音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム(2020/09/18)
「映画『メイキング・オブ・モータウン』公開記念〜スモーキー・ロビンソンがビートルズのお手本だった!」
高橋:本日はこんなテーマでお送りいたします! 「映画『メイキング・オブ・モータウン』公開記念〜スモーキー・ロビンソンがビートルズのお手本だった!」。
本日より公開のドキュメンタリー映画『メイキング・オブ・モータウン』にちなんだ特集です。杉山さん、モータウンはご存知ですか?
杉山:名前は聞いたことがあります。レコード会社ですよね?
高橋:その通り、レコード会社です。モータウンは1959年に設立された黒人が経営するレコード会社の先駆け。以降のポップミュージックや黒人の地位向上にも絶大な影響を及ぼしました。主な所属アーティストは、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、テンプテーションズ、マーヴィン・ゲイなど、伝説のシンガーがキラ星のごとく名を連ねています。モータウンはこのコーナーで何度も取り上げてきてるから堀井さんはわかりますよね。
堀井:はい。映画でも観ました。
高橋:今回の映画『メイキング・オブ・モータウン』は、そんなモータウンのあらましを創設者のベリー・ゴーディ・ジュニアと彼の右腕だったモータウンの副社長で自らも歌手/ソングライターとして活躍したスモーキー・ロビンソンが案内役となって紹介していくドキュメンタリーです。
今日は、その名シンガーにしてモータウン副社長のスモーキー・ロビンソンがどれだけビートルズに影響を与えているのか、じっくり解説していきたいと思います。もうビートルズはスモーキー・ロビンソンにめちゃくちゃ影響を受けているんですよ。特にジョン・レノンはスモーキーのソングライティング術に心酔していて。たとえば2004年に『John Lennon’s Jukebox』というCD2枚組のコンピレーションアルバムがリリースされているんですけど、これはジョン・レノンが1960年代に所有していたジュークボックスに入っていた41枚のレコードをそのままCDにまとめたものなんですね。
John Lennon’s Jukebox

スー:へー、ジョン・レノンのジュークボックスを?
高橋:そう。そしてその41曲のうち、スモーキー・ロビンソン率いるミラクルズの曲が5曲も入っているんですよ。他ではリトル・リチャードとラリー・ウィリアムズの曲がそれぞれ3曲収録されているんですけど、5曲も入っているのはスモーキー・ロビンソンだけですね。
スー:そうなんだ!
高橋:では、まずはそのジョン・レノンのジュークボックスに入っていたスモーキーの曲から1965年の大ヒットを聴いてもらいましょう。これから先の解説はこの曲のこの雰囲気を念頭に置いて聞いてくださいね。
M1 The Tracks of My Tears / Smokey Robinson & The Miracles
高橋:ジョン・レノンはビートルズのデビュー当時、このスモーキー・ロビンソンをソングライティングお手本にしていたようなところがあるんですね。まず、1963年のデビューアルバム『Please Please Me』に収録の「Ask Me Why」。これはジョンがスモーキーの「What’s So Good About Goodbye」を参考にしたといわれています。例のジュークボックスにも入っていた曲ですね。
BGM: What’s So Good About Goodbye / The Miracles
BGM: Ask Me Why / The Beatles
そして、ジョン・レノンがスモーキー・ロビンソンから受けた影響がものすごくわかりやすく表れているのが、続くビートルズのセカンドアルバム『With The Beatles』。ある意味、これはスモーキー・ロビンソンとモータウンのトリビュートアルバムといってもいいかもしれませんね。
スー:あー、このアルバムね!
