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宇多丸、『騙し絵の牙』を語る!【映画評書き起こし 2021.4.9放送】

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TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『騙し絵の牙』(2021年3月26日公開)です。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは3月26日から劇場公開されているこの作品、『騙し絵の牙』

(曲が流れる)

はい。これね、吉田大八監督こだわりの音楽使いというかね。LITEというインストロックバンドを起用して、非常に細かく音の指定とか場面の付け方みたいなのをLITEの皆さんと詰めまくって。また、LITEの皆さんがそれに緻密に緻密に応えまくって付けた、こだわりの音楽使いというところもぜひ見ていただきたい……なんてことを吉田大八監督、お越しいただいた時にも言っておりました。

ということで、出版業界の内幕を描いた塩田武士の同名小説を『桐島、部活やめるってよ』などの吉田大八が監督・脚本を務め映画化。舞台は出版不況の中、大改革が進められる大手出版社・薫風社。廃刊の危機に陥った雑誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水は新人編集者・高野を巻き込み、生き残りをかけた大きな賭けに出る。原作に当て書きされた大泉洋がそのまま速水を演じているほか、松岡茉優、佐藤浩市、國村隼、木村佳乃など、豪華キャストが集結した。木村佳乃さんもよかった。いつも異常に細くて、目のギョロっとした感じが際立っている感じとか、役者陣がめちゃめちゃ、ある意味説明を省く意味でもあの役者陣のたたずまいみたいなのがすごく役立っていた気もしますけどね。

ということで、この『騙し絵の牙』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多い」。ああ、そうですか。まあ、吉田大八監督の最新作、映画ファンならもはやね、必ず見に行くものになってると思いますしね。注目度は高かったっていう感じですかね。

賛否の比率では7割以上が褒め。好評の意見が多かったです。

主な褒める意見としては「エンタメとしてストレートに、『めちゃくちゃ面白い』!」「テンポがよくてグイグイ引き込まれた」「豪華俳優陣も見どころ十分。中でも大泉洋と松岡茉優の主演2人が抜群」「出版界の内幕物としても面白い。原作からの改変も見事だった」などがございました。一方、否定寄りの意見としては「原作からの改変が受け入れ難かった」とか「予告の印象と違う。もっと騙し合いのストーリーを期待していた」などがございました。あの予告見ると、いわゆるコンゲーム物というかね。『オーシャンズ』シリーズとか、わからないけども。そんなような感じがするかもしれない。けど、そういうのじゃないんですよね。

■「様々なテーマが盛り込まれ、劇中での『面白ければ、目玉は何個あったっていいんだから』というセリフを思い出した」byリスナー

ということで、まずは代表的なところをご紹介しましょう。褒めの方。「ゐーくら」さん。

「『騙し絵の牙』、滅茶苦茶面白いです。冒頭、松岡茉優さん演じる高野が問題となる原稿に引き込まれる様子と、リードを引く犬のスピードが上がっていく様子が編集・音楽も含めて加速していき、そのまま物語全体がハイテンポで進んでいきます。この飼い犬のリード、すなわち手綱を、社長自身が引ききれていないという描写は、この時の状況を暗に示すものであり、のちの展開を予見させるものでもあります。

今回の主人公である大泉洋さん演じる速水という男は、原作小説では大泉さん本人に当て書きされたものですが、吉田監督はあえて本人としてではなく編集者・速水として演出したそうです。そのため、確かにパブリックイメージとしての大泉さんに近いけど、はっきりと底知れぬ恐ろしさが滲んでいるというちょっと不思議なバランスのキャラクターになっていると思います。登場シーンから食えないやつだと思わされるのに、本人は平然と食ったり飲んだりしている不気味さ。やることなすことそれ自体は目的ではなく、あくまで自らの生き方の手段であるという点は、『紙の月』で宮沢りえさん演じる梨花に重なる部分を感じました。

