これもやっぱり今回の『WAVES/ウェイブス』と通じる、そのマッチョなお父さんが、マッチョなお父さんゆえに、いろいろ家族を守ろうとするんだけど、結果としてそれが、何て言うか、子供のことはちゃんと見ていないってことになってしまうというか、そういうようなことを描いている作品でもあって、ということで。
とにかくですね、毎回ある意味同じように、自分と自分の家族の話をやっている。しかも、手法も重なっている。ということで、まさにこれが「作家性」ですよね。そんな強烈な個性というのがあったりする、ということで。まずは非常に興味深い方なんですね、トレイ・エドワード・シュルツさんという方が。映画監督として。
■作品の中に私小説的と言っていいほど実人生を色濃く反省させている
で、今回の『WAVES/ウェイブス』も、トレイ・エドワード・シュルツさんご自身の高校時代……たとえばね、レスリングで肩をケガして挫折した、今までずっと練習を積んできたのがムダになっちゃった、とかですね。
あとはその、恋人との思い出。旅行をした、ロードトリップの思い出だとか、あとはその恋人とモメた後に、自分の部屋を暴れて壊しちゃった、とか。あとは、たとえば長年会っていなかったという父親……それも、やはり非常にマッチョで、これはあの『WAVES/ウェイブス』の劇中にある通り、一緒にウエイトトレーニングとかをしていたようなお父さん。で、長年会っていなかったお父さんが、ガンで亡くなるまでを看取った経験とか。
だから要するに、今回の『WAVES/ウェイブス』の劇中で、2人出てくるお父さん。あれは要するに、両方ともそのご自身のお父さん像の反映でもある、というね。しかもですね、これは「Fan’ Voice」というところのインタビューによればですね、その時の様子……要するにお父さんを実際に看取った様子を撮った動画を、俳優陣に送って参考にさせた、っていうんですよ。っていう……なかなかですよね、これね?
ということで、実はものすごく、ほとんど私小説的と言っていいほど、シュルツさん自身の実人生要素が色濃い作品なんですね。で、そのご自身の家族との実人生、あるいはその恋人との思い出のトラウマを作品に塗り込める、という意味では、同じA24組、アリ・アスターさんと、たしかにちょっと近いところはあるぞ、と。映像タッチはちょっとバリー・ジェンキンス風なんだけど、本質はアリ・アスター的、っていうところがあるという。
■ポップでカラフルな序盤を見て、「なんでこんなリア充が調子こいているところを見せられなきゃいけないわけ?」
で、ですね、今回の『WAVES/ウェイブス』。お話としては、特にやはり1980年のロバート・レッドフォード監督『普通の人々』的な感じですね。あれを想起させるような、要するに裕福な上流中産家庭というか、それが内部から自壊していく。特に親と子の断絶、あるいはその夫婦間の断絶によって、内部から自壊していく、機能不全に陥っていく、というタイプのホームドラマ。で、それを今回の『WAVES/ウェイブス』は、徹底してその子供側、子供から見た世界、子供側の主観で描いていく、というタイプの作品だと思ってください。
ただですね、序盤は……さっきから言ってるように、プレイリストムービーと言っているぐらいで、まあ豪華ポップミュージックが流れまくるわけですね。非常にポップでカラフルなタッチ。舞台がフロリダっていうのもありますしね。陽光あふれる中で。で、あとはその、美術なども含めてですね……たとえばあのタイラーくんの家のカーテンが、すごくきれいなカーテンの色だったりとかして、画面のあちこちに、やっぱりレインボーカラー的なものが配されて。
時にはショットの合間にですね、これはたぶんポール・トーマス・アンダーソンの『パンチドランク・ラブ』のオマージュというか、あれを参考にしてる感じだと思うんですけど、登場人物の心情的テンションを表すかのように、色のグラデーションが、非常に抽象的な感じで、ショットとショットの間に映し出されたりもする、という感じで。しかもそれが、エンドクレジットでは、最後はいろんな色のグラデーションが全面展開される。つまり、いろんな人が、いろんなことを思いながら織りなしているこの世界、というものを示すような感じの演出になっている。非常にシンボリックな演出になっていたり、という感じで。
