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宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『スパイダーマン:ホームカミング』!
(テーマ曲が流れる)
はい。サム・ライミ監督版、マーク・ウェブ監督版に続く『スパイダーマン』三度目の実写映画シリーズ化にして、『アベンジャーズ』をはじめとするマーベル・シネマティック・ユニバースの16作目にあたる本作。15才の高校生でスパイダーマンに変身するピーター・パーカー役を演じるのはトム・ホランド。悪役のバルチャーを演じるのは『バットマン』のマイケル・キートン。共演はロバート・ダウニー・ジュニア。監督は『COP CAR コップ・カー』で注目を集めた新鋭ジョン・ワッツということでございます。私、『COP CAR コップ・カー』が大好きなんですよね。はい。
ということで、この『スパイダーマン:ホームカミング』を見たよというリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多い」ということで。公開まだ1週目なんですけどね。公開されたばかり。やっぱり夏の目玉作品ですし、非常に注目度が高かったということでございます。賛否の比率は「賛」が7割。「普通」が2割。「否定」が1割。「作品自体もトム・ホランドも歴代のスパイダーマンの中で最高」「ヒーロー映画要素と青春映画要素のバランスが絶妙」「ヴィラン(悪役)のバルチャーを演じたマイケル・キートンの演技に圧倒された」などが主な褒める意見。逆に否定的な意見としては、「ピーターが成長していく過程の描写が不十分」「マーベル・シネマティック・ユニバースに組み込まれたことで単独映画としてのインパクトに欠ける出来」「夜のアクションシーンが暗くてわかりづらい」などが目立ちました。
ラジオネーム「いせもん」さん。27才大学院生の方。「『スパイダーマン:ホームカミング』、公開初日にIMAX3Dでウォッチしてきました。アメコミヒーローの中で、自分はいちばんスパイダーマンが好きなので親愛なる隣人(スパイダーマンのキャッチフレーズ)の彼が、思う存分ヒーロー活動をしているという、それ自体がもう最高な映画体験なわけです。『フェリスはある朝突然に』のシーン……」、これはジョン・ヒューズの『フェリスはある朝突然に』が途中でちょっと引用されているんですけども「……のシーンがわかりやすく示されるように、ジョン・ヒューズが構築したティーンエイジ学園物要素を思い切り意識しているところが前ニ作シリーズとは明確に異なる部分だと思います。『スパイダーマン』シリーズにおいてそこはめちゃ重要な要素なので、コミックファン的には大満足。
トビー・マグワイアもアンドリュー・ガーフィールドもそれぞれ良いところはあったけど、トム・ホランドは誰よりも愛おしい、そして誰からも愛されるピーター・パーカー像を今作で確立したと思います。人種が入り混じっているクイーンズの様子やなかなか摩天楼をスイングできずヒーヒー言いながら走り回るピーターの様子が新鮮でした。でも、たぶん本当はこういうことですよね」ということをおっしゃっていただいております。
一方、ダメだったという方。「チーズ・フロム・バームクーヘン」さん。この方はいろいろとたっぷり書いていただいて。ちょっと端折らせていただきますが、ダメだと言っているポイントを整理して書いていただいていて。「主人公の精神的な成長を描けていない」とかですね。「それは自分の軽はずみな行動が大切な友達をも巻き込んで命の危険にさらしてしまった後も、やはり後悔することもない。ひとつひとつの出来事が彼にとってはひたすら1話完結で、全く成長が見られないように感じます」というご意見。「行き当たりばったりで最後にたまたま悪の親玉を倒してハッピーエンドになっていますが、彼が自分の運命を自覚し、真にヒーローとして成長するプロセスは全く描けていないと思います。彼が作中でヒーローとして行動する動機はあくまでも自分勝手な正義感で、それが最後にたまたま仲間を救う結果になっただけなのです。トニーもピーターもアイアンマンもスパイダーマンも大好きですが、今回の話の描こうとしていることと実際に作中で起きていることがどうも噛み合っていない気がして、この作品は好きになれませんでした」ということでございます。
はい。ということで『スパイダーマン:ホームカミング』、私もまさにIMAX字幕3DをT・ジョイPRINCE品川と、バルト9の字幕2Dで、まあ2回しか見ていないですけど見てまいりました。まあ、先ほども紹介の中にありましたけどね、スパイダーマンの実写映画化。2002年、2004年、2007年のサム・ライミ監督版の三部作、トビー・マグワイアが主人公ピーター・パーカーを演じるという。これがある意味、すでに決定版的存在としてすでにあってですね。まあ、間違いなくこのサム・ライミ版は、2000年代以降、現在に至るアメコミスーパーヒーロー物の興隆の口火を切ったシリーズだというのは間違いないと思いますが。