この映画では始めと終わりにコーヒーがこぼれる描写がありますが、ラストの場面では、ああいつもの大泉さんだなと思わせておいて、ある展開があり(感情を爆発させて初めて人間らしさらしきものがみえる)ゾッとしました。

この映画は騙し合いバトルだけでなく、“作品に罪はない”論争や、この時代に出版業界が生き残っていく方策、スポンサーにより創作物が廃れていく問題など、様々なテーマが盛り込まれており、劇中での速水の『面白ければ、目玉は何個あったっていいんだから』という言葉を思い出しました」というあたりでございます。

一方、今回は実は否定的な意見の方にもすごい面白い視点のものがいっぱいあって。ちょっとこれね、紹介しきれないのが申し訳ないんですけど。代表的なところでこの番組でもちょいちょいお世話になっていますラジオネーム「本屋プラグ・嶋田」さん。ラジオネームというか、これは和歌山にある本屋プラグという超イケてる本屋さん。いろんな試みをして、まさに頑張っている本屋プラグの島田さんでございます。番組もご出演いただきました。

でですね、「観終わった後の率直な感想は、予想外にというべきか、吉田大八監督だから当然というべきか、やはり面白かった」。面白かったとはおっしゃっている。

「ただその反面、では一体何が良かったのかと振り返れば、松岡茉優さんや国村準さんなど、芸達者な役者さんたちのグルーブ感に、吉田監督のとにかくテンポの良い編集。その勢いに上手くのまれたといった感じで、そこで描かれているものに対しては、どうしても看過できない違和感や、そこからくる物足りなさも覚えました」。で、ちょっと一部省略をしながら行きますね。

「この作品のなかで登場人物たちが騙し合いながら奪い合う、薫風社の経営権や、伝説の作家・神座の原稿といったものは、映画用語でいうところのマクガフィンで、それ自体に意味は無く、それを奪い合うサスペンスこそが見物ということは理解できるのですが、ただ、あまりにもそのマクガフィンの重要性が説得力に欠け、そのために登場人物たちが、空騒ぎをしているような印象も抱いてしまいます。

また、そのマクガフィンの奪い合いの中でトリックスターとして動き回る大泉洋さんの行動原理は“おもしろさ”ですが、出版業界の片隅にいる者としては、その大泉洋が言う“おもしろさ”が、特に廃刊危機の雑誌『トリニティ』の誌面作りにおいて、“自分達が本当にしたいことをする”“意外な有名人の原稿を引っ張ってくる”といったものであるのは、あまりに表面的というか安易というか。本当に面白いものって、そういうのじゃないでしょう」という。で、「そもそも『トリニティ』という雑誌の立ち位置がよく分からない」とか。

で、実際の文芸界というのは非常にすごい頑張っている。全然アップデートもしてるし、頑張っているんだ、ということをもっと知ってほしい……ということを書いていただいて、そしてその「(現実の文芸誌の)成功の要因は、実は『トリニティ』の“おもしろければ何でも良し”の編集方針とは真逆、“何が今、読者に求められているのか”“文学を通して何を訴えるべきなのか”を、一貫して問い続けている結果です。逆に言えば、こうした視点は日本のメジャー作品に欠けているものではないか?」というようなことも書いていただいて。

「劇中の大泉洋さんの行動原理に戻れば、“新しいことが面白い”“変ったこと、意外なことをするのが新しい”という考えは、実は本屋業界においても、何となく求められているように感じられることもあり、カフェや立ち飲みを併設していたり、イベントをたくさんしていたり、何かしら新しい取り組みをしていることが、どんな本を扱っているのか、どんな発信をしているのかよりも注目されてしまう現状は、やはり口惜しさを感じてしまいます」ということでございます。これも面白かったですね。