まあとにかく、特に序盤はポップでカラフルだし、この時点でのその主人公タイラーくんの日々はですね、まあとにかくイケイケ! 彼の自信と生活の充実ぶりというものを示すかのように、カメラワークも、ものすごいスピード感なんですね。ガーッとカメラが走っていったり、ガーッとパンしたりとか、非常にカメラワークもスピーディーで、まさしく……もう俺、最初に見た時は、「こんな、本当に『リア充』ってこのことだよね! なんでこんなリア充が調子こいているところを見せられなきゃいけないわけ?」って最初は思っちゃったぐらい、何ひとつ欠けるものがない人生のように見える、という。少なくとも表面的には、っていうね。
たとえばその、アニマル・コレクティヴっていうねグループの「FloriDada」という曲に乗せて、美しい恋人を助手席に乗せながらノリノリでドライブする姿を、先ほどのメールにもあった通り、360度グルグル回るカメラで、非常にハイテンションで見せたりしていくわけです。ちなみにその車内をぐるっと360度見回すカメラワーク……しかもですね、この最初の部分では、「FloriDada」という曲のまさに「ブリッジ」部分の歌詞ともシンクロをするかのように、「橋を渡っている」んですけど。
そのシチュエーションは、先ほどのメールにもあった通り、映画後半、というか、第三幕目にちょうど入るところで、再び、違う人物、違うシチュエーション、違う場所で繰り返される、っていうのがあるんですけど。
■ウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』の構成を借用した前後半のシンメトリー構成
事程左様にですね、この『WAVES/ウェイブス』という作品は、今言ったところとかもそうですし、あとは「車の窓から顔を出す」とか、あとはお風呂に向かい合って入る、っていうのもあるし……1人で入るっていうのもあるんだけど、そのお風呂に入るとか、その横顔であるとか。
あるいは、高橋芳朗さんも指摘されていたように、ダイナ・ワシントンの「What Difference A Day Makes」という、邦題は「縁は異なもの」というものがついてたりもしますが、あの曲が、前半と後半で2回流れて、そのニュアンスが対照的に響く。これ、ヨシくんも言ってましたけどね。ちなみにこの「縁は異なもの」が使われた過去の映画といえば、ウォン・カーウァイの、あの1994年の『恋する惑星』っていうのがすごい有名なんですね。トニー・レオンが途中で、飛行機(のオモチャ)でワーッとやるところで流れるんですけど。
トレイ・エドワード・シュルツさん、案の定というべきか、『恋する惑星』がすごい好きで、この選曲のみならず、映画全体の構成も、はっきりもう『恋する惑星』のある種引用というか、まあその、構成を借用していますよね。とにかくこの『WAVES/ウェイブス』、今言ったように、その『恋する惑星』同様ですね、ちょっとこれはネタバレチックになりますが、実は二部構成なんですね。で、その上映時間のちょうど真ん中あたり、そこあたりを中心にして、割とキツいポイントを中心とした、シンメトリーな構造になっている、ということなんですね。
■他人に弱みを見せられないタイラーくん。やがて遭遇した悲劇のとき、父親の表情は……
とにかくその、さっきから言ってるように序盤のタイラーくん、およびその一家も、リア充そのものに見えるわけです。ただしですね、特にやはりそのタイラーくん自身がですね、その外ヅラのパーフェクトさを自分にも求めてるし、求められている、という、この時代、この世代ならではのプレッシャー。あのね、イケてる写真を撮ってSNSに上げるとか、これだってあれだって、楽じゃねえだろうな、って思って見ているし。
特にやはりお父さん……これ、スターリング・K・ブラウン。『THIS IS US』とかね、あとはやはり『ブラックパンサー』のエリック・キルモンガーのお父さん役も印象的でした、スターリング・K・ブラウンが演じる、全てをマッチョにコントロール、支配しようとするその教育方針……ただ、このお父さんがこれだけマッチョに突っ張ってるのも、彼が途中で言う会話から察するに、アフリカ系アメリカ人として何世代もかけてこの裕福な環境っていうのを作ってきたんだから、気を抜くなよ、っていう、やっぱりアフリカ系アメリカ人として、常に気を張っていないとっていう、その立場もあるんだ、っていうことなんですよね。