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で、2007年から5年後の2012年に、『(500)日のサマー』で当時注目を集めていたマーク・ウェブ監督が抜擢され、アンドリュー・ガーフィールドが主人公のピーター・パーカーを演じる、リブート版『アメイジング・スパイダーマン』……あと、それに続いて、当コーナーでは2014年5月17日にウォッチしました、二作目の『アメイジング・スパイダーマン2』というのがあったわけですね。あの、これはこれで本当はね、サム・ライミ版とはまた違った味わいがある、全然ありなシリーズだったと思うんです。特に『2』はそれがはっきりするといいますか、ウォッチメンの評の中でも言いましたけど、『1』の時は「同じことを繰り返してるだけじゃないか」みたいな批判が多かったんですが、『2』からさかのぼると、「ああ、ちゃんと違うことをやろうとしている。ちゃんと『1』からやっているじゃないか」と。だからさかのぼって僕は、遅まきながらね、マーク・ウェブ版もいいじゃないかと思ったんですけども……。
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ただ、やっぱりサム・ライミ版がそこまで古びてない時期でのリブートだったということもあり、ちょっと分が悪かったというか。興行成績的には少なくとも会社的には期待はずれだったらしく……で、またまたのリブートと。その1個前が2014年ですから、まだ3年しかたっていないわけですよ。普通だったら「えっ、またリブート?」って思ってしまうような、普通だったら「それ、迷走してんじゃないの?」っていう感じがする流れなんですけど。まあご存知の方も多い通り、先ほどの紹介でも言いましたとおり、今回のリブートは、だいぶ事情が違う。要は、ディズニー傘下でずっと進んでいたマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)。事実上現在のアメリカ製超大作エンターテイメント映画の覇者にして、このコーナーでもちょいちょい言及しておりますが、映画の「ユニバース化」というか、ぶっちゃけ「映画の連続ドラマ化」の潮流のまさに中心のMCU。
そのMCUに、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント傘下ゆえMCUとは合流できないシリーズ、フランチャイズだと思われていた『スパイダーマン』が、まさかの合流。2016年の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で、これはこのコーナーで2016年6月4日に扱いましたけども、まさかの合流という。で、その『シビル・ウォー』では、ピーター・パーカーをトニー・スタークがスカウトするシーンを含め、ルッソ兄弟というその『シビル・ウォー』を監督していた兄弟が演出をしていて。今回の『ホームカミング』で監督に抜擢されたジョン・ワッツさんは、そのピーターのベッドルームでトニーと話す場面という。そこではじめて、新しいピーター・パーカーであるトム・ホランドとも会って。その後、ルッソ兄弟とも作品のトーンのすり合わせを、そこから行ったということらしいんですけども。
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まあ、とにかくMCUの中の一作品として、なんなら『アベンジャーズ』という本流の物語のスピンオフ的な立ち位置として、今回の『スパイダーマン』の再リブートの一作目はある、という大前提がございます。なので、これはみなさんがおっしゃることですけども、『アメイジング・スパイダーマン』の時に最も不評だった「またクモに噛まれるところからやんの?」とか、「またベンおじさんの話からやんの?」的な……みんな、その話はもう知っているよ的なスパイダーマン誕生譚のところは、思い切って全部すっ飛ばして。ただ、これをいきなりすっ飛ばしたリブートができるのは、やっぱりサム・ライミ版とかマーク・ウェブ版がそのへんをきっちりと描いていて、その記憶がまだ新しいというですね、この作品単体とは別の映画的文脈が外にあるからであって。やっぱり映画というのは時代の文脈から離れては語れないなと思います。
