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【映画評書き起こし】宇多丸、『スプリット』を語る!(2017.5.20放送)

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宇多丸:

ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーです。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『スプリット』

(曲が流れる)

『シックス・センス』『ヴィジット』のM・ナイト・シャマランによるサイコ・スリラー。突然、見知らぬ男に拉致され、密室に閉じ込められた女子高生3人組。彼女らの前に現れたのは9才の少年やエレガントな女性など、23もの人格を内に秘めた奇妙な男だった。主演で多重人格の男を演じたのはジェームズ・マカヴォイ。ということで、この映画『スプリット』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、多めということでね。やっぱりね、シャマラニスト。シャマラン好きが結構一定量いらっしゃるんじゃないでしょうかね。メールの量は多めということでございます。

賛否の比率は「賛」が8割。まあ、好きでシャマラン映画に行ってるんで、っていう問題もありますけどね(笑)。普通もしくは否定的な感想が2割。全体的には、かなり好評ということでございます。「サスペンスとしての出来がよく、それでいてシャマラン監督らしい独自のセンスも光る」「ジェームズ・マカヴォイの演技がすごい」「最後のアレにガン上がり」。最後ね、あるんですね。これ、まあ言いませんけどね、今日はね。逆に否定派の意見としては、「全然ハラハラしない」「23人分の多重人格って言われたけど、全然そんなに出てこない」。一応劇中出てくるのは9人っていうことになっているらしいですけどね。まあ、メインで出てくるのは5、6人っていう感じかな? 「最後のアレに『はぁ?』って呆れた」。ねえ。同じものに喜んだり呆れたりっていうね、このような声もございます。

代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「知らない男」さんからのメール。「『スプリット』、私、大変感動しております。マーベルやディズニーなどの巨大企業、集合知で作る誰もが楽しめるエンターテイメント。それに1人で立ち向かっていくシャマラン、シャマラン、シャマラン。強烈な作家性やオリジナリティーは時として巨大な映画シーンの流れを揺さぶるかもしれない脅威になりえることを本作では見事に証明しています。内容としては、まず冒頭の全く無駄のないサスペンスシーンから一気に引き込まれ、その後のタイトルクレジットの映像・音とともに完璧。そしてシャマラン作品のほとんどに共通している、心に傷を持つ登場人物たちがカウンセリング的に、転がっていく物語の中で変化していくという構造が前作『ヴィジット』よりもさらに明確に、よりわかりやすく研ぎ澄まされていて、多重人格という古典的な設定をここまで掘り下げ、新しく提示できるシャマランのストーリーテリング力には脱帽です。

心を閉ざしている主人公が文字通り閉ざされた部屋に幽閉され、鏡のような存在である敵と対峙した結果、自分の中の怒りや傷とどう向き合っていくか? というテーマの帰着、見せ方もかなり攻めていて、メッセージとしてはかなり正しく普遍的にもかかわらず、全く媚びていない点も最高!」。まあかなりね、ネタバレせずに上手く説明しているんじゃないですかね。まあ鏡像関係っていうのはたしかにありますよね。「……ここに来て、タランティーノと同列に語るべき重要な映画作家なのではないか? と考えさせられるほどに、『ヴィジット』『スプリット』の流れはすさまじい。シャマランの今後にさらに期待です」ということでございます。

一方、ダメだったという方。「おいでの羊飼い」さん。「『スプリット』の賛否ですが、『否』でお願いします。期待値が高かったからか、ちょっと裏切られた感があります。前作『ヴィジット』の方がはるかに素晴らしい、面白い作品でした」。『ヴィジット』はどっちかって言うとシャマランの中ではウェル・メイド寄りっていうかね。万人向けだとは思いますけどね。「……公開前から『23+1の人格』が強調されていましたが、やはり演じ分けに限界があるからでしょうか? 主に登場する人格は5つ、6つぐらいですよね。また『女子高生たちの脱出劇』という触れ込みでしたが、これもあえてのミスリードだったのでしょうが、がっかりでした」。まあ、その部分に関しては……ということですかね。「……核になるのはケビンとケイシーのこと。つまり子供時代の体験や家庭環境だとは思いますが、その描き方も中途半端だったと思います」ということでございます。ありがとうございます。みなさん、メールいただきました。読みました。ありがとうございます。