だから、ちょっと人種問題も多少はここに入ってきてるわけですけど。で、そういう非常にマッチョな教育方針に対して、タイラーくんも全面的に従い、影響されている様子というのが、やはりちょっと若干、息苦しいし、危うさも感じさせる。タイラーくんのその、染めた金髪であるとか、あるいは演じるケルヴィン・ハリソン・Jrさん、これ、『イット・カムズ・アット・ナイト』から引き続いての出演ですけど、彼自身のオリジナルだという、あのピアノ演奏とかがありますよね。それはどこか、やっぱりその父親のわかりやすいマッチョ性とは異なる、「本当の自分は違うんだけどな……」っていう、その繊細な内面の表れであるようにも見えたりもするという感じなんですね。
で、途中でいろいろあって、MRIの「ガッガッガッ!」っていう。この番組でこの前、オープニングでも話しました、あの独特のリズミカルなノイズ音を、エイサップ・ロッキー「LVL」のあのイントロと重ねるという、非常に鮮烈な演出を挟んで、タイラーくん、先ほど言ったようにトレイ・エドワード・シュルツさんの若き日の実体験を元にした、彼の立場からすると本当に「世界の終わりだ!」っていうぐらいの、要するにレスリング選手としての生命の危機を告げられる、という。
で、ここで満を持して……これまでは既存のポップミュージックがすごくポップに流れてたんだけど、満を持して、トレント・レズナーとアッティカス・ロスさんコンビの不穏な劇伴が流れだす、という非常に周到な演出をしている。で、そこから、先ほどから言ってるようにスクリーンサイズの、画面アスペクト比が変わるわけです。上下がちょっと狭くなる。それまでは1.85対1のアメリカンビスタだったのが、上下が縮まって、たぶん2.35対1のシネスコサイズになって。ちょっと縮まるわけですね。
しかし、もうケガしちゃってるわけなんですけど、さっきから言っているように、全てにおいてコントロールされた、完璧を要求するという主に父親のプレッシャーがある中、両親を含めて、要は他の人に弱みを見せることをよしとしない、それがうまくできないっていう……まあ、これは多かれ少なかれ、僕を含めた大半の男性が、世界的に抱えている問題でもあるわけですけど。僕もやっぱり、弱みを見せるのが上手い方じゃないな、って自分でも思いますけど。
まあ、そのタイラーくん、弱みを見せられない彼は、肩の致命的な損傷を、クスリと酒でごまかしながら、試合に臨んでしまう。で、当然これは、決定的に肩をダメにしてしまう、ということになる。それで救急車に乗せられるわけですけど、それを見守るお父さん……お母さんはしかもね、義理のお母さんだったりして、なかなかここも複雑なんですが、要はお父さんがですね、いたわりとか、「気付いてあげられなくてごめんね」っていうような後悔の念が感じられるような目線ではなく、ただただ物事が思い通りにならなかった苛立ち、失望だけがうかがえるような表情をしてるわけです。
で、それを見たタイラーくんのこの表情っていうのが、一番痛ましくて。「その顔が見たくなかったから言えなかったのに……」っていう。これね、ケルヴィン・ハリソン・Jrさんの泣き顔が絶品なんですけど。ここでのもう、絶望の号泣が本当に痛ましいんですけど。で、その後ね、彼は、さらに恋人の妊娠が分かって……これは多分にお父さん譲りの、マッチョな「俺の言うことを聞いとけ」体質ゆえに、ちょっと彼、彼女は彼女で大変なのに、彼女こそ大変なのに、ひどく利己的な対応しかできなかった、ということで。
■後半では、「主要男性キャラクターたちが泣く」ことで自己開示、相互理解、許し合いへと向かっていく
これもね、特に高橋芳朗さんが指摘されていました、H.E.R.の「Focus」という曲、場面の始まりと終わりで、曲のニュアンスが180度違って聞こえる、というね。すさまじい場面でしたけども。完全に破局してしまい、気づけば序盤で手にしていた全てを失ってしまったように見えるタイラーくん。それで唯一、彼が人前で泣く、弱み、心情心情を吐露する相手が、後半の主人公エミリー……こんな感じで、その後半の主人公、妹のエミリー、彼女の前で、「主要男性キャラクターたちが泣く」っていうのが、特に後半、大きなポイントとなっていく作品なんですね。