もちろんあと、MCUの成功によって、ユニバース的な、連続ドラマ的な映画のあり方というのに多くの観客が慣れているという、この前提があってこそのことですよね。MCUがここまで成功していなかったら、「えっ、なんで話の途中から始まってるの? なにこれ、知らないんだけど」っていうつくりは避けると思うんですけど。ということで、非常に時代の文脈と切り離せない一作であるのは間違いないと。で、まあとにかくですね、今回の『ホームカミング』は、すでにピーター・パーカーが超能力を身につけた状態。それこそピーター・パーカー視点から見た『シビル・ウォー』参加の経緯、裏側から始まるわけですね。
で、このくだり。スマホで撮影した、いかにも今時の若者風のビデオ日記が、まず本当に可笑しい。『シビル・ウォー』の空港のところで、非常にダイナミックなバトルシーンがありますよね。超人VS超人のバトルシーンがありますけど、それをまさに裏側から、ピーター・パーカーが「うわっ、信じられないよ!」って見ているんですけど、その、ピーター・パーカー的な素の人間の視点で『シビル・ウォー』の大がかりなバトルの裏側を見ると、派手なコスチュームを着た、あまりにも現実離れしたおっさんたちが、大真面目な顔をして並んで突っ立っている絵面っていうのが、なんかちょっと間抜けにも見えるっていうか(笑)。「なんだ、それ?」っていう風にも見える、というのがまた楽しかったりとかですね。これは、今回ところどころで用意されている、キャプテン・アメリカネタのジョーク、ギャグにも通じるあたり。ちょっと相対化視点のギャグなんですけども。
まあ、とにかく今回のヴィランであるバルチャー誕生の背景……これも『アベンジャーズ』の一作目の続きとして始まりますけども、そこから、さっきも一瞬流れていた、1977年のテレビシリーズの主題歌をアレンジした音楽にのせて……「スパイダーマン、スパイダーマン♪」っていうのをアレンジした音楽にのせて、マーベルロゴが出て。で、さっきから言っているピーター・パーカーがスマホで撮ったその『シビル・ウォー』参加の裏側映像が流れるという。で、この冒頭の一連の流れで、まずは今回の『スパイダーマン』がどういうトーンの作品か?っていうのが、端的に印象づけられるわけです。一言でいえば、こういうことだと思うんですね。いままでのピーター・パーカー、スパイダーマンよりも、明らかに今回の『ホームカミング』は、格段に「幼くて、無邪気」ということです。年齢も15才という設定で実際に若いんですけど。
まあ、要はこれまでの『スパイダーマン』が、ピーター・パーカーというキャラクターの性質上、必然的に青春映画的でもあったのに対して、今回の『ホームカミング』は――もちろん青春映画、ティーンエイジャームービーっていうカテゴライズの仕方でも全然いいんだけど、どっちかというと僕は――これは日本的な言い方かもしれないけど、「ジュブナイル」、少年物って呼ぶ方が僕はしっくりくる感じだと思います。青年というより、はっきりと「少年っぽさ」全開な一作だという風に思います。で、そここそが今回、この超大作の監督をいきなり任された、で、結果として盟友であるクリストファー・フォードさんと一緒に脚本にもクレジットされている、新鋭ジョン・ワッツさんの持ち味の部分でもある、ということですね。この少年っぽさ。
途中ね、先ほどのメールにもありましたけど、『フェリスはある朝突然に』というジョン・ヒューズの青春映画クラシックの引用があるんだけど、『フェリスはある朝突然に』っていうのは、ジョン・ヒューズのいろんな映画の中でも……たとえば『ブレックファスト・クラブ』とか『プリティ・イン・ピンク(/恋人たちの街角)』とかそのへんに比べても、ジュブナイルっぽいじゃないですか。ジョン・ヒューズって、『ホーム・アローン』とかの(監督もした)人だから、ジュブナイルの人でもあるわけですよね……ということで、ジョン・ワッツさんは、テレビシリーズなどは手がけていた方なんですけど、映画監督としてデビューするきっかけが、これはパンフにも書いてあることですけど、YouTubeに、『ホステル』などのイーライ・ロスが「製作総指揮」って無断でクレジットを入れたフェイク予告編をアップした。そしたら、そのイーライ・ロス本人からフックアップされて、2014年に本当にそのフェイク予告編の映画を、イーライ・ロス製作で、『クラウン』という長編映画を作ることになったという。
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つまり、『シビル・ウォー』でトニー・スタークがピーター・パーカーをスカウトしてきたエピソードを、ほとんど地で行くような人なんですよ。YouTubeに上がっていた映像を見て、「こいつ使えそうだ」って呼んでくるというね。ただまあ、この『クラウン』っていう、おじさんが怖いピエロになってしまうというホラー映画は、アメリカ本国ではビデオスルーになってしまったということで。今時のアメリカ映画には珍しく、この『クラウン』という映画は、子供が結構バンバン殺されるんですよ。なので、そのあたりがやっぱりちょっとマズかったのかどうかは知りませんけども……ただ、この『クラウン』もそうですけど、無邪気な子供が怖い大人に出会う、大人のダークサイドに触れてしまう、出会ってしまう。そして結構本気で、ハードな怖い目にあう。逆に、そのダークサイドにいた大人は、正反対の世界にいた無邪気な子供と出会うことで、破滅のきっかけになってしまうというような。言ってみればまあ、「ジュブナイル・ノワール」とでも表現したいこのモチーフは、同じくジョン・ワッツ監督と盟友クリストファー・フォードさんの共同脚本の二作目……。