高橋:この『With The Beatles』、まずモータウンのカバー曲が3曲も入ってるんですよ。バレット・ストロングの「Money (That’s What I Want)」、それからマーヴェレッツの「Please Mr. Postman」。
BGM: Money (That’s What I Want) / The Beatles
BGM: Please Mr. Postman / The Beatles
そしてもう一曲がスモーキー・ロビンソンとミラクルズの「You’ve Really Got a Hold On Me」なんですよ。
BGM: You’ve Really Got a Hold On Me / The Beatles
スー:これ、ビートルズが原曲だと思っている人もいるだろうね。
高橋:あー、いるかもしれないね。そして、この『With The Beatles』にはこれに加えてスモーキー・ロビンソンのオマージュが2曲入っています。まずアルバム2曲目の「All I’ve Got To Do」。ジョン・レノンはこの曲について「『Ask Me Why』に続いてもう一回スモーキーみたいにやってみた」とコメントしています。
BGM: All I’ve Got to Do / The Beatles
それからアルバム13曲目の「Not a Second Time」。ジョンはこの曲について「スモーキーみたいな曲を書けるか試してみた」と話していて。ポール・マッカートニーも「この曲は明らかにスモーキーの影響を受けているね」と証言しています。
BGM: Not Second a Time / The Beatles
こうしたジョン・レノンによるスモーキー・ロビンソンのオマージュの最初の到達点といえるのが、アルバム『With The Beatles』の直後に発表した「This Boy」です。これは「I Want to Hold Your Hand」のカップリング曲なんですけど、スモーキーとミラクルズの「I’ve Been Good To You」をモチーフにしてつくられています。この曲もジョンのジュークボックスに入っていた曲ですね。
BGM: I’ve Been Good to You / The Miracles
では、ここで間髪入れずにビートルズの「This Boy」を。流れで聴けばいかに彼らがスモーキーの影響を受けているかがよくわかると思います。
M2 This Boy / The Beatles
高橋:こうやって並べてみると通じるものがあることがなんとなくでも聴き取れるかなと。
スー:甘いよね。スモーキー・ロビンソンの甘みがたっぷり入ってる。
高橋:ジョンは「This Boy」について「3パートのハーモニーがあるスモーキー・ロビンソン・タイプの曲を書いてみたかった」とコメントしていて。
スー:どういうこと?
高橋:3つのコーラスが重なってくるということでしょうね。
スー:ああーっ、そうか!
高橋:ちなみにジョージ・ハリスンも「『This Boy』のサビを聴けばジョンがスモーキーをやろうとしているのがわかるはず」と証言していますね。この「This Boy」はビートルズ初期の傑作でそれはジョンも自負しているんですけど、彼はまだ納得がいかなったところもあったみたいで。ジョンは「This Boy」の2年後、「Ticket To Ride」のカップリング曲で「This Boy」の続編のような曲をつくるんですよ。それが「Yes It Is」です。
BGM: Yes It Is / The Beatles
ジョン・レノン曰く、この「Yes It Is」は「This Boy」のリライトになるそうで。ただ、彼は「『Yes It Is』では『This Boy』をやり直したんだけどうまくいかなかった」とコメントしているんですよ。ポール・マッカートニーは「いやいや、素晴らしい曲だよ!」と擁護しているんですけどね。
そして最初の「Ask Me Why」から2年、この「Yes It Is」のレコーディングから約半年後にジョン・レノンのスモーキー・ロビンソンへのオマージュがついに結実することになります。
スー:フフフフフ、まだやるんだ!
高橋:それが1965年の名盤『Rubber Soul』に収録されている「In My Life」です。この曲はジョンとポール双方で「僕が書いた曲だ!」と主張しているんですけど、一般的にはジョン・レノン主導の曲とされています。ただ、どちらにしてもスモーキー・ロビンソンからの影響は認めているところで。ポールの証言によると、スモーキー・ロビンソンの最初に聴いてもらった「The Tracks of My Tears」や『With The Beatles』でカバーした「You’ve Really Got a Hold On Me」のメロディからインスピレーションを得たとのことです。「In My Life」はビートルズナンバーでも特に人気の高い曲でご存知の方も多いと思うんですけど、今日のこの流れで聴いていくとスモーキー・ロビンソンのエッセンスが確認できるんじゃないでしょうか。
M3 In My Life / The Beatles
高橋:この文脈で聴くと結構スモーキー感あると思いません?
スー:うん、すごくわかる!
高橋:やった! めちゃくちゃうれしい!
スー:いままで「In My Life」を聴いて一度もスモーキーを連想したことなかったけどね。なるほどなって思いました。
高橋:この「In My Life」をもってジョン・レノンのスモーキー・ロビンソンのオマージュはひとまずの決着をみることになります。1967年の「I Am The Walrus」の歌詞の「I’m crying」というフレーズがスモーキーとミラクルズのヒット曲「Ooh Baby Baby」から引用したものだったり、細かいものはあるんですけどね。
BGM: I Am The Walrus / The Beatles
BGM: Ooh Baby Baby / Smokey Robinson & The Miracles
ただ、ビートルズにはジョン・レノンの陰に隠れてもうひとりスモーキー・ロビンソンのことが好きすぎるメンバーがいるんですよ。それがジョージ・ハリスン。
スー:フフフフフ、そうなんだ!
高橋:ジョージはビートルズ解散後の1975年、ソロアルバム『Extra Texture』でスモーキーのオマージュ曲をつくっているんですね。それが「Ooh Baby (You Know That I Love You)」。タイトルからもわかると思うんですけど、これは先ほどジョン・レノンが「I Am The Walrus」で引用した「Ooh Baby Baby」のオマージュになります。
BGM: Ooh Baby (You Know That I Love You) / George Harrison
高橋:そして、ジョージはこの「Ooh Baby (You Know That I Love You)」が入った『Extra Texture』の次のアルバムでまたスモーキー・ロビンソンにオマージュを捧げているんですよ。
堀井:またやってる(笑)。
スー:アハハハハ、ビートルズはなにをやっているんだ?