あとはですね、これは劇中の高野という主人公の実家である高野書店。これのロケ地となった忍書房。この忍書房に行かれていた方のメールなんかも番組で紹介しましたけども。忍書房さんからメールをいただきました。「小腹が空きました」というラジオネームで。で、これもまたね、「どうせ読めないでしょう」ってすごく長く書いて。ラジオもすごく聞いていただいるなっていうのがすごくわかる文面で、嬉しかったですけど。

で、その中では、この出版不況というのがなぜ起こったか。これはグローバル化とか、電子書籍化とか、そういうことじゃなくて。取り次ぎシステムという、これはパンフの中でもね、そういうコラムが載ってるんで。これ、ぜひパンフを買って読んでいただきたいですけど。そんなような、出版不況の実態みたいなことがあったりとかね。あとは、そのいわゆる古い書店、街の本屋っていうのは地元に密着したものとして機能しているので、そういうところをもっと、ちゃんと最後に着地で見せてほしかった。生き残りのあり方としてっていう。

もちろんね、塚本晋也さんが演じるあの本屋のお父さんは子供たちにずっとね、立ち読みを許しているっていう。要するに、コミュニティーの一部として、育てていくのも含めてやっているっていうところはまあ、やんわりとは描かれてはいるけども……という。とにかくね、その高野書店さんの元である忍書房さんからのメール。これも面白かったですし。

あと、構成作家の古川耕。古川耕さんは出版業界でも長くやっておりますので。古川耕さん。「トリニティ編集部ロケの舞台はおそらく週刊文春編集部だけども、出版ネタとしてはKADOKAWAに関するものが多いと思われる」みたいなね。「劇中に登場する牙プロジェクト。これ、現実に実際には実現していますよ」とかですね。あとは先程ね、本屋プラグさんのメールにもあったように、「実際には文芸誌。時代に合わせて頑張ってますよ」というようなことも示唆いただきました。ありがとうございます。

■ポンポンと進む即物的な語り。吉田大八監督作の中では最もわかりやすい面白さ

ということで、ちょっと長くなってしまいましたが、私も『騙し絵の牙』。まず僕が最初に見たのはあれですね。本来の劇場公開の予定だった昨年の6月の直前のタイミングで拝見して。さらにこの番組、3月30日に吉田大八監督をお招きするにあたって、またもう1回見たりとかね。で、ちなみにその吉田さんがまさに「面白いから」(※劇中の速水のセリフ)って言って置いていったガチャ再まわし用の1万円を使って。最初は『ミナリ』が当たったのに、もう1回使ったらこれが当たっちゃったという、そういう流れです。それで今週、またTOHOシネマズ六本木に見に行ってきました。

なんか、『シン・エヴァンゲリオン』のヒットの煽りでちょっと興行的には苦戦しているなんて聞きますけど。僕が見た限りでは平日昼だったらまあ、そこそこいる方じゃないのっていうぐらいにはいるように見えましたけどね。

ということで、みんな大好き吉田大八監督最新作でございます。僕はですね、あの歴史的大傑作『桐島、部活やめるってよ』以降、運良くガチャが当たって。全作、扱わせていただいて。評をさせていただいていますし。2017年のこれまた歴史的怪作『美しい星』以降はですね、みやーんさんによる公式書き起こしもありますので、こちらを参照していただくと吉田大八監督、これまでどんな感じで作ってきたか、流れを踏まえていただけると思います。

でですね、今回の『騙し絵の牙』、これまでの吉田大八監督とはちょっとだけ毛色が違うような、ちょっと新機軸なところもあって。これは吉田大八さんご自身も番組にいらした時に仰ってましたけど。何かで何かを象徴するというような、象徴性の高い場面とか描写みたいなのがあんまりなくて。とにかく出来事の連続。ポンポンポンポンと出来事が連続することでテンポよく話が連なっていく。一種、ハードボイルド的っていうか、即物的な語り口が印象的で。