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これもですね、我らがケビン・ベーコンは出ていますけども、製作費約8000万円という、アメリカの映画としては非常に低予算で作られた作品『COP CAR コップ・カー』。しかし、見る人が見ればその才能は一目瞭然な、僕はもう大傑作だと思うんですね、2015年の『COP CAR コップ・カー』。実際にこれを見てマーベルはジョン・ワッツさんに声をかけたわけですけど……からの、今回の『ホームカミング』まで、作品規模は比べ物にならないぐらい大きくなっていますけど、たとえば印象的な青と赤の明滅する光の表現。『クラウン』で言えばクライマックスの遊技場のシーンのあたり。『COP CAR コップ・カー』で言えば終盤の、パトライトの赤と青がパッ、パッ、パッと点滅する(光の演出)。今回の『ホームカミング』だったら、まさにホームカミングパーティー会場での、ピーター・パーカー、その直前にあることを知ってしまい、茫然自失な状況。楽しいパーティーのはずなのに、そのパーティーの(カクテルライトの)パッ、パッ、パッていう明滅が、ちょっと悪夢的になっている、その劇的な演出。そんな感じで脈々と受け継がれているモチーフ。つまり、さっき言った、ジュブナイル・ノワールとでも表現したい、無邪気な子供が大人と出会ってしまい、非常に悪夢的な世界に入っていくという。これはもうはっきりとジョン・ワッツさんの作家性、ということだと思いますね。この三作に完全に共通しているんで。
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実際にですね、個人的に僕、今回の『スパイダーマン:ホームカミング』でいちばんすごい……要はすごく派手なVFXを使ったところとかよりも、いちばん「スペクタクル」な、いちばんすごいシーンは、いま言ったホームカミングパーティーでの、一種悪夢的なその光の明滅、ジョン・ワッツ監督のトレードマーク的な演出といま言いましたけど、そこに至るまでの一連のシーン。特に、車内での演出の仕方だと思うんですよね。今回、マイケル・キートンがバルチャーという悪役を演じているわけですけど、マイケル・キートンがその羽根のついたバルチャーというヴィランをやるって、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』をやった後で……『バードマン』ってアメコミヒーロー映画をちょっと小馬鹿にするような、ちょっと皮肉るような内容だったから、『バードマン』の後だと、マイケル・キートンがそんなのやってもパロディーにしか見えないんじゃないかな?って思ったけど、やっぱりこの場面のためにマイケル・キートンの力量は必要だったっていうか。
無邪気な子供が、「本気で怖い大人」のダークサイドに触れてしまう。本気で怖い大人っていうのは……表情一発だけで、おしっこをちびりそうになるという(笑)。マイケル・キートンが今回本当に、「表情一発でションベンをちびらせてやる!」っていう演技を見せていて。本当にこの人はすごいなって思います。ここですね、さっきから言っているホームカミングパーティーに至るまでのそのシーンなんですけど、GIGAZINEというWEBサイトの監督インタビューによると、コマ割りから何から、ここは全て自分で書いた絵コンテ通りのショットということで。まあ、非常に要するに、自分のビジョンが完全な形で実現されたあたりということで。このあたりがいちばんすごいのも当然かなと思いますね。
とにかくジョン・ワッツ監督は、こんな風にショットの切り取り方がとっても上手い人で。誰を、どのぐらいのサイズで、画面のどこに置くのか。そこからカメラをどう動かすのか。それによってストーリーをどうテリングしていくのか。つまり、映画的にどう語るのか、っていうのが本当に上手い。やっぱり映画監督としてめちゃめちゃ才能がある人だって、今回、また僕は確信しましたけども。ということでジョン・ワッツ監督は、超大作に大抜擢されながらも、劇中で何度も出てくるキーワードでもありますけども、「地に足をつけて」、しっかりと「自分の映画」にもしたところがまず、今回の『ホームカミング』、よかったですね。