ということで、私も『スプリット』をTOHOシネマズシャンテ、あと、日本橋で2回、見てまいりました。どちらもまあ、シャマラン映画というか、こういう多重人格スリラーみたいな題材もキャッチーですしね。ということもあってか、どちらもなかなかの入りでございました。ということで、お待ちかね、みんな大好き!……とは言いがたいかもしれない(笑)、受け付けない人は全く受け付けないかもしれませんが、僕を含め彼の作品にハマっちゃった、通称「シャマラニスト」には、常にたまらん最高の贈り物。M・ナイト・シャマラン脚本・監督の新作がまたまたやってまいりました、ということでございます。

当コーナーでは、2013年6月29日にですね、『アフター・アース』をやりました。そしてなんと言っても、その『アフター・アース』と、その前の『エアベンダー』でちょっとね、あまり資質に合わないビッグバジェットの、ファミリー大作に手を出して、ちょっと迷走感が否めなかったシャマランのキャリアを、作品評価的にも興行的にも劇的に立て直した起死回生、完全復活の一作、『ヴィジット』。ねえ。もう最高でしたね! 2015年11月7日に取り上げましたね。こちら、私の2015年度シネマランキング第10位に選ばさせていただきました。素晴らしい、ベストエンディング、ベストエンディングソングでもありましたね。

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で、この間にテレビシリーズで『ウェイワード・パインズ(出口のない街)』っていうね、マット・ディロンとかが出ているやつのプロデュースとかしたりしてね。その『ウェイワード・パインズ』っていうのはちょっと、シャマラン流『ツイン・ピークス』みたいな感じですかね……みたいなドラマもやって、まあとにかく再び絶好調、っていう感じのシャマランなんですけど。で、その『ヴィジット』の大好評を受けまして、今回も当然のごとく『ヴィジット』から引き続き、プロデューサーのジェイソン・ブラムさんと組んでね……このジェイソン・ブラムさんという方は、『パラノーマル・アクティビティ』とか『インシディアス』とか、あとホラー以外でもデイミアン・チャゼルの『セッション』とかね、やったりとかして。

とにかく低予算で高品質で高い興行力を叩き出す、というタイプのプロデューサー、ジェイソン・ブラムさんと組んでの比較的低予算体制――まあ、「比較的」ですよ。日本と比べれば(全然高いけれども)――900万ドル(約9億円)ということで。『ヴィジット』が500万ドルなんで、それよりは上ですけども。というのは、前回『ヴィジット』はほぼほぼ無名俳優ばかりでしたけど、それからすると今回は、ジェームズ・マカヴォイという、超芸達者なハリウッドスターを中心にドンと据えているということがあるからこそ……その超芸達者ぶりを堪能するのが、ある意味メインと言っていい多重人格スリラーということで、まあ、いつも以上に非常にキャッチーなね、感じですよね。キャッチーな見た目というか。「すごく上手い俳優が演じる多重人格スリラー」、それだけで「ああ、きっと見ごたえがあるな」っていう感じじゃないですか。

しかし、そこはそれ、やはりシャマラン映画というかですね。そのスターが演じるサイコ役に監禁された女の子たちが、さあ、どう脱出するのか? というね――先ほどね、「そこがメインなのかと思いきや」というメールがありましたけども――という、そのキャッチーなジャンル感には、結局全く収まらないというね。これは僕、褒めてますけどね。「あ、そういうジャンルの映画じゃなかったんだ!」っていうことになっています。で、例によって非常に奇妙な味わいの……たとえばところどころ、笑っていいんだかなんなんだか、「これ、なに? 笑っていいの?」みたいなね、おなじみのシャマランバランス(笑)というね。

ちなみにこの、「笑っていいんだかなんなんだか」って、僕の表現で言うシャマラン作品の特徴、「“ストーリーテリングの遠近法”が、ちょいちょいおかしなことになっている」(笑)というこの部分は、インタビューなどによると、シャマラン自身がもう、完全に狙っているバランスということらしいんですね。で、狙っていてなおかつ、なかなか理解されないという自覚があったところらしいんですよ。要するに、「えっ、これって怖がらせる映画かと思ったら、なんか笑っちゃうんだけど。あんた、これ失敗じゃないの?」って言われて、「いや、面白いじゃないですか、だって」っていう風に思ってたらしいんだけど、そこらへんがシャマラン的には、「最近は観客が結構わかってくれるようになってきた」なんてことを言っているんですけど。まあとにかく、そういうおなじみの、非常に奇妙な味わいのシャマランバランス。