ということで、自暴自棄となったタイラーくんが、みるみる奈落の底へと落ちていき、結果最悪の事態が起こる。そこから画面は、正方形に近い、いわゆるスタンダードサイズ、1.33対1になってですね、恐らくここは16ミリフィルム、もしくはその質感を模した感じで、ザラッとした感じになって。だいぶくすんだ感じになっていく。画面の感じも変わっていく。ということで、強くあろうとした父親がね、それゆえに息子のことをちゃんと見ていなかったことによる悲劇、というのは、『イット・カムズ・アット・ナイト』と同じテーマとも言えるし、僕は、日本の『葛城事件』を強く連想したりもしたくだりでしたけど。
しかしこの『WAVES/ウェイブス』は、さらにその先……後半、妹エミリーの視点に移ってから、つまりそうしたマッチョな男たち、家父長制的支配のプレッシャーで自らをも縛ってきた男たちが、いかに自分の弱さをさらし、自己開示し、そのことによって他者の弱さを受け入れ、許すことを知っていくかという、要は支配、対立、憎しみを超えて、自己開示、相互理解、許し合いへと向かっていくかっていう、そういうプロセスを、声高にではなく、静かに粛々と描くことになっていく。
で、エミリーの心が開かれていくに従って、アスペクト比も再び、1.33対1から2.35対1、そして1.85対1へと開かれて、元に戻っていく。で、そこでのですね、いわば触媒的な役割を果たす、あのルーカス・ヘッジズ演じるルークさんね……役名が本人の本名とだいたい一致してるところもやっぱりね、このシュルツさんの作風っぽいですけどね。全くマッチョ的なところがない男、不器用だけど誠実、っていうところも本当に素敵ですね。あのベッドシーンの、ものすごい本当っぽいやり取りとか、笑っちゃいましたけどね。
あとはそのクライマックスね。やはり先ほどのメールにもあった通り、レディオヘッド「True Love Waits」の、非常に感動的なモンタージュ。ここで初めて視点が、エミリーとかタイラーから離れて、「みんな」の視点になる、それぞれの視点になる、というところもすごく……視点がちょっとフッと上に上がるところ、ここも非常に巧みだったと思います。
■見た目のチャラさに対して、なかなか深くて重い映画
と、いうことでですね。家父長制的な、マッチョな社会構造の中で、男たちも幸せになれない、弱みを見せられない、幸せじゃない。そんな男たちが、「人前で泣く」瞬間が印象的に配される。そこに男性たちの救いも垣間見せている、という点で、やっぱり僕は『はちどり』とも通じるテーマを扱っているとも思いました。はい。ということで、この後半部分は、監督にとっては一種、セラピー的な作品、ということになってるんじゃないでしょうか。
ということで今後ね、トレイ・エドワード・シュルツさんがどういう作品を作っていくのか?っていうのも非常に興味深いですし。色、音、スクリーンサイズ諸々を、「体感」してナンボなので。見た目のチャラさに対して、なかなか深い、重い映画です。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。
(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『アルプススタンドのはしの方』……を、まさかの山本アナがチェンジ! 結果、『悪人伝』に決まりました)
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以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
(ガチャパートにて)
山本匠晃:ありがとうございます。今、メダルを入れました。よいしょ、コンコロリーン! ええと、『アルプススタンドのはしの方』。もう一度、回します(あっさり)。
宇多丸:おお、マジか!? 今日はなんでそんなあっさりなんだ!? おいおい!
山本匠晃:はい……(ガチャを回し直して出たカプセルを見て)『悪人伝』、行ってみよう!
宇多丸:ああ、いいね。ああ、そっち? わかりました(笑)。
山本匠晃:マ・ドンソク!