もちろん、ド派手な、大がかりな見せ場というのも当然のようにいくつか用意されてはいるんです。特にワシントン記念塔のシーンは……ワシントン記念塔って、ワシントンD.C.が舞台になった映画だとよく見るじゃないですか。ワシントンに行けばもちろん見えますけど、中のエレベーターがあって、あれをスペクタクル的に、ああいう使い方をしたのってはじめて見たんで。「ああ、そういえばこんな使い方ってなかったわ。フレッシュ!」っていう風に思いましたしね。あそこ、「小さい窓以外に入る場所がない」っていうのが活きてますよね。だったりするんですけど……それらはどっちかと言うと、あくまでもお約束的なサービスであって、今回のジョン・ワッツ的な持ち味の部分からすると、むしろちょっと浮いている、ぐらいの部分だという風に僕は思っています。
それよりもですね、今回の『ホームカミング』は、たとえば最終的にピーター・パーカーがする、ある決断とも通じるんですけども……しかも、最終的にピーター・パーカーがするそのある決断は、「トニー・スタークだのアベンジャーズだの何だのは、俺ら下々の暮らしのことなんか知ったこっちゃねえんだよ」っていう、今回のヴィラン側バルチャーの、それはそれで説得力がある主張ともちゃんと呼応した上での主人公の選択である、っていうのがまた素晴らしい。後ほど言いますけど、要するに2人の、「陽と陰の父親」から学んだ結果の選択だっていうことなんですよね……まあとにかく、あくまで地に足をつけた、市井の人々の、言ってみれば「小さい物語」。バジェットとかは巨大なんだけど、話としては小さい。作品としても、言ってみれば「小さい作品」になっているあたりが、僕は『ホームカミング』の肝というか、大きな魅力の部分だと思います。
だってね、まだ15才で、超能力を身につけて「ウェイウェ~イ!」ってやっているピーター・パーカーからすると、そのティーンエイジャーの世界観、気持ちからすれば、友達との学校生活でのあれこれと「超能力を使って俺、なんかいっぱしの人間になりたい」っていうこの話は、等価なんですよね。だからこそ、敵のアジトに乗り込んでいくという作戦も、あくまでも部活の遠征のどさくさに紛れて決行する(笑)というね。だから、学園生活と悪人を退治する件が、ほぼほぼ等価だというこの子供っぽさ。それが、たとえば序盤、ラモーンズの「Blitzkrieg Bop」というね、もうみんな知っているあの曲にのせてご近所ヒーロー活動をする、あのモンタージュとかを含めて、まあ非常に楽しい。細かいギャグとかいちいち本当に最高なんですけど。
で、そんな風にちょっと無邪気に、こうやってキャッキャキャッキャやっていた彼ら。だからこそ、さっきから言っている大人のダークサイド、本当の世界、要は「他者」ですね。本当の他者に触れるその恐怖。それがドキドキする、という演出にもなっているわけです。その、地に足のついた小さい話という視点、これ実は、映画としての撮り方とも一致していると思っていて。たとえば、これまでのスパイダーマン映画のように、摩天楼の間をスパイダーウェブでスイングして、飛び回るように移動していくのをダイナミックなカメラワークでグワ~ン!って追いかけて……みたいな、過去のスパイダーマン映画がやっていたようなカメラワークは今回はせずに、どちらかと言うと引きの画だったりとか――むしろ効果的な引き画が本当に上手いのがジョン・ワッツの画作りの特徴なんですけども――まあ、その効果的な引きの画だったり、グワングワン動くんじゃなくて、フィックスでスパイダーマンがピョンピョン飛び跳ねているところを捉えていたり。割と淡々と、スパイダーマンの動きを、なんなら客観的に……つまり必然的に、ややコミカルに捉えるような画が多いわけです。
というのもやっぱりですね、いくら超能力があっても、今回のピーター・パーカーはまだそれを上手く使いこなせていない子供だから、っていうね。青年というよりも子供だからなんですよ。つまり、超能力を身につけるプロセスを今回は端折ってはいますけど、これはやっぱりその「大いなる力には大いなる責任が伴う」ということを、しかも父代わりの人物……ベンおじさんじゃないけども、今回はトニー・スタークが父代わりに。と、同時に、反面教師としてのバルチャーという……でも、バルチャーの主張にも一理あるというのを最後、反面的に取り入れた選択というのをピーターはするわけで。まあ、父性としてもやや屈折した人物たちだけど、そういうちょっと屈折した2人の父親から学ぶ、という話ですから。やっぱりスパイダーマンという話の核心は外していないつくりにもちゃんとなっているな、という風に僕は思いました。