それでいて、最終的にはやっぱり、意外なほどちょっと胸を突かれるような、切ない、深い余韻も残すという。結局やっぱり、シャマランはシャマラン。やっぱり、ザ・シャマランな一作でございますね。まあ、そんなことは言われんでもわかっているということだと思いますけども(笑)。もちろん過去二作、『アフター・アース』と『ヴィジット』評の中でも指摘した通り、今回もまた、こういうことですね。先ほどのメールともかぶりますけども、「密かにトラウマを抱えてちょっと心を閉ざした登場人物、主人公が、世界の本当の仕組み、成り立ちを知り、その中で自分が果たすべき真の役割に気づき、ずっと抱えていた己のトラウマとか恐怖の根源に改めて向き合うことで、それを克服していく」と。で、しかもその克服した先は、わりと俗世間的な善悪はちょっと超えていたりする、というね、そういったあたり。

毎回とにかくシャマラン作品は、ここだけは本当に一貫している。今回も完全にそういう話ですね。『スプリット』もね。で、先ほど「鏡像関係」ってありましたけど、その克服した先に見つけた本当の自分は、怖がっていたものと実は非常によく似た、兄弟的なというか鏡像的なというか、そういう存在であったというあたりもね、もう完全に『スプリット』は今回、そういう話でございます。で、こちらも毎度のことながらですね、そのような世界の本当の仕組み、成り立ちと、その中での自分の真の役割の「気づき」の物語というのがですね、世間的にはシャマラン映画の最大の特徴という印象が強いと思いますけども、要は「ラストで明かされる衝撃の真実」的な、まあ結末近くのどんでん返し的な展開。最後に「あ、こういうことだったんだ」っていう、『ミステリー・ゾーン』的な、結末近くのどんでん返し的な展開で語られるその主人公たちの「気づき」っていうのが……ぶっちゃけまあ、ネタバレ抜きで話すのが、毎度のことながら非常に難しいんですけども(笑)。

ただまあ、個人的にはシャマラン作品のそういう「意外なオチ」的な部分は、さっきから言っている通り、彼の作品の非常に一貫したストーリー的、テーマ的必然から導かれたものなので。決してよくある「サプライズのためのサプライズ」、僕がすごく批判的な「どんでん返しに次ぐどんでん返し」……いやそれってただ単に、後出しで「実はこうでした、実はこうでした」って言うんだったら何だってできるでしょう? そんなの、面白いの?っていう風に思うんだけど、そういうのとはちょっと一線を画する「意外なオチ」だという風に思いますので。まあ、わかって見直しても、さらに面白味が増す、味わいが増すっていうタイプのオチだとは思うんです。そういう意味で、やっぱりシャマラン映画は面白いと思うんですけど。

ただまあ、それでもやっぱりね、初見、最初に見る時は、できるだけ真っさらな状態でみなさんには楽しんでいただきたい、ということには変わりはないので。まあ、できるだけ致命的なネタバレにはならない範囲で……もっと平たい言葉で言えば、当たり障りのない部分で(笑)この『スプリット』という作品の見どころをお伝えしなければな、という風に思っておりますが。まず冒頭。後に囚われてしまう女子高生3人が、ジェームズ・マカヴォイ演じる男に誘拐されてしまうまでのくだりっていうのが描かれるわけですけど。まあシャマラン作品、これも毎度のことですけど、冒頭ド頭からもう、主人公が何らかの理由で殻に閉じこもって、俗世間とは馴染めない人間であるという、要はテーマの根幹部分が簡潔に、最初からもう示されますね。「この心を閉じた彼女が、その根源に立ち向かう話です」というのが示される。

