音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム(2020/05/15)
「スカを世界に広めたヒット曲『マイ・ボーイ・ロリポップ』と1964年のニッポンガールズ」
高橋:本日はこんなテーマでお送りします。「スカを世界に広めたヒット曲『マイ・ボーイ・ロリポップ』と1964年のニッポンガールズ」。「マイ・ボーイ・ロリポップ」はジャマイカの女性シンガー、ミリー・スモールが1964年にリリースしたシングルで、ジャマイカ発祥の音楽「スカ」の初めての世界的なヒット曲になります。イギリスとアメリカのチャートで最高2位を記録、全世界でのレコードの売り上げは600万枚以上に達したそうです。世界にスカの存在を知らしめた、ポップミュージックの歴史でも非常に重要な曲ですね。のちのジャマイカのミュージシャンたちが世界に進出していくための道を切り開いた曲ともいえるでしょう。
その「マイ・ボーイ・ロリポップ」を歌ったミリー・スモールが5月5日に脳卒中でお亡くなりになりました。72歳だでした。今日はそんな彼女の追悼の意味も込めて「マイ・ボーイ・ロリポップ」とこの曲にちなんだ1964年当時の日本のガールポップを紹介したいと思います。では、まずはさっそくこちらから聴いてもらいましょう。
M1 My Boy Lollipop / Millie Small
高橋:これはスーさんも堀井さんも聴いたことがあるんじゃないかと思います。
スー:うん、なんとなくだけど聴いたことあリますね。
高橋:このミリーの「マイ・ボーイ・ロリポップ」、プロデュースを手掛けているのがのちにボブ・マーリーを世界に紹介するアイランドレコード創設者のクリス・ブラックウェルなんですよ。彼は曲のアレンジはジャマイカの名ギタリストであるアーニー・ラングリンに任せているんですけど、バッキングはロッド・スチュワートが在籍していたこともあるイギリスのブルースロックバンド、ファイヴ・ディメンションズに演奏させていて。このあたりのバランス感覚が広く受け入れられたひとつの要因になっているのかもしれませんね。
「マイ・ボーイ・ロリポップ」は1964年3月にリリースされて、アメリカのチャートを賑わすヒットになったのは1964年5月。先ほども触れた通り、全米チャートで2位に食い込むぐらいの大きなヒットになっているから当然日本でもリリースされていて。当時の日本盤7インチシングルのジャケットを見るみると、キャッチコピーとして「新リズム〈スカ〉登場!」と書いてあるんですよ。
スー:ああ、なるほど!
高橋:だからきっと「なにか新しいスタイルの音楽が出てきたぞ!」みたいな認識はあったんじゃないかと思います。当時の日本の歌謡曲ではマンボだったりカリプソだったり、いろいろな音楽スタイルのリズムを取り入れた「リズム歌謡」が流行していたんですけど、おそらくそういうリズム歌謡的なアプローチで「マイ・ボーイ・ロリポップ」のカバーがちょっとしたブームになるんですよ。
まず最初に「マイ・ボーイ・ロリポップ」をカバーしたのが伊東ゆかりさん。当時17歳です。まだ「小指の想い出」が大ヒットする前のことですね。伊東さんは「マイ・ボーイ・ロリポップ」のカバーを1964年9月にリリースしているんですけど、当時からするとこれは結構早いリアクションだったんじゃないでしょうか。
なお、日本語詞を書いたのは翌1965年に同じ伊東ゆかりさんの「おしゃべりな真珠」でレコード大賞作詞賞を受賞することになる安井かずみさん。編曲は洋楽のカバー曲を数多く手掛けた東海林修さんです。スカ感は抑えめで、スウィング感のあるビッグバンド調のアレンジになっています。ちなみにこの伊東ゆかりさんのバージョン、タイトルの表記が「ロリポップ」ではなく「ラリポップ」になっています。
M2 マイ・ボーイ・ラリポップ / 伊東ゆかり
高橋:曲がかかっているあいだに聞いたんですけど、堀井さんはこの伊東ゆかりさんのバージョンで「マイ・ボーイ・ロリポップ」を認識していたそうで。
堀井:そう、オリジナルではなくこっちでした(笑)。
スー:そうなんだ。意外!
高橋:そして、この伊東ゆかりさんに続いたのが伊東さんや園まりさんと共に「スパーク3人娘」を組んでいた中尾ミエさん。
スー:おおーっ!
高橋:中尾さん、当時18歳です。中尾ミエさんのバージョンも伊東ゆかりさんのものと同じ安井かずみさんさんの詞を使っているんですけども、編曲はザ・ピーナッツの育ての親として知られてる宮川泰さんが手掛けています。これがすごく粋なアレンジで、たぶんタイトルつながりだと思うんですけどガールポップのコーデッツが歌った「Lollipop」ってわかります? 「ロリポップ、ロリポップ♪」ってリフレインの1958年のヒット曲。あの曲を引用しためちゃめちゃ洒落た仕上がりになっています。
M3 マイ・ボーイ・ロリポップ / 中尾ミエ
スー:洒落てる!