と、同時にですね、とかくウジウジと暗くなりがちだった青年ピーター・パーカーとこれまでのスパイダーマン映画に対して、最初に言ったように、とにかくより幼く無邪気な少年ピーター・パーカーの世界の、なんと風通しがよく楽しいことよ!と。まあ、これは少年だからなんですよね。特に2010年代、現代の、先ほどメールにもあった通りニューヨーク・クイーンズ。それもちょっとあの高校はお利口さんが集まる高校というかね、たぶんね。お利口さんが集まる高校ということもあって、人種構成とか、あと学園内の力関係、ヒエラルキーなどが、わりといわゆるジョン・ヒューズのああいう、たとえば『ブレックファスト・クラブ』とかに比べても、わりとカラッと、フラットっていうかリベラルっていうか。
たとえばですね、フラッシュっていうのは憎まれ役として毎回出てくるんだけど、その立ち位置とかが、これまでのステレオタイプ的ないじめっ子キャラとは、ピーターとの力関係なんかもちょっと違いますよね。意地悪はするけども友達でもある、感じっていうか。同じ勉強チームにいたりするわけですから。なんていうか、ジャイアンとかスネ夫程度(笑)の距離感のいじめっ子っていうかね。一緒に別にどこかに行くこともあるんだけど、意地悪もするみたいな。そういう意味でもやっぱり少年っぽい。その点でもやっぱり、ジュブナイル的なある種の……ジュブナイルだからこその理想主義、というのかな。友達との関係とかも、まだちょっと理想の方が勝っていても、嘘くさくないという。そんな雰囲気も魅力になっていると思います。
学園内の脇キャラに至るまで、なんと個性的・魅力的にね(描かれていることか)、これも風通しのいいところですよね。たとえばあのチェス部の子(笑)。名前も出てこないけど、チェス部……こうやって、「なにやってんの?」「チェス」っていう。最後にトイレですっごい丁寧に手を洗って拭いて、怪訝な顔で出ていくあの子とか、最高ですよね。あとは忘れちゃいけない、監督業から解放されたジョン・ファヴロー。ハッピーという役柄を、なんと楽しげに演じているか、ということとか。ラストに再びラモーンズの「Blitzkrieg Bop」が流れ出す、エンディングのあの切れ味。「What’s the F***(ジャーン!)」って始まるとかですね。そのエンド・クレジット、ちょっとジェームズ・ガンの『スーパー!』のオープニングを思い出させるような、つまり非常にインディー映画っぽい、ふざけたイラストコラージュアニメまで、とにかくかわいくて若々しくて楽しい!っていう感じなんですけど。
ということで、こういう感じで、さっきから言っているようにしっかりと自分の映画にしたジョン・ワッツのその手腕とか、ちゃんとやり通した力量もさることながら、少なくとも今回は若手作家の持ち味を殺さずにしっかりと生かし、結局またこれまでにないテイストの魅力的フランチャイズを、MCUに1個しっかり付け足してしまったマーベル、(そのトップである)ケヴィン・ファイギ。悔しいけどやっぱ強えな!っていう風に思いました。やっぱこの、最後にラモーンズが鳴り響くつくりを許すという――まあ、もちろん『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の成功も大きいでしょうけども――強えな、という風に思ってしまいました。
とにかくですね、まあやたらと複雑化、深刻化、あと話の現実離れ化というか巨大化というか、神様級の話になりがちな……たとえばサノスとかさ、宇宙大魔王みたいな話になりがちな本流『アベンジャーズ』に対する、ちょっと一服の清涼剤のような、かわいいナイス・スピンオフ、っていうことだと思います。スピンオフ、だから軽くて小さくていいね、っていう話だと思いますね。トム・ホランド、「一見華がないけど、実は身体能力含めて非常にできるやつ」感、完璧に演じていたと思いますし。あとね、ネッドっていう役のジェイコブ・バタロンさん。『アルティメット・スパイダーマン』におけるガンケっていう役柄そのまんまだ、とかそういうの(アメコミ知識)は光岡三ツ子さんの解説を読んでいただきたいんですけども(笑)、彼もよかったし。
ヒロインのリズ役のローラ・ハリアーさんとか、ミシェルこと○○のゼンデイヤさんとか。あと、何気に僕が好きだったのはあの引率の先生とか、いちいち顔とかの選び方が最高!(笑)っていう感じで、脇役までとにかく印象に残る、非常にかわいらしく楽しくいい作品で、僕はまた、ジョン・ワッツの次の作品が非常に楽しみになる一作でございました。ぜひ劇場でウォッチしてください!
(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY』に決定!)
以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
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