と、同時にこれ、映像的な話ですけども、たとえば主人公が最初、テーブルに座って、こちら側を向いてずっと座っている。固定カメラかな? と思っているんですけど、実はゆっくりと(カメラが)動いていたり……ゆっくり、人物の方に、わからないぐらいの速度でゆっくりと近づいていたりとか。あるいは、女の子3人。そのうちの割りと中心人物的な女の子のお父さんが「じゃあ、送っていくから」って。まあ日常的なやり取りの後で、車に向かっているショット。その主人公たちの背中から追っている、割りと普通にゆったりめの、そんなにギクシャクしているわけじゃない、ゆったりめの手持ちの移動ショット。非常にスムーズな移動なので、普通のゆったりめな移動ショットかなと思いきや、実はこれはある人物の主観ショットだということが、そのお父さんの途中のリアクションからわかるというね。で、「あっ!」という感じがするという。

そんな感じで、とにかく一見、普通の、画面内ではまだ何も起こっていない平穏なショットのはずなのに、なんかどことなく不穏さが漂う、不安を誘う、非常に見事なカメラワーク。カメラワークだけでそれをまず冒頭、表現しているわけですよ。で、最初僕、これね、カメラワークを見ていて、ちょっと僕は……このムービーウォッチメンだとガチャは当たらなくて扱えなかったんだけど、何度となく名前は出していますね、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の真新しい傑作ホラー『イット・フォローズ』っぽいなと。なんか、(『イット・フォローズ』)っぽいカメラワークだなと思って連想していたんですけど、(撮影の)マイケル・ジオラキスさん。まさに『イット・フォローズ』のカメラマンでございました。『イット・フォローズ』で見事な撮影を担当したカメラマンさんで、シャマランも『イット・フォローズ』のその仕事ぶりを見て、今回の起用をしたということなんで、まあ『イット・フォローズ』っぽいっていうのはまさにそうだったということですね。

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で、とにかくこのマイケル・ジオラキスさんのですね、さり気なくも非常に、なにも起こっていないのにすでにおっかない感じ。不穏な感じのするカメラワークと、特に主人公のケイシー役のアニヤ・テイラー=ジョイさんという方。僕はこの作品ではじめて知りましたけども、非常にホラー映えする、目の表情がすごい際立つ顔立ちのアップ。これがその、さっきから言っているカメラワークと絶妙な相性のよさを見せつつの……プラス、ジェームズ・マカヴォイ、登場して2カット、3カットしかないんですけど、その中でもう、カットが変わるたびに表情が完全に変わっているみたいな、すでにその表情芸の片鱗をクルッと見せつつの、オープニングタイトル、ドーン! クレジット、ドーン!って出るわけですね。これは先ほどのメールにもあった通り、これがめちゃめちゃかっこいい。

オープニングタイトルを描いたタイトルデザイナー、アーロン・ベッカーさんという方なんですけども。他には『ジョン・ウィック』とかもやっている人ですけど。これ、もう完全にオープニングタイトル、どなたもわかると思いますけども。完全にヒッチコックの『サイコ』のオマージュです。それは要するに、人格が分裂しているっていうのを暗示しているかのように、字がキュッ、キュッて切れていくわけですけど。今回もエンドクレジットとともに……エンドクレジットも対なんですけど、人格が「スプリット(分裂)」していく様を暗示する。字がこうガッと、パーッとスプリットになって、ガッと字になっていくっていうようなね、非常にグラフィカルな、非常にシンプルだけどかっこいい。『スプリット』というタイトルに相応しいオープニング・クレジットなんですけども。

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ただまあ、こういうところを含め、しばしばシャマランは「ヒッチコックの後継者」とか「ヒッチコック的」とか言われることがあるんですけど……僕はヒッチコックとシャマランはやっぱり決定的に違うと思っていてですね。シャマランは、テクニック的なことはさることながらですね、シャマランはやっぱり、超常的な一線を完全に踏み越えるんですよね。ヒッチコックと違って。ヒッチコックはそれを絶対にやらないんで。はい。ということで、この見るからに『サイコ』オマージュなオープニングタイトル、要するに、サイコホラーだと思って見ているじゃないですか。でも、これも一種のミスリードかもよ?……ぐらいに、ここではしておきますね。っていうのは、実際にまあ『サイコ』で言えば、オチに当たる部分ね、1人の男の中に実は複数の人格がいて、それぞれがせめぎ合っていて。『サイコ』ではそれが最後に明らかになって、「ええっ!? あの言い合っていたのは1人の男だったのか!」っていうさ……これはいいよね? 別にネタバレというか……『サイコ』を見てないやつが悪い!(笑)