高橋:ね、かっこいいよね。このコーデッツの「Lollipop」を引用したアレンジからすると、当時ミリーの「マイ・ボーイ・ロリポップ」はガールポップの新しいスタイルとして受け止められていたところもあるのかもしれませんね。もともと「マイ・ボーイ・ロリポップ」がミリーのオリジナルではなくバービー・ゲイの1956年のガールポップのカバーであることを考えても、これは素晴らしいアプローチだと思います。
この中尾ミエさんと同じタイミングでは『トムとジェリー』の主題歌を歌った梅木マリさんも「マイ・ボーイ・ロリポップ」をカバーしているんですけど、この「マイ・ボーイ・ロリポップ」のちょっとしたカバーブームから生まれた幻の名曲と言われているのが1964年12月にリリースされた中川ゆきさんの「東京スカ娘」です。中川ゆきさんは当時19歳。日本のタップダンスの草分け、中川三郎さんの娘さんだそうです。
この「東京スカ娘」は、作詞が同じ1964年に都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」を手掛けた星野哲郎さん。作曲がこのあと「世界の国からこんにちは」や「三百六十五歩のマーチ」の編曲に携わることになる小杉仁三さん。これが実質「マイ・ボーイ・ロリポップ」のオケにまったく別の新しい歌詞を乗せたつくりになっているんですけど、非常にパンチの効いた、でも妙な中毒性のある不思議な魅力をもった曲になっているんです。
M4 東京スカ娘 / 中川ゆき
スー:ちょっとどう受け止めたらよいものかわからなくなっちゃった(笑)。タイトルに「スカ娘」とはついてるけど……これはスカなのか?
高橋:フフフフフ。でも新し音楽に触れた興奮というか、好奇心を刺激されたことに対する素直な反応ぶりが楽しいなって。
スー:歌ってることもすごく進歩的ですね。「しあわせの おし売りは お断り じぶんで さがします」って。女性の自立を歌ってる。
高橋:「靴もドレスも 髪も 型にはめるの きらい」なんて一節もありますからね。そしてこの「東京スカ娘」、カップリングが同じ星野哲郎さんと小杉仁三さんのコンビがつくった黒田ゆかりさんの「スカで踊ろう」という曲で。これがまたおもしろい仕上がりになっているんですよ。2011年にアナログが復刻されているので、興味のある方はぜひ探してみてください。
スー:いやー、びっくりした。最後にすごいの聴いちゃったな。なんか夢に出そう(笑)。
高橋:これは結構病みつきになりますよ。あと「マイ・ボーイ・ロリポップといえば1964年から約25年後、1990年に小泉今日子さんが「あたしのロリポップ」のタイトルでカバーしています。これはプロデュースが藤原ヒロシさん、歌詞が川勝正幸さん、編曲と演奏が東京スカパラダイスオーケストラという錚々たる布陣で当時大きな話題になりました。この機械に併せてキョンキョン版も聴いてみてはいかがでしょうか。

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当ラジオ番組では「日々の生活に音楽を」をコンセプトに、音楽ジャーナリスト・高橋芳朗さんによる洋楽選曲を毎日オンエア。最新1週間のリストは以下です。
5月11日(月)
(11:08) I.G.Y. / Donald Fagen
(11:26) Where You Gonna Run / Sneaker
(11:36) I Keep Forgettin’ / Michael McDonald
(12:13) In the Dark / Lauren Wood
(12:51) エスケイプ / EPO
5月12日(火)
(11:07) My Girl / The Temptations
(11:29) My Guy / Mary Wells
(11:37) Come See About Me / The Supremes
(12:13) Too Many Fish in the Sea / The Marvelettes
(12:21)In My Lonely Room / Martha & The Vandellas
(12:48) スウィート・ソウル・レヴュー / Pizzicato Five
5月13日(水)
(11:05) Mayor of Simpleton / XTC
(11:23) Streets of Your Town / The Go-Betweens
(11:38) Somewhere in My Heart / Aztec Camera
(12:13) I Hope You’re Happy Now / Elvis Costello & The Attractions
5月14日(木)
(11:03) Miss Jamaica / Jimmy Cliff
(11:36) My Daily Food / The Maytals
(12:16) King of Ska / Desmond Dekker
(12:50) Ring Don’t Mean a Thing / Laurel Aitken
5月15日(金)
(11:05) That Lady / The Isley Brothers
(11:28) Too High / Stevie Wonder
(11:36) Will it Go Round in Circles / Billy Preston
(12:13) Kissing My Love / Bill Withers