それもあってか、吉田大八監督作の中では最もわかりやすい面白さ。たとえばあっと驚くどんでん返し的な、一種コンゲーム物、ミステリー的なあっと驚く系のカタルシスみたいな。そういうわかりやすい面白さが前に出た、エンターテイメント性の高い一作になっているかなという風には思います。と同時にですね、何度も言ってますけどね、これは出版業界の裏側を描く一種の業界内幕物でもあって。これ、たとえば最近だと『響 -HIBIKI-』とかね。あと、それこそ同じく佐藤浩市さん主演の『大いなる助走』っていうね、筒井康隆さんの小説の映画化とか。いわゆる文学界物っていうのはちょいちょい、たまに映画であったりしますけど。

これはその出版業界物ということでね。特にこの番組を聞いてくださっているようなリスナーの方はね、本・雑誌・出版物への興味。あるいは紙の本や街の本屋さん的なものへの思い入れがより強い方、たぶん普通よりは多いと思うので。まあデジタル化、グローバル化が進む中、そういう文化がどうなっていくのかという、まあカルチャー状況論。文化のあり方をめぐる議論としても興味深く、何割か増しで楽しく見れるのは間違いないと思いますし。

で、そうした中にはですね、そういう内幕物であり、出版業界をめぐる時代の変化を描くものでありつつ、そういう中には僕が毎度言っている吉田大八監督作に一貫するそのメインテーマ……客観的にはどれだけ非合理に見えても、人はある種の夢を見ながらじゃないと生きていけないものだろうっていうような、そういうメッセージというか、思いのようなものもしっかり最終的には浮かび上がってくるというような。まあ、エンタメ性が高く、そして業界の内幕物としても面白く、そしてやはり吉田大八監督の作家性という意味でもガッツリ、やっぱり刻印されているという、そういう一作であるという風にまずは言えると思います。

■原作では速水視点。対して映画版では、松岡茉優演じる高野視点にアレンジ

原作は塩田武士さんによる大泉洋さんに当て書きされたという、これ自体結構珍しい経緯の2017年に発行された小説なんですけど。ただしですね、この吉田大八さんと楠野一郎さんという、放送作家としてコサキンなどでもおなじみの方との共同脚本で、かなり大幅なアレンジをしていて。ざっくり言えば、原作では基本、大泉洋さんがイメージされたその主人公の速水側の視点、心理から話が進んでいくし。最終的にそのとある仕掛け、視点の転換的なことが小説側にも用意されているんだけども、それも速水のその真の人間性、実像に迫るようなものだったりするということですよ。

ちなみに、描かれている時代状況も2017年に出た小説ですけど。やっぱり2021年の現在読むと、わりとはっきり古くなっちゃっているなというところもあったりしますね。それは実は、今回の映画版にもちょっと……要するにたぶん脚本を書いてる段階なのか、今から見るとちょっと古い話にも見えるかなっていうところは残ってはいるかなという気もしますが。それに対して今回の映画版、まあそもそも主人公。メインとなる視点がですね、やはり大きく原作からアレンジ、膨らませられた、高野という松岡茉優さん演じるキャラクターに移されていて。

大泉洋さん演じる速水は彼女の目から見た、一種得体の知れない人物。なんならですね、時には悪役的にすら見える、さっきのメールにもありましたが、トリックスター的な存在になっていて。まあ大泉さんが過去に演じた中で言えば、三谷幸喜さんのこれ、私は2013年11月16日に評しました。『清須会議』。あれの秀吉役。あれが大泉さんのこういう怖い面というか。だからそういう意味では三谷さんのあれね。いろいろ言いましたけど、大泉洋さんのそこをピックアップして引き出したっていうところはすごい慧眼ですよね。はい。まあ秀吉役に近いかなと。