高橋:もうスモーキーのことが大好きすぎてアルバム2枚連続でラブコールを送るという(笑)。それがジョージの1976年のアルバム『33 1/3』に収録されている曲、タイトルもずばり「Pure Smokey」。
スー:フフフフフ。
高橋:スモーキー・ロビンソンが1974年に同じタイトルの『Pure Smokey』というアルバムをリリースしているから、きっとそこから拝借したんでしょうね。ジョージはこの「Pure Smokey」でビートルズのメンバーを代表するようにしてスモーキーに感謝の気持ちを伝えているんです。歌詞の一部を紹介しますね。「ずっと昔を振り返ってみると、僕の耳にはいつも愛の囁きが聞こえていた。神様、僕たちにピュア・スモーキーを与えてくれてありがとう」。そのほかにも以前にビートルズでカバーした「You Reall Got a Hold On Me」のタイトルをもじった「He really got a hold on me / And I thank you all giving us Pure Smokey」なんてフレーズもあったりして。これは愛情あふれる素晴らしいトリビュートソングだと思います。
M4 Pure Smokey / George Harrison
高橋:ジョージはこのあと、1987年リリースのアルバム『Cloud Nine』収録の「When We Was Fab」でもひそかにスモーキーにオマージュを捧げていて。ここでも「You Reall Got a Hold On Me」を引用した「Long time ago when we was fab / Like this pullover you sent me / And you really got a hold on me」なんてフレーズがあるんですよ。この「When We Was Fab」がビートルズ時代を回想した曲であることを踏まえると、ここでのスモーキーの引用がまた大きな意味を帯びてくるんじゃないかと思います。
BGM: When We Was Fab / George Harrison
そんなわけでビートルズ、主にジョン・レノンとジョージ・ハリスンがどれだけスモーキー・ロビンソンに憧れていたかを紹介してきましたが、最後にひとつ付け加えておくとスモーキーはミラクルズを率いていた時代にビートルズナンバーを4回カバーしているんです。どんな曲を取り上げているかというと、「Yesterday」(1968年作『Special Occasion』収録)、「Hey Jude」(1969年作『Four in Blue』収録)、「And I Love Her」(1970年作『What Love Has Joined Together』収録)、そして「Something」(1970年作『A Pocket Full of Miracles』収録)の4曲。基本ポール・マッカートニーが書いた曲ばかりでジョン・レノンがつくった曲は一曲も歌っていないあたりが切ないですね。
BGM: Yesterday / Smokey Robinson & The Miracles
BGM: Hey Jude / Smokey Robinson & The Miracles
BGM: And I Love Her / Smokey Robinson & The Miracles
BGM: Something/Something You Got / Smokey Robinson & The Miracles
スモーキー・ロビンソンについては、あのボブ・ディランも「アメリカで現存する最も偉大な詩人」と最大級の賛辞を贈っています。ここ日本でのスモーキーの認知や評価は同じモータウンのスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイに比べると大きく遅れをとっているのが実情ですが、今回のドキュメンタリー『メイキング・オブ・モータウン』の公開を機にぜひ彼の偉大な作品の数々に触れてみてほしいですね。
ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック
生活が踊る歌 -TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』音楽コラム傑作選-
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当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。
9月14日(月)
(11:10) Say It Isn’t So / Daryl Hall & John Oates
(11:26) I Can Dream About You / Dan Hartman
(12:16) Sad Songs (Say So Much) / Elton John
9月15日(火)
(11:10) Aztec Camera / Still On Fire
(11:26) The Pale Fountains / Jean’s Not Happening
(11:37) Friends Again / Vaguely Yours
(12:12) Everything But The Girl / Are You Trying to Be Funny?
(12:49) 佐野元春 / Strange Days
9月16日(水)
(11:11) Surrender / Cheap Trick
(11:27) Set Me Free / Utopia
(11:38) Where Have You Been All My Life / Fotomaker
(12:13) Sweet Talkin’ Woman / Electric Light Orchestra
(12:50) Moonlight Dance / シーナ&ロケッツ
9月17日(木)
(11:06) Line for Lyons / Chet Baker
(11:25) Life Can Be Beautiful / Beverly Kenney
(11:37) Little Jazz Bird / Mark Murphy
(12:17) The Middle of Love / Blossom Dearie
9月18日(金)
(11:08) Bad Luck / Harold Melvin & The Blue Notes
(11:24) Groovy People / Lou Rawls
(12:15) Let’Em In / Billy Paul