といったあたりね、『サイコ』ではそれがオチなんだけど、まあいまどきの観客は、そんなのじゃ驚きませんしね。まあ、もちろん『スプリット』、予告でもガンガンに見せているぐらいなんで、そこは割りと早々に明かしてしまう。で、まあその明かすところとか、面白いわけです。特にやはり、予告CMなんかでもバンバン出ていますけども。ジェームズ・マカヴォイ、頭はスキンヘッドのままで。体格も割りとゴツめな男感丸出しのままで、でも服装と態度、たたずまいは完全に女性化しているというですね。これがまさに、さっき言った「笑っていいんだかなんなんだか」な奇妙なバランス。まさにシャマランバランスで出てくる。で、これ、さっき言った主人公ケイシーを演じるアニヤ・テイラー=ジョイさんのリアクションがまたいいんですよね。ちょっとこう、ガクッて腰が抜けながら後ずさりするリアクションも見事だったりなんかして。ここも面白いですし。

あとまあ、そういうジェームズ・マカヴォイの七変化と、「笑っていいんだかなんなんだか」で言うと、後半で出てくるんですけど、9才の男の子の人格で、ヘドウィグっていう男の子の人格があるんですけど、後半で主人公ケイシーを誘って、カニエ・ウェストを聞きながら踊るっていうですね。この踊るくだりがですね、まあ長い!っていう(笑)。これがまた、さっきから言っているシャマランの「ストーリーテリングの遠近法がおかしい」&「笑っていいんだかなんだか」っていう、ここの絶妙なあたりですよね。ちなみにちょっとこれは、『ヴィジット』に出てきた弟ちゃんキャラクターも、ちょっとこだましてますよね。ラップ好きな少年っていうあたりがね。

といったあたりで、まあ最初の方でも言った通り、こんな感じで、全部で23人プラス1あるというビリー・ミリガン的なこの監禁男の人格を、劇中最終的には9人分演じ分ける――まあ主には5人、6人っていうところだと思います――ジェームズ・マカヴォイの名人芸を、まずは堪能する作品ではある。「23人分演じてないじゃん」って言うけど、たぶん23人演じ分けを見ても、やっぱりなかなかピンと来ないんで。9人は相当だと思うんですけどね。で、ただこれ、一筋縄ではいかないのは、僕ね、むしろきっちり演じ分けている部分っていうよりは、マカヴォイが演じている人格が分裂しているという人が、その人格が自称している通りのその人格とは限らない、ある人格を、また別の人格が偽装しているかもしれない、という疑惑が途中から浮上しだすわけですよ。つまりマカヴォイは、「ある人格を偽装している別の人格を演じてみせる」っていうものすごい複雑なことをしてる。

しかもそこからさらに、元の演じる前の人格に(表情上戻る)……わかります? もう言っているだけでもややこしいんだけど……っていうことを、もう表情、たたずまいの作り方をパッと変えることだけで、ポンと表現して見せているわけで。やっぱり限りなく、とてつもない名人芸だと思いますね。まあジェームズ・マカヴォイ自身も、「この演じ分けが成り立たないと僕はいい笑いものなんだけど、チャレンジしました」と。今回は非常にチャレンジングなオファーでしたっていうことは言っているんだけど。まあ、見事だと思います。特に、基本的には全編、いったんこのマカヴォイ演じる男は、まあ物陰とかに隠れて、完全に着替えてから……頭はスキンヘッドのままなんですけど、完全に着替えてから……人格も変わる、という見せ方を基本的には全編でしているのが、終盤が近づいてきて、だんだん終わりの方に近づくに従って、シャマラン映画『ハプニング』にも出ていましたけど、ベティ・バックリーさん演じる精神科医。

この精神科医さん、終盤の被害者演技、被害者に完全に転じてからの演技が最高なんですけど……これはちょっとネタバレになるので言えませんが。その前ではじめて、「ああ、自分は実は、おっしゃる通り、人格を演じていました」っていうことを(監禁犯の別人格が)明かすところ。で、そこではじめて目の前で表情がフッと、たたずまいが変わることで、「ああ、変わった」ということがわかる。