とにかく、やはり非常にざっくりと、あえて乱暴に整理するならば、大泉さん演じる速水は時代の変化の先を読んで、いち早く手を打つ。目的のためなら手段を選ばない、したたかなやり手で。ただ、その目的ってじゃあ何?っていうところ。たとえば単にお金とかではないっていうね。詳しくは後の方で言いますけど。実は彼なりの情熱とか、一応信念みたいな。さっき言ったような、非合理かもしれないけど……という夢みたいなものがそのベースにはある。その目的っていうものに垣間見えるというところにまず、吉田大八監督らしい人物造形。あるいは吉田大八監督らしい大泉洋というキャラクター解釈。大泉洋さんの解釈というのが現れているかなと思います。

対する主人公、松岡茉優さん演じる高野は純粋なその「夢」の部分。この場合は文学とか、あるいは本屋さんとか。まあ、その理想というものの信奉者、追求者っていうことですよね。で、大手出版社に勤務しながら、いわゆるその街の本屋さんが実家でもあるという。これ、要するに、その業界の大手第一線と末端っていうの間に主人公を置くっていう。それによって、その本とか雑誌文化の全体的な状況みたいなものをわかりやすく、なおかつ身近なものとして観客に飲み込ませていくという。これは置き方がすごい上手い作りですよね。

■恐るべき松岡茉優の役柄解釈の深さ、そして演技技術の高さ

で、お話そのものはね、それこそ『アウトレイジ』みたいなことですよね。組織内の出し抜き合い、パワーゲームってことですからね。まあヤクザ映画に非常に近いというかね。楠野さんとかも「『タイタニック』の中の『仁義なき戦い』。沈みゆく中での『仁義なき戦い』だ」っていう風に……あ、楠野さんがおっしゃったことを吉田さんが言ったのかな? とにかく、そんなようなこと、コンセプトで作られているみたいですけども。

まず序盤。いろんな実在の会社を連想させる、その大手老舗出版社の薫風社の社内の権力闘争構図やら何やらをですね、当然一気にいろんな人が出てきて情報がすごく多めなんですけれども。これ、小林聡美さん演じる文芸評論家のまあ、かなりカリカチュア、デフォルメされた解説なんかも込みでですね、やはり非常にテンポよく簡潔に提示していく手際。非常に手際がいいですよね。めちゃめちゃ難しくなっちゃいがちなところをちょっとデフォルメとかもしてわかりやすくしている。

特に冒頭。やはりですね、吉田大八監督の非常にエッジーな作りという感じで、冒頭が非常にいいんですけども。先ほどのメールにもあった通りですね。犬を散歩させる薫風社社長と朝、まだ誰もいない編集部で新人の応募原稿を読む高野というこの2つの場面が交互にカットバックされていくんだけど。まずこれ、吉田さんにも直接お伝えした通り、ここで松岡茉優さん。原稿に目を走らせるその眼球。目線の動きだけで、まずその小説を読むという行為への集中度の高さ。すなわち、「ああ、読むということ、小説が本当に好きなんだな」っていうことがもう伝わってくるというのと同時に、プロならではのチェックスピードの早さ。読むポイントがピッピッピッて。止まって止まって。「ああ、ポイントでチェックしてるな」っていうような眼球の動かし方をしていて。

つまり、その情熱とプロの冷静さっていう、その両方をこの目線の動きだけで表現しているという、これは舌を巻く上手さですし。その後のコーヒーをこぼしてしまうっていうところでの、あのアドリブだという一言でさらに彼女の人柄。文学への愛と敬意。それがごくごく自然に伝わってくるというこれ、恐るべき役柄解釈の深さですし。さすが松岡茉優さん。そして演技技術の高さといったところだと思いますね。

そしてそれを松岡さんがですね、原稿に向かって読む方向とは逆の方向。右から左に向かって先を急ぐ、この犬に引っ張られていく息苦しそうな社長の姿。リードに引っぱられている。先ほどのメールにもあった通り。どんどん加速するようにそれがカットバックしていく。

まあ、それはあたかも……これも先ほど、メールで書いていただいた通りですね。時代のスピードについについていききれなくなった古い出版業界、文学界のその体質というものをちょっと暗示するようでもあるという。で、カットバックのスピードがどんどんどんどん高まっていくに従って、まるであの『羊の木』のクライマックスみたいなギターが「ギョワーーンッ!」って不穏に盛り上がってきて。ここはさすがLITEさんの音楽、よかったですけどね。

で、それがだんだんだんだんグワーーンってカットバックが速くなって、音楽が盛り上がる。それが極に達したところでブツッとその音楽が止まって。で、この静かな朝の公園を走るランナーが見つけたのは……ここで、見つけるのが倒れている社長じゃなくて、リードが手放されて所在なさげにぽつんと歩いている犬っていう、ここがまた粋ですよね。はい。ちなみにこの映画冒頭の方で印象的に出てくる1匹の犬って、これは言わずもがな、黒澤明の『用心棒』的だなって思ってたわけですよ。で、よくよく考えてみるとお話全体もちょっと『用心棒』っぽいなっていう感じがしますよね。まあ、若者を引っ張っていきながらの、その組織を内部から自壊させていくという意味ではこれはもう『椿三十郎』的という言い方もできるかもしれませんけどね。なんてことを勝手に思ったりしましたが。

■國村隼、我が家の坪倉、池田エライザ……芸達者たちの説明不要な存在感も大きい

で、そこから社長のお葬式。そして國村隼が本当に楽しそうに戯画化された大先生を演じてみてる。もうやおら、「枯れ葉よ〜♪」って歌い出すタイミングとか最高ですけどね。ベテラン作家のその何周年パーティーっていうのと、そこでさっき言った、早速その速水が仕掛けてくる罠にまんまとハマった高野が実家の本屋に帰ってきて……という。その、さっき言った出版大手の第一線から街の本屋。その末端まで。本・雑誌文化の全体像っていうのを非常に多数の登場人物のその立ち位置説明まで含めて一気に飲み込ませていく。大づかみさせていくというこの序盤。やっぱりなかなか匠の技というかね。うまいなという感じがしますね。

もちろん、演じる芸達者たちの説明不要な存在感。その人がもういれば、そこでどういう人かがある程度わかるっていうね。それも当然、大きいわけですけどね。あと、速水が送り込まれたそのカルチャー雑誌『トリニティ』のですね、現状、ちょっと気が抜けた状態というのがたとえば表紙とかロゴのデザイン。あと、実際にやっている特集とかボードに書かれた企画案などからなんとなく伝わってくるあたりも本当に……だからこそ、あの後半でリニューアルした後のすごくシャープにデザインが変わったあたり。海外ファッション誌みたいに変わった感じっていうのがすごくシャープに際立つという。このあたりもう言葉じゃなく、情報として伝わってくるところですし。

あと、これは吉田さんにも伝えましたが、編集部内の保守派というか、反速水派というか。そんな役としてこれが映画初出演だという我が家の坪倉さんですね。坪倉さん、彼が最高にハマっている。吉田大八作品においてはですね、それこそ『桐島』で松岡茉優さんがまさにそうでした。あるいは、その『紙の月』の大島優子さんもそうですけど、日常にいるなんか、なんとなく感じが悪い人役っていうのは物語世界全体のピリリとした緊張感をセットする役。言うなれば他者性を代表する超重要な役どころで。今回ではそこを坪倉さんが担っているわけです。

もっと言えば、この役柄は物語終盤、速水が真にもたらそうとしたものへの気づき。それを実際に言葉にするということでメインテーマを口にする人の1人でもあるわけですよ。だったらすごい重要。坪倉さん、今後もね、役者として活躍をしてくるだろうという感じはしますけどね。あと、これはまさに映画らしい華の部分としてわかりやすい美男美女。それぞれ違った役割で出てくる宮沢氷魚さん。『his』に続いてあのミステリアスな存在感がすごく効いてましたし。