そしてなにしろ、クライマックス。要するに、ある人格を演じていた人、その人が、さっきも言ったようにあえて小分けに見せていたキャラクター七変化を、リアルタイムの演技の変化だけで演じ分けきるっていう、もう、ジェームズ・マカヴォイ圧巻の見せ場があるわけですね。もう次から次へと、表情と言い方を変えるだけで、「ああ、変わった。おおっ、変わった。あ、また変わった。変わった……」っていうことだと思います。

で、このシーンは、さすがのマカヴォイもですね、最初はあんまり上手くいかなくて、2ヶ月後に「もう1回、ちょっと撮り直させてくれ」って撮り直したっていうね。上手くいかないテイクでは、撮っているシャマランが、9人分演じ分けなきゃいけないんだけど、「うーん、3人しかわかんなかったかな?」みたいな(笑)。そういう厳しいことも経ながらの、見事なシーンだったと思いますね。で、まあそういうね、マカヴォイの演技合戦的なところもあるんですけど、やっぱり今回の『スプリット』、最終的に何がいちばん素晴らしいか?っていうとですね、やっぱりその、物語的に浮かび上がってくる……なにしろ素晴らしいのは、やっぱり構成ですね。先ほどのメールにもちょっとありましたけど、主人公ケイシーの幼少期の記憶が、少しずつフラッシュバック形式で出てくるわけですね。で、次第に、彼女が負わされた、非常に深刻な心身の傷っていうのが明らかになってくるわけです。

で、それが完全に明らかになる瞬間、「ああ、彼女はこういう目にあっていたんだ。それは心を閉ざすわ」っていうことが明らかになったその瞬間……その監禁男はトラウマを与えられたせいで人格が分裂してしまったというのは劇中で何度も言っているんですけど、はじめてそこで、トラウマを受けた者同士視点が、完全にシンクロするわけですね。ということで、こうやって傷ついた魂同士が、俗世間的な常識を超えて共鳴し合う。要するに「怖い」と思っていた世界とか、「怖い」と思っていた領域は、意外と自分の側と近かった、っていうか、自分はまさにそこの中にいたんだ、みたいなことが明らかになる。これ、非常にシャマラン的なテーマです。なので、非常に怖くて悲しい話、恐ろしい話なのに、どこかやっぱり、優しい。特に、傷ついた人、弱者に、とっても優しい、切ない余韻を残す話なんですよね、やっぱりね。

まあ一方でね、その残り2人。女子高生3人監禁されているんですけど、残り2人の女子高生ね。途中で一生懸命脱出への努力を重ねるわけですね。結構それも尺と取って。「逃げられるのか?」みたいなことをやるんですけど……そこはやっぱりね、ストーリーテリングの遠近法がおかしい人なんで。「さっきのあれ、あんな尺とってやっていたけど、(その結果が)これ?」って(笑)。それはやっぱり、シャマラニズムということだと思いますね。でもなにより最大のサプライズはですね、今回はやっぱり、物語が完全に終わった後に来るんですよね。完全に終わった後に、「この作品全体の位置づけが、“そこ”だったのか!」って。これ、なに言っているかさっぱりわからないかもしれませんが(笑)、そういうことなんです。「この作品全体の位置づけがそこだったのか! それはわからなかった!」って。僕はちょっと、なんとなく見ている時に、「あ、ひょっとしたら……?」っていう感じ、ちょっとありましたけども。はい。

で、それがわかると、劇中のジェームズ・マカヴォイの、特にクライマックス近づいてからのある行動とかが、さらに納得度が増します。「ああ、だから、あの花を置いていた電車はそういうことか」というようなことがわかってきたりするんですけどね、はい。ただそのオチね、結構シャマラン映画を見込んでいないとピンと来ない人も多いと思う(笑)。ポカーンってこともあると思いますけどね。シャマラン映画ファンにはもうね、さらにたまらないプレゼントが約束された一作……ああ、危ない、危ない(笑)。ということでございます。堪能いたしました。テーマ的にも技術的にも本当に素晴らしい。シャマラン、たしかにいま脂が乗っていると思います。ぜひぜひいま、劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー Vol.2(原題)』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!


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