池田エライザさん。ご本人が非常にカルチャー感度高めの方だから、やっぱり表層的な美しさ、かわいさの奥に隠された何か。非常にハマり役でした。ただ、あのあそこで交わされる銃をめぐる会話は、本当のガンマニアはあんな会話をしねえとか。あと、パンフに載っているZINEもよくよく書いてあることを読んでみるとちょっとこれ、おかしくない? とかあるんだけど。まあ、それはいいや。とにかく、彼女をめぐるとある事件。ありがちな展開だと見せかけて、もうひと仕掛け。これは彼女のキャラクターを考えれば「ああ、なるほど!」っていうことでもあるし、非常に見事だと思います。

でも、だったらその手前の会話。『シークレット・サービス』のマルコヴィッチをめぐる会話も、だったらあっちの銃の話をするべきでは……とか思ったりするけど。まあいいや。

■「“面白さ”とはなにか?」への問いかけもある。ただし最後のオチにはちょっと疑問が

ということで、いろんな展開があって、出し抜き合いがあって、非常にスリリングな展開。最終的にそこから速水の真意が浮き上がってくる。でですね、割とここ、本当にびっくりするどんでん返しがあったりするんで、それは劇場でたしかめていただきたいですが。最終的にはこれ、全てのエンターテイメントコンテンツに共通する話で。そのビジネスのあり方とかね、そういうのは年々、日々変わっていくってのはこれはもう当たり前だし。ずっとそうなわけです。問題はその中で真に大事にすべきものは何かということですよね。

権威の維持とか、会社の存続。こういうものももちろんビジネス的に大事ですけども。時代や形が変わっても変わらないひとつ、追求すべきものとして、ここでは「面白いものの追求」っていうことがひとつ、挙げられるわけです。これは先ほど、本屋プラグさん。その面白さの追求って……僕はでもね、そのプラグさんがおっしゃっている、いろんな試みも込みで「面白さ」ってあるし。この映画の面白いところは、その面白さの追求というのは、でも速水が言っているそれ以外にもあるでしょうっていうところまで、ひとひねりして提示して見せるところだと思います。つまり「バズる的なことだけが面白さなのか?」というような問いかけもあったりする。

で、もちろんこれは一種のファンタジーで。劇中の一番大きなトリック。冷静に考えて……僕、1回目は気になりませんでしたけど、2回目見ていくと、「いや、これはあり得ないでしょう?」っていう。こんなリスキーなトリックはあり得ないというものだったりするし。あとオチのひとひねりもですね、なるほど、現実の様々な試みとも重なるところがありますが、これ、劇中のこのオチは、結局既存の権威を借りていることには変わらないですよね? しかもそれを独占するって、これはいい話なのかな……?ってちょっと思っちゃったりしましたけど。

そもそもこの紙の本。あるいは街の本屋とか、もっといえば文学、出版文化。大事に思っているってことが前提の……つまり、この問題意識の共有がわりと前提の話なので。「えっ、俺、本とか別にどうだっていいんだけど?」っていう観客が見たら多少、これはさらにピントがぼけたものに見えかねないとも思うし。あと、現実の出版業界の動き。先ほどもいろんな人の指摘がありましたけど。もっと先に進んでいる部分ははっきりあるので、ちょっとだけ古い問題意識なのかなという感じもありはありました。

■エンタメ+業界内幕物としての面白さ、作家性、問題提起。これはこれで申し分ない出来!

ただこれ、わりと見て十分に面白かった上で、改めて考えてみたらいろいろ浮かび上がってくるっていうことであって。ひとまずエンタメ+業界内幕物という部分で面白さの担保、そして問題提起の部分。さらには吉田さんの作家性の刻印という意味で、こういう作品としては申し分ない出来ではないかという風に思います。ガン会話のどこがダメかっていうのは今度、吉田さんに会った時に言います。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『21ブリッジ』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。


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